議員団みんなで街宣しました

北部地区議員団会議と一斉街宣
28日、議員団会議開きました。みんな9月議会では住民要求実現向けて頑張った報告がありました。中心議題は、総選挙に向けて議員のもつ特別の役割を発揮するために7中総全面実践でした。石川地区委員長からは、地区内の生き生きした取り組みの報告がありました。
私は、「議会活動において頑張った今までの苦労や努力を実らせる、決着をつけさせていくのが総選挙での日本共産党の躍進、勝利です」と発言。お互いの奮闘を確認した会議になりました。
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北部地区議員団会議と一斉街宣
28日、議員団会議開きました。みんな9月議会では住民要求実現向けて頑張った報告がありました。中心議題は、総選挙に向けて議員のもつ特別の役割を発揮するために7中総全面実践でした。石川地区委員長からは、地区内の生き生きした取り組みの報告がありました。
私は、「議会活動において頑張った今までの苦労や努力を実らせる、決着をつけさせていくのが総選挙での日本共産党の躍進、勝利です」と発言。お互いの奮闘を確認した会議になりました。

的確なマスコミの市議会批判
27日の長崎新聞が、佐世保市議会の態度に対してきびしい批判を行っています。ズバリ核心をついた内容になっています。
米原潜放射能漏れ事故について
見出しに、「臨時会の勢いどこへ、安全確保に消極意見も」とあります。臨時議会で採択した市議会意見書を、「安全性が確立されなけば、入港を安易に認めるものではないと踏み込んだ意見書」「基地容認、反対の立場を超え、市民の安全第一を強く訴えた内容」と評価したうえで、その後の議会の議論はどうなんだという記事になっています。
その事例として、会議の期日は決まっているのに会派内の取りまとめもされていないこともあった、意見書への回答にどう対応するのかという議論にまで進展しなかった、逆に、意見書に回答を求めるかどうかにまで話がさかのぼった、などなどを紹介しています。そして、同記事は「米の『軍事機密』のハードルは確かに高いだろうが、市民の安全を勝ち取ろうとの意気込みは感じられなかった。放射能漏れに関しては、…米の回答とともに、市民の代表としての市議会の動きにも厳しい視線が注がれている」と結んでいます。
競輪場不祥事件について
競輪場問題の真相解明求める、百条委員会設置動議が4対31で否決をほうどうしたうえで、「この結果、議会がどういう形で全容解明を進めるのか不透明になった。」と懸念を表明。そして、行政に対しても「組織的な不正を認めている以上、市民にすべてを明らかにし再発防止と信頼回復を図るべき」と注文をつけ、「そのためにも議会の徹底した追及を求めたい」と指摘しています。
議会の一員として、本当に恥ずかしい思いですが、現状の佐世保市議会の実態は、これらの指摘通りです。世論と運動、論戦を通じ、是正させるためにさらに頑張る決意です。

この米軍の横暴ぶり、驚き、怒り
原子力防災訓練参加要請を拒否
米原潜ヒューストンの放射能漏れは、「安全神話」を完全に崩壊させました。放射能災害防止訓練に米軍が参加しない根拠も崩れ去りました。安全性、監視体制、防災体制の確立なしの原子力艦の入港は安易に認めないとの佐世保市議会意見書にそって、佐世保市長の訓練参加要請を、米軍基地司令官は拒否しました。
新たな住宅建設用地提供を要求
一方では、新たな米軍住宅建設するために針尾米軍住宅を拡張する計画を明らかにしました。県道、市道、ハウステンボス駐車場の用地提供を求めてきたのです。
米軍のいうがままに九州防衛局長からの佐世保市長あての照会文書(08年9月12日付)によれば、
提供用地は①ハウステンボス駐車場(約3万6000平方メートル)、②市道用地(約3000平方メートル)、③県道用地(約2000平方メートル)
使用目的は、家族住宅及び関連支援施設建設のために。
提供予定時期はは、平成22年度。
などと記載してあります。
これまでも日本政府は針尾住宅地区周辺の土地を次々と米軍に追加提供(92年 23,231m2、99年 26,353m2、03年 29,357m2、06年 23,180m2)し、当初面積の1.5倍に拡張してきました。これに今回の追加提供となれば、当初の2倍に接近することになります。
佐世保市民にとっては、原子力事故、放射能汚染は死活問題です。その要求には背を向け、一方ではこんな厚かましい要求を突きつけてきているのです。この横暴ぶりは何だと言いたいです。情けないのは、この米軍の横暴の片棒担いで、立ち回る日本政府の態度です。
「なぜ、市民のことを聞くことが先ではないか」と米軍に言えないのでしょうか。アメリカ言いなり政治を変えさせることはいよいよ大事な課題になってきました。

横須賀にも佐世保にも原子力空母は入港するな
シーフアー駐日米大使は、「今日は日米同盟のなかで歴史的な日」などと語っていました。
25日、原子力事故・放射能汚染を心配する市民の思いを無視して、米原子力空母ジョージワシントンが横須賀に入港しました。
佐世保にとってひとごとではない
米軍は、自らの東アジア重視の世界戦略(横須賀は母港、佐世保は準母港)にそって、国民の安全など度外視で、着々と強行していくことを見せつけました。
佐世保にとってもよそ事ではない、横須賀市民に連帯する抗議行動を行いました。
昼休みを利用して、島の瀬公園に15人の人がかけつけ、「許すな原子力空母の佐世保寄港」という大きな横断幕の前で、街頭宣伝とチラシ配布を行いました。約30分間で用意した500枚のチラシを全部配布しきることができました。
安保賛成反対を問わず、安全が第一、これは共通した要求
「はいってくるなら、きちんとしてもらいたい」と語る女性に代表されるように、原子力事故・放射能汚染は我慢できないという点では、基地賛成反対を問わず、一致した要求であることが確認できた思いでした。

大幅値上げとりあえずストップ
議会がチェック機能果たす
22日の企業経済委員会が、9月議会で同委員会に付託されていた議案についての結論を出しました。
西海パールシー条例全面改正案が継続審査になりました。
提案は、現行の入館料大人600円を1400円に、佐世保市民の場合、990円に大幅に引き上げるというものでした。
