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2009年01月31日

「負の遺産には力を入れない」胸に突き刺す一言

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降りしきる雨の中、引き揚げ記念碑の前で、

明と暗、史料館(海自)と資料館(引き揚げ)
韓国・ソウル大学の先生ら4人の調査・視察は、二日目も精力的にすすめられました。その旺盛な探究心は驚きでした。同時にその姿勢に大いに学ばされたものになりました。
海自の広告塔
海自史料館は7階建て、案内設備はポイントポイントで特別の説明が動画で行われています。専門の案内人も何人も配置されています。たくさんの展示物もあり、丹念に見たら3時間4時間は優に超しそうです。佐世保市の観光スポットに入れ込んであり、この日も他県の観光バスもきていました。戦前戦後の佐世保の戦争にまつわる歴史展示物が要領よく配置してありますが、貫かれているのは、国防の大事さ、日米安保、海自のはたしている役割がこれでもか、これでもかと押し付けられてきます。年間10万人を超すという入館者、間違いなく、一つの意識が刷り込まれてゆくことになるでしょう。
一級品の歴史的遺産
一方、浦頭の引き揚げ記念館。私たちが行ったときは、来館者は誰もおられず、ガイドの平田さんだけでした。韓国・ソウル大学の先生方を紹介すると、当事者だけに生々しい体験を交えた案内をしてくださいました。先生らも矢継ぎ早の質問、資料の解説を求めていましたが、平田さんは、ていねいに答えておられました。
平田さんも80歳を超えたとおっしゃっておられましたが、語り部の方は皆ご高齢になり、誰がこの貴重な仕事を継がれるのでしょう。特別の努力が求められていると痛感。しかも急がれると思いました。
それにしてもこんな悲惨な体験は2度と繰り返してはならない、139万人の方が難民として引き揚げてきた、歴史的遺産としては一級品の記念館です。しかし、国も市も、海自史料館には力を入れるが、この平和資料館はなおざりです。「負の遺産には力を入れたくないのでしょう」彼の一言が胸に突き刺さりました。
韓国・ソウル大学の先生方は、今後の交流のために平田さんとの名刺交換といくつかの資料提供などの約束を交わされていました。

2009年01月30日

韓国・ソウル大学教授らの基地視察をサポート

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写真は佐世保市職員から熱心にレクチアを受ける一行

韓国・ソウル大学教授ら4人が佐世保米軍基地視察
29日、30日の両日の予定で、韓国・ソウル大学教授ら4人が、米軍佐世保基地などの視察のために佐世保を訪問。
29日は、さっそく佐世保市基地政策局職員からの現状レポートの説明を受けました。特に関心を寄せてい
たのは、米軍基地の実態がどうなっているのかということはもちろんでしたが、地域経済にどんな影響をもたらしているのか、ということでした。もう一つは、この現状に対して、市民、平和運動がどのような向き合い方をしているのか、ということ。とりわけ、被爆地ナガサキ(核廃絶)の運動と米軍基地撤去の運動が結び付いたものになっているのかどうか、ということにありました。
30日は、こうした現状のもとで、佐世保市がどのような地域経済活性化のプログラムをもっているのか、これまた佐世保市担当者からのレクチアを受けることになっています。

2009年01月29日

あれかこれかではなく、学童クラブの交渉で

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学童クラブの市役所交渉
28日、学童クラブの父母が市役所交渉行いました。夕刻6時30分、仕事帰りのお母さん、お父さんらが駆けつけてきました。
今回は特に指導員の劣悪な雇用条件改善のために、委託料を引き上げてもらいたいというテーマでした。
指導員をされている方は、「社会保険もなく、低賃金できついが、クラブ運営費も窮屈な中で自分の人件費のことはあまり求めることができない。社会保険に見合う分の補助ができないのか」という訴えがありました。 
またあるクラブからは「地デジ対応の補助がほしい」との要望も上がりました。
私のほうからは、「雇用条件の実態把握ができているのか。また社会保険分の補助するにあたっての財源試算などやっているのか」とお聞きしました。

当局からは、「労働条件などは、把握はしているが、試算はやっていない」「これから検討してみたい」という回答を得ました。
また一学校にせめて一クラブ施設設置を目指し。次年度4か所増設する予算措置をとっていることなどの紹介がありました。
あれかこれか
当局は、「施設整備か指導員処遇改善か、苦渋の選択をしなくてはならない」との本音も吐露。だが、私は
「放課後の子供の安全、親が安心して働けるうえで、かけがえのない学童クラブの役割は増大するばかりです。あれかこれかではなく、どちらも必要なのです」「あなた方は、いったんは財政当局から切られた予算を市長査定復活に持ち込むなどの努力もされてきました。その立場でこれからもがんばるべきです」と激励しました。
こうした父母の長年の努力が法制化を実現させ、また新たな拡充に一歩一歩つながってゆきます。