行革のあおりを受けた市民負担増
なぜ、こんなにも大幅な入館料引き上げなのか。それは、委託費を毎年1億1000万円ほど投入し、それに入館料収入約7900万円で管理運営を維持していたものを、一般会計からの委託費1億1000万円をゼロにしながら、従来通りの維持費を賄うというのでは、大幅引き上げということにならざるを得ない。結局一般会計負担を直接利用市民負担に置き換えるというやり方になる。
巨額な税金を投入してきた施設
市民は、西海国立公園ということでもあり、市民の誇りでもあり、憩いの場として、今までも多額の税金投入なども容認しながら西海パールシーを好意的に支えてきた。投入した総額約80億にも(これからのイルカ水族館整備費20憶5000万円も含む)のぼっている。99島債(市民債)の公募にも市民はすぐさま応じ3憶円はただちに集まるほど、市民は99島に愛着を持っている。
しかし、行政は、低廉でいつでも気安く市民が憩える施設にして収入増を図り経営を維持するという選択肢を取らなかった。市民に愛され、市民とともに守り発展させる西海パールシーの方向とは真っ向から逆行する今回のやり方だ。
公募というが事実上一会社に
指定管理者制度の問題点も浮上してきた。公園も施設も一元的管理にさせると言って、公園を都市整備部所管をやめ、そのかわりに駐車場有料化し、その収入でもって、指定管理者を通して、旧公園の維持管理にあたらせるというもの。ここでも一般会計負担をゼロにして、市民負担に置き換えるというやり方である。
また、全面条例改正案では、指定管理者は公募型で、期間は5年間となっているが、実態は、事実上西海パールシーを半永久的に指定管理者にするというものになっている。これだけ総額80億もの税金を投入している施設にもかかわらず、議会のチェックはせいぜい5年に一回の「市長による指定管理者決定」の承認、非承認だけになってしまっている。
写真は議会で訴える民商役員の方々
2006年4月に施行された新保険業法は非営利で特定の会員を対象とした自主的な共済制度を認めず、保険会社に委託するか会社組織にすることを迫っています。
PTA,商工団体、歯科医師会、登山団体など、自主的共済制度が存続の危機に直面しています。相次ぐ見直しの声が起こっています。労山も抗議の集会を開き、斎藤義孝理事長は「なぜ、登山団体が金もうけの保険業をやらなければならないのか。納得できない。きょうはお上に物申す“登山者一揆”にしよう」と訴えています。
こうしたなかで、佐世保民商共済会(諌山隆子理事長)では、開会中の佐世保市議会に、保険業法の適用を自主的共済には除外するよう請願を提出しました。19日には、企業経済委員会での趣旨説明が行われました。諌山さんや平尾さんなど共済幹部の方々は、問題点を的確に説明し、共済によってどんなに零細業者が助かっているかの実例も紹介しながら、請願採択を訴えました。約一時間の質疑がありましたが、採択、不採択の結論は22日に延期されました。
写真は9月4日の市長記者会見の模様
早くも朝長市長迷走はじめる
議会と同一歩調とるとの議会答弁直後、「事故はヒューストン固有のもの。他の同型潜水艦の入港は必要なもの」として他の原子力艦の入港容認を示唆する議会答弁を行いました。
市議会の立場とは、安全性の確立、監視体制の確立、防災体制の確立がなされていない現状のもとでは、「原子力艦(ヒューストンだけでなく、他のすべての原子力艦を対象にしたもの)の入港は安易に認められない」したがって「原因究明とその公表を速やかに求める」など安全性確立のための具体的対策を求めているものです。
さらに、佐世保市長自身が「原因究明とされた米国最終報告」についての疑問点を次の6点にわたって投げかけ、その回答を外務省から待っているという状況なのに、行き詰まった日米軍事同盟機能停止に助け舟を出す暴挙だと言わなくてはなりません。
始まった市長の迷走を、今度は市議会がしっかりと意見書の立場を貫いて、迷走をたださなくてはなりません。
佐世保市が米国最終報告について提起した問題点
1、 染み出したというが、構造的なものか、人為的なものか。なぜ漏えいしたのか。
2、 厳格な設計基準というが、それはどういうものか。またその基準に対してどれだけの染み出しだったのか。
3、 2004年にさかのぼって調査した、そして2006年から染み出したというが、どういうことで、2006年という時期が特定できたのか。
4、 コバルトとは言っているが、核種は何か。
5、 性能基準とはどんなものか。
6、 具体的な措置。

放射能漏れ事故、幕引きは許さない
市長答弁。
16日、一般質問に立ちました。放射能漏れ事故。市民の安全・安心にとって死活的重大問題です。画期的意見書の立場に市長も確固として立ってもらいたい。そんな思いで市長の姿勢をただしました。
事故の原因究明、事故の再発防止対策の確立が、安全性の確立という市長答弁、また米国の最終報告で安全性が再確認されたとする外務省見解には納得できない、引き続き疑問点をただしていくという答弁も引き出すことができました。大事なことでした。
ただし、米政府解禁文書に対して、知らぬ存ぜぬとする外務省のまったく無責任な態度にはコメントできず、大きな課題を残しました。
今日、日本政府が米原子力艦の安全性を国民に理解を求める上で、最大最良のよりどころとしているファクトシート(設計上からも極めて微量の放射性物質も検知できるし、更なる問題につながることも是正措置が取られる)という記述に対して、「ならばどうして2年間も垂れ流し続けていたことを気付かなかったのか」(山下質問)に対しても、この矛盾は認めた上で、「フアクトシートでは第一次系となっている。今回はどこのバルブかは明示されていない。したがって、この点も問いただしたい」と市長答弁を引き出すことができました。
たくさんの膨張これだけの関心のある問題です。多くの市民の傍聴がありました。傍聴された市民からいただいた傍聴感想メールの転載です。
傍聴感想メール転載
山下 様
一般質問、迫力のある内容でした。
市長は、質問から「アメリカいいなりの日本政府に『忠実』であれば、市民の安全、安心が犠牲にされる」ということを学んだでしょうか。
内心だけでも自覚すれば、進歩があると思います。