2009年01月27日

波紋広げている共産党の申し入れ

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波紋広げる共産党の申し入れ
市職員の割り当て動員中止の申し入れは、その後波紋を広げています。朝日新聞は社会面で取り上げ、地方自治に詳しいとして中央大学今村都南雄教授(行政学)の談話を紹介しています。今村教授は「市民に参加を呼びかけるならまだしも、賛否が分かれる事業関連の集会へ大量動員するなど論外だ。市民や市議会はこうした市の行為を厳しくチェックすべきだ」と述べています。他の新聞やテレビなどでもとりあげるなど、これからいよいよ石木ダム建設をめぐる論争が展開されていくでしょう。

26日に市議会水資源対策特別委員会が開催
委員会で以下のような論点で発言しました。
総決起集会の問題1、 割り当て動員
集会参加者を確保するために、市職員に各職場の2割という数値目標を示し、動員させることは、行政のあり方として異常だ。通常業務に支障が出ることは明白。市民サービスをおろそかにしてまで、集会参加を優先させるもの。

2、 集会そのものの問題。市民の総意を示して理解を求めると言っているが、話し合いの打開が見込めるかといえば、そんな見通しの持ち合わせはない。それではなぜ大集会なのか。圧力による屈服を迫るということ、すでに09年から着工、12年から本体工事着工、16年度中には完成させるという工程表が示されている。
進めると言っている。
同意がなかったら、強権発動以外に進めることはできない。
理不尽で野蛮な強権発動への地ならしに狙いが込められている。こんなにお願いもしたのに、こんなに佐世保市民が願っているのに、反対地権者は耳を傾けなかった、仕方がないという批判をかわすためのもの。

3、 治水というが石木川の流入量は9分の1にすぎない。石木ダムをつくったからといって川棚町の水害対策にはならない。その目的も根拠が薄い。

4、 利水というが佐世保市水資源確保というが、節水努力、漏水防止対策などどれだけの努力が積み重ねられてきたのか。中水利用、その他の可能な水源確保対策があるけれども、もう極限だというところまでの努力したのか。不十分だ。
5、何よりも、水需要量が適切に設定されているのか、専門家からの意見も提起されている。どこからどう見ても、強権発動までして進める事業ではない。

2009年01月26日

やめよ、市職員への割り当て動員

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i異常な職員強制動員、内部告発
22日、内部告発を受けました。27日石木ダム総決起集会のために、平日で通常業務もあるのに、各部課2割の割り当て動員が行われようとしている。家族の参加も半強制的。こんなにしてまで「市民の総意」が必要なのか。等々の内容です。
おりしも共産党として、緊迫する情勢のもとで、どうすべきか対策会議が予定されていましたので、その会議で、「少なくとも市職員への割り当て動員は中止せよ」の申し入れを行うことを確認し、さっそく抗議文書を送付し、申し入れを行いました。

市民有志も賛同、共同の行動
また、水問題を考える市民の会代表の一人、宮野さんにもこのような動きを紹介すると、「自分たち(宮野さんご夫妻)も同席したい」とのこと。
翌23日には、日本共産党北部地区委員会(石川悟委員長)は、宮野さんらとともに、石木ダム建設促進総決起大集会への市職員への割り当て動員参加中止を求める申し入れを行いました。
分かったことは、市長部局職員(約2200人)各部課の2割集会に参加させるという業務命令だった。その根拠として、水道局支援する業務の一環。たとえば、平成6年大渇水時に行ったことがある。などなど。強弁にすぎません。
私は、「事実上半日約400名もの職員を通常業務から外せば、支障が出ることは明白。市民サービス低下をやめよ」と追及。宮野さんも、「職務専念義務との関係でどうなのか。また、集会自体が反対地権者への脅迫行為」と厳しく抗議しました。
しかし、対応した市当局は、「市長に伝える」というだけで、中止するともしないとも検討するともしないとも態度は明らかにしませんでした。一貫していたのは業務命令の正当性の弁明だけでした。
「集会が、反対地権者の心に響くと思っているのか、全く思ってもいないのになぜこのような集会を強行するのか。結局強権発動するためのアリバイづくりではないか」という指摘に、何ら回答することができませんでした。知事が考えている工程表(理不尽で野蛮な強権発動へのスケジュールと読み替えてもよいでしょう)に沿った計画であることが明らかになったと言えます。
心配です。理不尽で野蛮な強権発動を許さない世論が求められています。