「放射能漏れ事故についての、米政府の最終報告に納得していない」 「量の問題ではない、漏れたことが問題」 「原因究明と再発防止が最優先さるべき」 「市議会と同一歩調をとる」 ・・・等の市長発言は、世論の力、意見書の重みと思いました。
市長は、「国策に協力する」と政府への忠実姿勢を示しましたが、揺らぐ姿勢をやっともちこたえたという感じでした。
「外国軍艦は治外法権がある」と市長は弁明しました。「その軍艦が市民に危害を加える危険があるときに、どちらの安全と利益を守る立場に立つのか」が問われることになります。
「密約」問題、市民にもっと知らせたいです。
おつかれさまでした。
( 篠崎 )

写真は行動後のまとめ会議の様子
吉井町で街頭宣伝
喜寿(77歳)の誕生日に、初の共産党宣伝
15日、敬老の日でした。党吉井支部と地区委員会合同で、吉井町の23か所で街頭宣伝を行いました。ちょうど今日が誕生日で、喜寿(77歳)を迎えられた吉井支部の細井さんは、初めて日本共産党の街頭宣伝を行い、近所の人も温かい声援をしてくれるなど、支部の仲間に大きな励ましを与えました。
細井さんが、「あんまり政治がひどかけん、おいもマイクを握った」ときりだすと、ご近所の方も家から出てきて、細井さんを励ましてくれました。細井さんは50年前に労働組合の教宣活動でマイクを握ったことはあるが、共産党の宣伝では初めてのことだったそうです。宣伝行動のまとめ会議で、吉井支部では、これからもハンドマイク宣伝やろうということになりました。

7日から、5日間で50回の街頭演説を行いました。定例9月議会開会中ですが、議会終了後、地区が準備してくれた支部の応援者とともに、目立つ日本共産党の上りと日本共産党のたすきを掛けて、メーン通りのバス停ごとに訴えてきました。
議会も当然大切です。しかし、解散・総選挙の情勢は緊迫してきました。この選挙で日本共産党の躍進がなかったら、と思うと、議会も選挙もいま頑張ることが求められています。
議会が終わった後ですから、夕方になります。退勤時の通行量の多い時間帯になりますので、結構目立ちます。
「今日も旗持って出駆られたけれども、議会やっとらすとやろか」(ガソリンスタンドの女性従業員の話)とか、議会でも他の市議らから、「昨日もおそうまでおめきおったな」(自民党市議の話)「とにかく目立ちますね」(議会事務局職員の話)などなど話題になっています。
さながら小集会
一番うれしかったのは、戸尾市場での出来事です。始めると、何と左側の店の方二人が椅子をそれぞれ持って聞き入ってくれました。その隣の方もお客さんも聞き入ってくれました。目を右に移すと魚屋さん、花屋さんが仕事の手を休めて聞いてくれているではありませんか。そうなると買い物客や通行人がたちどまり、「お手並み拝見」とばかり聞いてくれました。ちょっとしたミニ集会みたいな感じになりました。終わったら期せずして一斉に拍手してくれました。
共感得られる日本共産党の政策
どんな分野でも、きっちりした国民の立場に立った政策をもつ日本共産党。この党の一員であることの誇りと力の発揮しがいのあることを痛感しています。いっしょに政治変えたい。政権の担い手の交代ではなく、これだけ庶民を苦しめている政治の中身を変えることこそ、今度の選挙の大切さがあること。この思いの共有を広げに広げたいと思います。

基地労働者のアスベスト被害
佐世保でも始まろうとしている
12日、基地労働者アスベスト健康被害学習会が、開かれました。96年に横須賀米軍基地のアスベスト取扱い職場で働いていた人の肺がん死亡率が、通常の3倍にのぼる調査結果を受けて、全駐労神奈川地区本部が、立ち上がった被害救済の運動と到達点が報告されました。
さらに、社団法人神奈川労災職業病センター西田隆重氏が、アスベストとは何かなど、基本的な問題から、どのように石綿じん肺訴訟を起こしていったのか、その勝利判決の意義やはじめて日米地位協定を活用した損害賠償に事実上成功した経緯などのスライドを使っての講演がありました。
神奈川から始まった基地労働者アスベスト被害救済が今では沖縄にも広がり、この佐世保でも取り組んでゆこうという呼びかけがありました。
講演の後、参加者から、「どうしたら認定受けられるのか」「主人は17年前に肺がんで死んだどうやったらいいのか」「認定者が出たとき、支援のための資金がいるのでは」「基地で仕上げ工をしていた。検査入院はできないのか」などなど率直な質疑が交わされました。
おわったあと、主催者の地元全駐労幹部のAさんは、「潜在者・予備軍の方は多いですよ。基地労働者だけでなく、SSKもほかの造船所でも、特に自衛隊関係は多いですよ」とわたしに話してくれました。
米軍(使用者)の不法行為、日本政府(雇用主)の安全配慮義務違反によって、奪われた健康と命、救済されるべきは当然です。その闘いがいまから始まろうという、その瞬間に立ち会えたという感想です。
もう一つの驚きと納得
講演された西田氏が紹介してくれました。空母ミッドウエイーが1986年10月母港化の時、大量のアスベストを不法投棄したとのことです。当時トップ記事だったとのことですが、私は知りませんでした。
その当時、アスベストは禁止されていたそうですが、問題になっていなかった(禁止されていなかった)日本で不法投棄したとのこと。日本の安全のことまったく眼中にない米軍の実態をここでも知らされた思いでした。

11日、本会議ありました。2007年度企業会計決算(上水道、下水道、病院事業、市バス事業)議案です。石木ダム推進の水道事業会計決算認定に反対の討論行いました。
今朝知ったのですが、熊本の田辺ダムに熊本県知事は反対の態度を表明を行っています。
いい知れぬ共感を覚えました。
以下、討論内容です。
水道事業会計決算認定に反対の討論
平成19年度(2007年度)水道事業会計決算認定に反対します。理由は石木ダム建設事業推進です。
平成19年度においては、全体で5億2000万円、内佐世保市がダム事業費1億8408万、水源地域ダム対策費3225万円、事務所派遣人件費1723万7000円、合計2億3356万7000円を投入しています。
その結果、平成19年度までの事業費投入総額は、128億7370万円、うち佐世保市は57億7872万円のお金を投入したことになります。
予定総事業費285億に対し、128億の投入で、事業費ベースの進捗は、45.2%に達しました。