2009年01月23日

入港回避要請を無視、しかし田上市長らの努力は必ず実

米国艦船「ブルーリッジ」の長崎港寄港に関する長崎市長コメントコメントによると、本日(23日)長崎港管理者の長崎県から、媒介郡第七艦隊旗艦「ブルーリッジ長崎寄港が決定したという連絡を受けた。
この間、田上長崎市長は、1月15日には外務省に、1月23日には米国福岡領事館を提出し米艦船長崎寄港回避要請をした。
しかし、被爆地の声が全く聞き入れなかったことに対して、特にオバマ大統領の就任した直後で、核兵器廃絶への米国政府への期待が高まっていたのに、はなはだ遺憾。という趣旨の内容になっています。

市長の入港回避要請行動は重要、
被爆地の市長のこの要請行動は、米国政府、日本政府にとって大きな圧力になったことは間違いないでしょう。最初の連絡が1月8日、その間の市長の行動があり、正式決定が23日にずれ込んでいることにも、彼らの戸惑いを見る思いです。
被爆地の声を代表した田上市長の行動は大いに評価されるべきでしょう。聞く耳を持たぬ米国政府、そのアメリカ言いなりの日本政府の外交姿勢。厳しく批判されるべきでしょう。

それにしても情けない長崎県の態度
長崎県は港の管理者です。直接入港拒否できる立場にあります。当事者からの権限を発揮して被ばく県民の願いにこたえるべきです。
現在の管理条例からも十分入港拒否できる根拠の持ち合わせはあります。薄弱だと思うのであり、本当に核持ち込みノーという立場に立つというのであれば、神戸市のように非核証明書発行を義務付ける条例を制定すればよいことです。

地球上からの一切の核兵器をなくす、絶好の歴史的チャンスを迎えています。被ばく県民がその運動の先頭に立つべきです。

2009年01月22日

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(写真は真剣に訓練に取り組む訓練参加者、21日市役所)

佐世保市は21日、「原子力艦防災訓練」を行いました。訓練は今年で7回目になります。今回は昨年米原潜ヒューストンの放射能漏れが明らかになっているだけに、いっそう現実みを帯びたものになっています。 米原潜が赤崎岸壁に停泊中、日本側が設置している港内のモニタリングポストが平常値を大きく上回る数値を観測。住民の避難が必要になった-との想定で実施されました。海自、陸自、警察、海上保安庁など外部機関も参加しました。赤崎町住民なども避難、検査訓練などに参加しました。

訓練は真剣、それだけに米軍不参加は致命的欠陥
本庁5階に設置された対策本部などでは、訓練参加の職員らが緊迫した雰囲気の中で真剣に所定のシナリオにそった訓練を行っていました。
訓練に欠かせない発生源になる米軍は参加せず、実効性に大きな疑問符のつくものになりました。真剣に緊張感をもって職員らが取り組んでいるだけに、この大きな落差がいっそう際立つものになりました。
終了後に会見した朝長市長は、再三の参加要請にもかかわらず米軍が「米国内外の原子力艦寄港地では何もしていない」などとして応じなかったことについて、「非常に残念な思い。現実に放射能漏れが起きたので、米軍は(訓練参加に)配慮すべきだ」と述べたとのことです。
住民の安全など考慮していないことを端的に示すもの。安全を市長が真剣に考えるなら、安全が担保されない寄港そのものをきっぱりと拒否すべきです。

日本政府の矛盾も浮き彫りになりました。

1999年12月17日 「原子力災害対策特別措置法」制定(施行は2000年6月16日)しましたが、原子力軍艦の原子力災害は含まれていませんでした。しかし、
2000年5月30日 中央防災会議が「防災基本計画第10編原子力災害対策編」の修正として「第4章原子力艦の原子力災害」を新たに追加することを決定しました。そこでは、
「原子力艦の原子力災害に関しては、地域的な特殊性をかんがみて、必要とされる場合、関係自治体の防災計画において、その対応に留意するものとする」とされたのです。この法的根拠でもって、佐世保市は原子力災害を防災計画に組み込み、それにもとづいたこの訓練になっているのです。
ここから言えることは、政府もまた米原子力艦の事故は起こりうる、その対策の必要性を認めていることです。
その政府が、米政府の安全宣言(原子炉事故起こしたこともない。発生することはない)ということをうのみにし、オウム返しに自治体と住民に原子力艦入港を押し付けるという矛盾です。
 

2009年01月21日

土地収用の環境づくりか?