それでも、用地補償契約121世帯中99世帯(81.8%)、家屋移転補償においては67世帯中54世帯(80.6%)にとどまっています。30数年の年月をかけ、機動隊導入強硬手段や、賛成すれば、正規の移転補償以外に、3億円という膨大なお金を提供するという誘導政策をとってきました。
それでも、なおかつ13世帯、19.4%、約2割の反対地権者を残しています。この数は大きいものです。
しかも最後の水没地権者の同意者は平成15年(2003年)です。この5年間一人の同意者も新たに増えていません。そしてこれから先、同意者が増える見通しはまったくありません。完全に暗礁にのりあげてしまった状況になっています。
こうしたなかで、打開するためには強権発動しかないという動きが強まっていることを懸念します。
事業者の長崎県知事は、県議会答弁で強権発動の可能性を否定しませんでした。
条件付賛成者住民、協力感謝金もらえる住民の人たちが、認可申請するように県庁まで出向き陳情する動きがあっています。事業認定されると、土地収用法に基づく用地の強制収用が可能になります。あけすけにそのねらいを「話し合いで円満に解決する芽はない。膠着状態を打破するため」と語っておられるとおりです。
状況は緊迫してきました。人権と民主主義が問われることになってきました。
反対派の人たちは今まで、外部団体の交流は控えておられました。こうしたなかで、はじめて外部との交流が、この8月9日、福岡でのシンポジウムを機に始められました。
この時、反対派住民の声を聴かれた、専門学者や全国の人々は、「40年も前から受けてきた人権蹂躙のひどさに驚いた」として、石木ダム建設反対の支援に立ち上がることになりました。
さっそく、九州住民ネットワーク準備会は、9月7日に現地調査や集会開催、そして翌日には長崎県と川棚町に対する申し入れ行動を起こすまでになりました。
利水、治水の専門家、今本京都大学名誉教授、萩野大阪府立大学名誉教授らもそれぞれの立場から講演も行うだけでなく、一連の反対行動にも参加されています。
こうした申し入れのなかで、
「世間ではその人が嫌と感じれば、その行為をセクハラという。セクハラは犯罪である。しかるに知事、佐世保市長、町民を守るべき川棚町長も犯罪者と紙一重の行動をとっている。私たちはこれ以上犯罪者を増やさないよう接触を断った。もういい加減あきらめて、そっとしてほしい」という住民の声を紹介しています。
また九州ネットワークの申し入れは、「事業はもう半分まできているから、Uターンはもうできない」という県の発言に対し、「嫌だ、出て行ってくれ」という他人の家に土足で入り込んでおいて、半分まできたからもう出てゆかない」とはいったいどういう感覚か、ときびしく断罪しています。
私は、事業主体の長崎県に対して、今までの自ら誤った政策判断を正当化させるために、強権を発動させることは絶対にすべきないこと、佐世保市もまた、これに協力加担すべきではないことを申し述べておきます。膨大な時間と税金の浪費につながりかねない、そしてかつての仲のよかった住民の間に深刻な対立を持ち込んだ、石木ダム建設は直ちにいったん白紙に戻すべきであること、反対派住民も白紙撤回しさえすれば、いつでも話し合いに応じるという態度をとっているわけですから、白紙撤回、そして話し合い、そして水資源確保の可能性の道を探求するということ、
そしてそれこそ、石木ダム実現のを現実的可能性の政策判断であること、そのことを申し上げ、決算認定反対の討論を終わります。


写真は、一面で報道した長崎新聞(6日付)
NBCも長崎新聞も
核問題研究者新原昭治さんが明らかにした原子力潜水艦の日本への初寄港をめぐる、日米交渉の舞台裏を示す公文書が、大きな影響を広げています。
この公文書(機密文書で今日解禁文書になっているもの)には、日本政府が安全性を確保するため、アメリカ政府に放射能や事故の想定などのデータを提供するよう再三、求めたにもかかわらず、
アメリカ側が一切、応じなかったこと、第一次冷却水の排水禁止の求めにも米国側が拒否していることなどが生々しく記されています。
5日にはNBCが全国報道
6日には長崎新聞が一面で特集報道しました。
NBC報道の中で、佐世保市民は「もう入ってもらいたくない」「入るならキチンした安全体制を」「そんなことが隠されたままで」などなど驚きと不安の声が紹介されていました。
新原さんに許しを得て、新原さんが公表した一部を紹介します。
1963年の米原潜寄港をめぐる日米交渉の米政府解禁電報から
―交渉における原潜の「安全性」問題のやりとりで最も注目される重要個所の抜粋
2008年9月3日 新原昭治作成
わが国への米攻撃型原子力潜水艦 (SSN) の寄港は、先行した米軍全面占領下の那覇軍港への寄港を別とすれば、1964年11月12日の佐世保港へのシードラゴンが最初であった。
原潜寄港問題は、1961年の内々の米側申し入れに始まり、1963年1月のライシャワー大使による正式要請以降は、日本政府による「原潜受け入れ」の基本方針を前提に、日米両政府間で長い交渉がおこなわれた。
交渉で主として問題になったのは、3点であった。①核兵器持ち込み問題、②原潜寄港の「安全性」問題、③原潜事故時の責任や補償の問題が、それである。
核兵器持ち込みについては、米側は「艦船上の核兵器の一時持ち込み」は日米安保条約にもとづく「事前協議」の対象にはしないという1960年1月6日の日米核密約をタテに、寄港は事前協議と無関係との態度に終始した。当初、1960年の核密約が念頭になかった当時の池田内閣首脳は、このことについて、米ケネディ政権から事実上の重大な警告を受けることとなった。これが、すでに1999年~2000年にかけ、複数の米政府解禁文書をもとにあいついで明るみに出された、ケネディ大統領の指示ともからむ1963年4月4日の大平外相とライシャワー駐日米大使の密談の内実であった。このように、核兵器持ち込みがらみの日米密約の再確認は、両政府のトップクラスによる高い次元の交渉として決着した。
これに対して、②原潜の「安全性」問題と③原潜事故の際の事故責任と補償問題は、駐日米大使館と外務省を窓口に、1963年はじめから1964年にかけてつづけられた。その結果、1964年8月には、「安全性」問題を中心とする米側の「エードメモワール」が日本政府に渡され、公表された。これによって、米政府は、原潜寄港時の「安全性」を保証するとしたが、これには重大な根本問題が含まれていた。
第1は、わが国の原子力基本法とそれにもとづく原子炉規制法が規定している、「原子力の平和利用」だけがわが国では認められ、原子力の軍事利用はいっさい許されないという原則が、はじめから、原潜寄港には適用されず、実際上この原則がじゅうりんされたこと(「外国軍艦」については原子炉規制法の適用除外とするとの同法の規定が利用された)。
第2は、米軍の原子力潜水艦を実質的にわが国の法的規制の対象外におくという、主権国家として本質的問題をはらむ方針に、原潜の「安全性」問題が従属させられたこと。
具体的には、(A)原潜を動かす原子炉の安全性に関するわが国政府の自主的審査という根本問題について、米政府が絶対にやらせないよう強力に日本政府に迫り、それを認めさせた。その結果、日本政府は早い時期から原潜の原子炉についての自主的な「安全性」審査の権利を完全に放棄してしまった。
同時に、(B)原潜の「安全性」をめぐる身近な具体的な問題として、日本の港湾内で原潜からいっさいの放射性物質を放出しないよう、日本政府はくりかえし強く米側に求めたが、米側はついにその要請に肯定的対応を示さなかった。
こうして、(A)の「安全性」の具体的保証の要求の点も、(B)の日本港湾内での一次冷却水など放射性物質放出禁止の点も、米政府の対応は冷徹な拒否回答でしかなかった。
これが、1963年~1964年の原潜寄港受け入れに際しての日米交渉の真相であったが、両政府の発表にあたっては、この生々しい実相がそのままの形で明らかにされることはなかった。
その内実を物語るのが、1963年~1964年の原潜寄港受け入れを前にした日米交渉の詳細な経過を示す多数の関連米外交文書である。翻訳・分析の対象とした解禁文書の大多数は、1963年のものであり、1964年のものは十分入手されておらず、今後の収集・調査にまつべきものも少なくない。しかし、1963年中の日米間の原潜の「安全性」交渉内容を記した米解禁文書からも、すでに述べたような問題点は明確に浮かび上がる。そしてこれらの問題点こそは、今日の原潜寄港の「安全性」問題の土台に巣くう根本的欠陥を浮き彫りにしている。
以下の関連解禁文書の抜粋訳は、1963年~1964年の原潜寄港受け入れ交渉関係の約80点の米外交文書の中から、日本政府の3回にわたる対米質問書を軸に、原潜の「安全性」問題をめぐるやりとりの重要部分を抜き出し、訳出したものである。米側文書から日本側の質問や対応をみることになるが、当時の日本政府が、原潜寄港受け入れを基本的前提としながらも、その枠内であるとはいえ、ある程度原潜の「安全性」の基本点を米側に質そうとした経過が見えてくる。しかし、米側の回答ぶりは、終始きわめてぶっきらぼうなものであった。
抜粋訳作成においては、「安全性」問題の中でも、とくにその中心的論点に限ることにした。それは、①どのようにして原潜の原子炉の安全性というものを保証するのかという、日本政府が米側に繰り返し問いかけた基本的な前提となる問題と、②日本の港湾内での原潜からの冷却水放出をいっさい禁止してもらいたいという重要関心事の2点である。
〈なお他に、関連文書のかなり詳細な訳文も作成ずみなので、参照されたい。〉
◆ なお、訳出の対象となった一連の米政府解禁文書は、日本共産党調査チームの一員として1999年3月、森原公敏氏が米国メリーランド州の米国立公文書館で入手したものである。森原氏から新原が提供を受けた。
× × ×
■《日本政府の第1回質問書》(1963年2月4日東京・米大使館発、国務長官宛て)
〈外務省アメリカ局の竹内が手渡した原潜に〔第1回〕質問書から〉
(1)安全の評価―原潜の安全性を検討することができるように米国はデータを日本側に提供することが可能か。軍艦の特別の立場はよく理解しているが、軍事機密の許す限り、1960年の海洋法の生物の安全にある安全見積もりにそったデータが準備されることをのぞんでいる。
(2)放射性物質の処理―放射性廃棄物の処理に関する米国の規則を知りたい。それは本国に持ち帰るのか。日本の領海内や近接海域での放射性廃棄物の処理は、原潜の通常の運航のための必要最小限の廃棄物を除き、のぞましくない。
■《アメリカ政府の第1回回答》(1963年2月13日国務省発、東京・米大使館宛)
(1)(安全の評価)ノー。すべての関連データは機密扱いとなっている。鍵となる情報は米原子力法にもとづく部外秘データ(「リストリクティッド・データ」RESTRICTED DATA。〔訳注参照〕)に指定されている。米国政府は安全を保証する。
〔訳注:RESTRICTED DATA = 米原子力法により公開が禁止された情報。①核兵器の設計・製造・使用、②特殊核物質の製造、③それによるエネルギー生産の関連情報のこと〕
(2)(放射性物質の処理)原潜は、放射性物質の放出を、環境バックグラウンド放射能に探知される影響をもたらさない濃度と量に制限するよう求められた。〔米〕海軍の放射能関連の手続きや基準は、原子力委員会と公衆衛生総局により見直されてきている。
■《アメリカ政府の第1回回答を外務省に渡したさいの日米の口頭やりとり。安全性問題での米回答をめぐる外務省側の若干の質問(1963年2月15日東京・大使館発、国務省宛)
外務省の竹内は回答の(1)について、日本政府は、安全性の保証の義務づけを評価するとともに、米国が与える立場にない情報については「求めることはしない」と述べた。しかし、「米国政府は艦船〔原子力潜水艦〕の安全を保証する」との言明がもっとはっきり言えば何を意味するのか、また、具体的な艦〔原潜〕の安全性を保証するう何らかのドキュメントを引用し(一般大衆の目から見て)この言明を裏づけることが可能かどうかを知りたがった。原子炉が米海軍に引き渡される時に実行されると思われる「検査証明書」とか「安全証明書」のようなものが活用できないかどうかと尋ねた。
■外務省・竹内の質問関連の米政府回答(1963年2月19日国務省発、東京・大使館宛て)
「米国政府は艦船の安全を保証する」との言明は、原子力推進装置の設計と作動における原子炉の安全の面が、米原子力委員会とその原子炉安全防護のための法定諮問委員会によって検討され、承認を受けたことを意味している。
■1963年2月22日東京・大使館発、国務省宛て
〔外務省の〕高橋は、〔原子炉の〕「安全証明書」の提出は可能かどうかという以前の質問に言及した。大使館代表はこれに対し、海軍の監査人が、原子炉装置に異常がないことを確認してしるしを付けると理解しており、それは艦の他の部品についてとっているのと類似のやり方である、竹内がふれたような意味での「証明書」は存在しないと述べた。
■1963年2月27日国務省発、東京大使館宛て
許容される〔放射性物質の〕濃度のレベルについての具体的情報や、放射能関連の手続きと基準は、公開することができない。しかし、正確さや安全上のゆとり(マージン)は、世界で最も経験を積み最も進歩した原子力海軍〔アメリカ〕の長期の行動によって証明ずみであることを指摘すべきである。われわれはこれまでの7年間にわたる原子力艦船の行動の無傷の記録を、安全な運転と手順の証言として今後とも維持し続ける。
■《日本政府の第2回質問書》1963年3月5日東京・大使館発、国務省宛て
1.原潜の安全性を確認するために、以下の追加的なデータと情報を求めたい。
米国は原潜の安全性を保証するとの言明について、その保証はどのようにして履行されるのか。いつ、誰が、どの問題について、どんな形式で保証をおこなうのか。その内容はどのようなものになるのか。
2.日本の領海内では、日本の権限ある当局の事前承認なしには、原子力潜水艦が液体または固体の放射性物質を放出しないことを切望する。
■1963年3月12日東京・大使館発、国務省宛て
丸田は、日本の原子炉運転の当事者は「ハザード評価」報告を出すことが義務づけられていると述べた。原潜の場合には、これは必要とされていないので、日本政府は困難に直面している。丸田は、政府としては〔情報〕保全の問題を理解しているものの、「対抗措置のための計算の土台にするなんらかの種類のデータ」が提供してもらえないものかと、強い関心を持っている。
原子炉のウォームアップに関し、丸田は、過剰な冷却水をバージ(はしけ〔艀〕)にでなくて、海水に放出したら、汚染が起こりうると述べた。ザートマンは小量の放射性物質はすぐに探知不可能になると答えたが、溜め置くことの可能性についてワシントンと検討してみることもできるだろうと述べた。
丸田は、原潜のは毎年、陸上の原子炉の民間技師のように、「査察証明書」を取得しなければならないのかどうかを質問した。大使館代表者は、そんな証明書のことは知らないと答えるとともに、原潜は確実に、実際上絶え間ないモニタリングと運転ならびに設備の査察を通じて、いっそう厳格な基準のもとにおかれていると述べた。
■1963年3月19日国務省発、東京大使館宛て
1.(A)〔原潜の安全性の確認〕国務省2月19日発電報で述べたこと以上のいかなる情報がのぞまれているのかが、よく分からない。どうかそのことを明らかにされたい。
(C)〔原潜の原子炉と陸上の原子炉のあいだの相違〕求められている情報は、米原子力法にもとづく部外秘データ(「リストリクティッド・データ」)なので、現行の米国法により提供できない。
(D)〔原潜原子炉の「最大想定事故」データ〕これも(C)と同じ。
2.〔日本の承認なしに領海内で放射性物質処理をおこなわないようにとの要請〕この要請にそうことは、残念ながらできない。〔原子炉の〕一次系のウォームアップ時に、小量の低レベル放射性〔冷却〕水を放出することが必要になる。それは、海洋生物を含む環境放射能に認められるほどの影響は及ぼさない。
■《日本政府の第3回質問書》1963年4月23日東京・大使館発、国務省宛て
外務省は、原子力潜水艦の安全性に関して3回目の質問書の提出を決めた。これは、主として科学技術庁原子力局が作成したものにもとづいている。
以下は質問書の内容。
「日本のすべての原子炉は、安全を確保するために、個々の原子炉の設置に際し安全性に関するきわめて厳重な検討をおこなうほか、建設のすべての段階で権限ある日本当局によって最も注意深い点検を受けることになっている。これと同じ目的で、資格を持つ要員が認可された運転マニュアルに従って運転にあたらなければならない。また、運転開始後は、原子炉の点検を定期的に受けなければならない。
軍艦としての原子力潜水艦の地位についてわれわれはまちがいなく認めている。しかし、日本の国会での最近の論議やマスコミの論評から明らかなことは、原潜の原子炉の安全性が日本国民のあいだで大きな注目を惹いていることである。このような状況下で、原潜の日本の港湾への寄港の提案に最終的回答をくだす前に、国民に原潜の安全性を確信させるためなんらかの形でしっかりした説明をする必要があると考えている。何回かトーキングペーパーの形で受け取ったあなた方の回答をきわめて注意深く検討した結果、これまでの説明は原潜の安全性をめぐる国民の理解にとっては不十分であるとの結論に達した。」
・原子力潜水艦によって引き起こされる「最大想定事故」(MAXIMUM CREDIBLE ACCIDENT)の範囲(放出される放射能の量に関して)は、同じ環境下でサバンナ号が引き起こすものより大きいと考えて、正確か。もしそうなら、原子力潜水艦の「最大想定事故」は、サバンナ号の10倍以下と考えて、正確か。
(東京の米大使館コメント)高橋には、この質問は質的な条件を提起しているものの、米国がこうした情報を提供できるかどうか疑問で、日本政府の要求は明らかに米国が日本の自主的評価による要件に、米国を従わせたいというものだという懸念を表明しておいた。
・原潜から放出される原子炉の冷却水の放射性物質濃度は、放出パイプの出口において、日本の規則によって認められている濃度よりも高い。
港湾内で冷却水を放出しないようにするため、米国が以下の措置をとるつもりがあるかどうか知りたい。(A)出航は補助エンジンを使っておこない、港湾内では〔原子炉の〕ウォームアップをしない。(B)港湾内での保留用タンクを〔原潜に〕装置し、放出される冷却水をそれに貯蔵し、あとで放射能レベルが減少したのち処理するようにする。(C)ウォームアップから生じる冷却水用バージ(はしけ)を携行して公海に出たら放出する。
(東京の米大使館コメント)高橋は、この質問は、米側はすでに否定的回答をしたにもかかわらず、日本の規則が米国の規則よりも厳格なことを知った原子力局の強い要請で、ふたたび持ち出されたものだと述べた。
■1963年6月3日東京・大使館発、国務省宛て
日本原子力委員会は、安全性問題の鍵となるのが原潜の日本港湾入港中に、冷却水を放出しない問題だと非常に強く考えていると、高橋は語った。原子力委員会の立場は、もし原潜が補助ディーゼルエンジンを使って日本の港への出入りをおこなえば、日本の港や領海内での冷却水放出をやらなくてもよくなり、〔放射能〕汚染への日本国民の懸念をなだめることができるというものだ。
つづけて高橋は、遠慮気にローマの日本大使館から送られてきた原潜イタリー寄港の報告にふれた。高橋によると、イタリー国防省海軍局は日本大使館に、1959年以来の原潜イタリー寄港でとられている安全措置には、次のものがある。(A)遠隔地での停泊、(B)海と港湾内での厳格な安全措置、(C)出入港にあたっての通常の湾内交通の中断、(D)艦が湾内にいるあいだのバックグラウンド調査とモニタリング、(E)出入港に際しての補助エンジンの使用。高橋は、イタリー以外での原潜出入港時における補助エンジン使用の例は知らないが、この先例にならって、同じ手続きが原潜の日本寄港時にできないか、ワシントンに問い合わせてもらいたいと述べた。
■1963年6月6日国務省発、東京大使館宛て
原潜の安全性関連の日本政府のあいつぐ質問書は、米国政府にとり深刻なジレンマをもたらした。
米国の要求から発生した、手ごわい政治問題とわれわれも見るものに立ち向かう上で、日本政府を助けたいとは思うが、原潜の原子炉について日本政府が的確な判断にもとづき自主的に安全問題の評価をおこなうに足る十分な情報を、われわれは法律上・安全保障上・政策上の考慮から提供できない現実に直面している。日本政府が目標としていることは、理解できるが、ただ実現不可能というほかない。むしろこうしたこまかい一歩一歩は、日本政府が〔原潜寄港の〕大衆的受け入れをかちとることよりも、われわれにとってのリスクをさらに高めるのではなかろうか。そこでわれわれは、あらゆる実際的目的にとってすでに情報公開の限界に達しているという結論に達した。
そこで、われわれは、東京・米大使館発の電報(日本政府の第3回質問書〕)に記された質問の大部分について、(日本政府に対しても他の外国政府に対しても)これまで提供した情報以外のことは、もうこれ以上なにも言えないと答えざるをえなくなった。
前記内容を日本政府に伝えるにあたり、大使館から付け加えてもらいたいのは、われわれがこの問題の心理的側面への対処で日本政府にしてやれる最善の援助は、原子力潜水艦の安全性に対する厳粛な保証をくりかえし述べることだと信じているということである。
それは、以下のようなものである。
「アメリカ政府は、すべての米核艦船の原子炉の設計、乗員訓練、核推進装置の運転手続きが、法定の原子炉防護勧告委員会の助言のもとに米原子力委員会によって検討され承認されたことを保証する。」
この表明はこれまで原潜の安全性について米政府が回答してきたことのたんなるくりかえしに過ぎない。日本政府が発議した公衆の保健と安全に関する無条件的約束の文言は削除した。どんな船舶も、航空機も、自動車さえも、なんらかの障害を他の人間に与えるものだから、そうした文言にわれわれが同意することはむずかしい。
■1963年7月23日東京・大使館発、国務省宛て
大使館は、原潜情報に関する日本政府からのあいつぐ要請、とくにわれわれが提供し得ない情報に対する繰り返しの催促は、原潜問題をめぐるもっとも腹立たしい点であると認識している。同時に、大使館はこの原潜寄港の問題が日本の第一級の政治問題に発展していること、同時に、日本政府が原潜寄港を承認したがりながらも、この問題で国民と科学者層全体の憂慮を静めうるだけの情報提供やその他の行動もとれないでいるために、安全問題でのっぴきならない危険な立場に追い込まれていることを認識しなければならないと感じている。われわれはまた、日本政府関係者が、首相や外相をはじめとして、終わったばかりの国会で、強い印象を与えずにおかない科学者集団の支援を受けた反対勢力のよく準備された抵抗を受け、この問題で引き続く深刻な痛打を蒙ったことを、肝に銘じておかなければならない。・・・・
日本政府の主要な懸念は依然として、日本の港湾内での冷却水放出問題と、冷却水の放射能が日本の規則による基準値を上回らないとの米側確約の取り付けに集中してきた。この懸念は、7月19日、大使の帰国休暇に先立つ全般的な論議のさいに外相が手渡したトーキングペーパーによってさらに裏づけられた。このトーキングペーパーは、日本政府の憂慮をしっかりとつかむために全体を読んでもらいたい。・・・・トーキングペーパーは冷却水問題、原潜の最大想定事故、スレッシャー号事件の3点にわたっている。
トーキングペーパーは6月19日の日本政府トーキングペーパーに対する米国の回答への言及から始まっている。同回答で、われわれは日本政府に公共の保健と安全への挑戦を超えた冷却水放出について確約するとともに、原潜の出入港時の補助動力の利用や港湾内での放出冷却水貯蔵が実行不可能なことを述べた。
日本政府と米国の放射能放出の基準の違いについて、トーキングペーパーは、日本政府としては日本の規則の内容を十分理解することが重要だと感じていると述べている。
トーキングペーパーは、日本政府にとっての主要な懸念が、冷却水放出により環境のバックグラウンド放射能で探知しうるなんらかの影響を現実に生みだすかどうかよりは、日本政府の規則のもとで規定された標準値を超えないやり方で冷却水放出がなされるかどうかにあることを示している。
日本政府は、原潜が日本の港や湾にいるあいだは少なくとも日本の規則にしたがって冷却水の処理がなされることをのぞんでいるが、日本の規則はわれわれにとって理解が困難であるように思える。外務省関係者は、冷却水処理にあたっては米国が冷却水放出についての日本の規則をまもること、ないし少なくともわれわれが日本政府に対して、冷却水処理にあたってこの規則を尊重するよう約束することを求めている。外務省関係者の指摘によると、日本の港湾での放射能レベルは、ニューロンドン〔訳注=米西海岸コネチカット州の米原子力潜水艦の一大拠点が置かれた米海軍基地〕よりもかなり低く、日本政府は依然として米国の港湾で得られたのと同様の結果が日本の港で得られるかどうか、つまり冷却水放出がどのような探知しうる増加ももたらしはしないことに、疑いを抱いている。□

5日、共同記者会見する議長、市長ら。
松尾裕幸市議会議長(自民党)、永山正幸基地対策特別委員長(自民)
朝長則男佐世保市長ら共同記者会見
米原潜ヒューストン放射能漏れ事故について、市議会議長、市長らが9月5日、共同で記者会見しました。
松尾議長ら「最終文書という説明受けたが、まだまだ不十分であり、更なる質問等を行う必要があると思っている。」と述べました。
納得できない外務省の安全性再確認発言
朝長市長は、米軍が最終文書をすぐさま佐世保市に連絡があったのは良かったが、なぜそれでもって、外務省が「安全性が再確認できた」と伝えてきたが、納得できない。
今、米原潜が入港したらどういう態度をとるのか。という記者団の質問に対して
みんなで協議して決める(松尾市議会議長)いろいろな質問に対してどんな回答が返ってくるのか、期限を12月定例議会までに区切って、その時点での判断を行うようにしたい。などと答えました。
朝長市長は、記者団からヒューストンと同型艦についての関係に聞かれたことに対して、「外務省は、ヒューストン固有の問題であり、構造的なものではなく、他艦に影響を及ぼすものではない」と言っていたという説明を行いました。
一方で両者とも「市民の納得できる説明」を強く求めていました。
米軍、日本政府動かし、世論形成にも力発揮している佐世保市議会意見書
「安全性確立されていない現状での米原子力艦の入港安易に認めない」との佐世保市議会意見書は、大きな力を発揮しつつあります。
外務省幹部が佐世保にきて謝罪
「市長が上京するとは何ごとか。外務省こそ佐世保にきて謝罪せよ」と迫った市議会。放射能漏れが発覚しても、なんとかなるとタカをくくっているかのような外務省も態度を一変させました。外務省の船越健裕日米地位協定室長が二十九日、米原子力潜水艦の放射能漏れの現状説明などで佐世保市役所と県庁を訪れ、一日の発覚直後の市への連絡遅れについて「初動に不手際があった。米からの情報は遅滞なく伝える」とあらためて謝罪した。
モニタリングポストを補正予算措置してでも設置約束
意見書採択前は、事故発覚前には、市長が上京しても、「設置の必要はない」と強気に構えていた文科省。ここでも意見書採択後には、手のひら返したように「補正予算措置してでも要望通りモニタリングポスト設置を約束しました。
しぶしぶ、原因なるものを米軍が公表
徹底した原因究明と速やかな公表を求めた意見書に対して、しぶしぶながら29日に米軍は最終文書なるものを外務省通じて公表しました。それはとても徹底した原因究明などと言えるものではないが、形だけでも市議会意見書にこたえようというものです。
長崎県議会意見書にも影響
9月3日、長崎県議会もまた「入港拒否意見書」を採択しましたが、その内容も佐世保市議会の内容にほとんど沿ったものになっています。
佐世保市長も市議会意見書を重く受け止める
4日開会した佐世保市議会でも佐世保市長は、わざわざ報告の中で、市議会意見書を重く受け止めるなどと述べざるを得ませんでした。
これからがその真価が問われる佐世保市議会
意見書を背景に、9月1日、2日にかけて政府(外務省、文科省)に6項目要求実現を迫ってきた、松尾裕幸議長は、その状況報告のなかで、「意見書前の政府態度とはがらりと対応がちがった」と述べてくれました。安全・安心のまちづくりという一点での共同の力が米軍も政府も動かしているという確信を持たせるものでした。
「問題はこれからです。議長、モニタリングポストでもう入港よしとなったら、それこそ意見書の力を自ら放り投げるものになりますよ」と投げかけたら、「そうはなりませんよ」との返事。安保や基地に賛成の人も、「ふるさと佐世保は安全・安心でありたい」これは共通の思いです。この一点での共同こそ大事してゆきたいものです。

米軍強襲揚陸艦エセックスとLCACが参加
東京都の総合防災訓練に米軍強襲揚陸艦エセックスとLCACが参加したことは、ここまでするかという驚きを禁じえませんでした。
おそらく日本国内における防災訓練にエセックスとLCACが参加したのはこれが最初でしょう。在日米軍が、700人。自衛隊も陸海空約550人。車両68両、航空機8機などを動員したといいます。いっぽう、ほんらい防災の中心的役割を担うべき消防庁は昨年の3分の1、警視庁も半分しか参加していないといいます。
防災訓練を利用した、軍事訓練そのもの
防災訓練を利用した、軍事訓練そのものと言えます。あわせて、「防災に力尽くす米軍と自衛隊」のイメージをつくりだし、他国を攻撃する在日米軍の本質を覆い隠す効果まで狙ってのことでしょう。
佐世保を母港とするエセックスが、こんな形で日本の戦争する国造りにかかわっているのか、佐世保の平和団体としては、血が騒ぐ出来事です。
東京都の総合防災訓練の模様を報道している赤旗’09年9月1日付日刊紙
東京都は三十一日、中央、江東両区との合同で総合防災訓練を実施しました。石原慎太郎知事のもとで、米海軍の強襲揚陸艦や自衛隊の車両と部隊が多数参加する、軍事組織が突出した異常な訓練となりました。
同訓練は、中央区の晴海、銀座、江東区の木場公園、亀戸駅周辺を主会場に、羽田空港、江戸川区の葛西海浜公園、米軍の横田基地、赤坂プレスセンターなども使用し、一万五千人あまりの参加で実施しました。
在日米軍は、東京都以外の公共機関としては最大の七百人が参加。自衛隊も陸海空合わせて約五百五十人、車両六十八両、航空機八機などを動員しました。一方、東京消防庁が昨年の三分の一、警視庁も半分の参加にとどまっています。
葛西海浜公園では、沖合に停泊した佐世保基地(長崎県佐世保市)を母港とする米海軍強襲揚陸艦エセックスから、水煙とごう音を上げながらホーバークラフト型揚陸艇LCACが人工なぎさに乗り上げ、米軍ヘリも離着陸して「帰宅困難者」を想定した約百人を乗せ往復しました。
日本共産党の河野ゆりえ都議や江戸川原水協の人たちなど約五十人が抗議の横断幕をかかげ、対岸の葛西臨海公園から監視行動をおこないました。
埼玉県川越市から家族四人で遊びに来ていた男性(61)は、突然のごう音に驚きながら「米兵が参加しているといいますが、災害のときに本当に訓練のように助けてくれるわけないでしょう。ヘリや巡視艇で監視してまで、こんな大げさな訓練をやらなければいけないのでしょうか」と話していました。