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写真は市役所玄関前の立て看板
立て看板に、ポスター、そして街宣車まで繰り出し
石木ダム建設総決起集会

1月27日、石木ダム早期実現を求めて総決起集会が企画されています。ポスターや立て看板などが目立っています。今日からは宣伝カーまで市中に繰り出されています。この種の大規模集会は、昨年9月6日、12月16日立て続けに開いたばかりです。
市長は、反対派住民は会わないと言っているのに、押し掛け訪問活動を続けています。
異常だといわなくてはなりません。すでに工程表まで公表している県知事。「こんなに説得の努力をしたのに、反対派住民は耳をかさなかった」という強権発動の布石づくりではないでしょうか。心配です。

犯罪まがい
反対集会決議に「世間ではその人が嫌だと感じれば、その行為をセクハラという。セクハラは犯罪である。しかるに知事、佐世保市長、町民を守るべき川棚町長も犯罪者と紙一重の行動をとっている。私たちはこれ以上犯罪者を増やさないよう接触を断った」とあります。仮にどんな大義があろうと、当事者がノーと言っている以上、その人の権利を奪い取ってまでことを進めることなどは絶対に許されないことです。
一方では補償金にさらに協力感謝金などの飴の政策、一方ではこのような圧力まで加えるやり方が、民主的とは言い難いものです。お互いの立場を尊重しあうことこそ大切なことではないでしょうか。
地権者8割を同意させたと言っているが、
知事や市長は8割の地権者を同意させたと言っていますが、最初から賛成の地権者も多かったわけで、実際は、もともと反対世帯は23世帯、そのうち賛成に回った世帯は10世帯にすぎません。
「豊かな自然を子供たちに残したい、まとまった地域でずっと暮らしてゆきたい」これが反対住民の願いです。30数年の年月と、大きなお金をかけて進めてきた到達点が現状です。
石木ダム建設構想自体に問題があったことは明白です。
火災に見積もられている水需要、足らない節水努力不足(福岡市などと比較したら歴然)、漏水対策を同じ水道歴史を持つ神戸市並みに引き上げたら、もはや石木ダムは無理してつくる必要はないという議論もあります。
治水というが
かわたながわの支流にすぎない石木川にダムを造ったからと言って、川棚の水害防止にどれだけの効果があるのか。むしろ、河川の堤防などのこうじこそ有効な治水になるという議論もあります。
先に公共工事(石木ダム建設)ありきの感は否めません。もっと落ち着いた議論こそ必要ではないでしょうか。

2009年01月18日

関心の高かった原子力艦学習会

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原子力艦そのもの存在が危険
17日、原子力の研究者野口邦和さんを招いての学習会が成功しました。佐世保市平和委員会が主催したものです。畑田さんや篠崎さんや安田さんらが奮闘したことと、市民の間でも関心が強かったことによるものでしょう。
市議や行政関係の人、また労組のかたなど従来の枠をこえて広範な分野からの参加がありました。
野口先生の話も運動の方向に確信をもたらす内容でした。地元でも著名な軍事研究者も「たいへんためになった。わかりやすくいい話でした」と感想を述べてくださいました。
フアクトシートについて「短い文書の中で、25回も「安全」という言葉を使うなど安全宣言書になっているが、何も裏付けるデータなど示されておらず、安全を専門的に検証できるものではない」
さらに、「事故は一回も起こしたことはないと言っているが、ホノルルの放射能漏れ事故など実際に引き起こされている事実とあきらかにちがう」と指摘され、信用できないきっぱり。
以下話の骨子は以下の通りです。
米原子力軍艦 何が問題か
日本大学 野口 邦和

1.原子力軍艦は深刻な事故を起こすから危険なのか
*「動く原発」という表現は本質を捉えているか → 「動く火発」ならよいのか!
*安全な原子炉ならよいのか
*地域限定型の反対運動にならないか
*原子力空母は海上出撃基地、最強の海軍兵器だという視点を持とう
*先制攻撃戦略・殴り込み戦略の拠点としての米軍基地機能を強化するもの

2.合衆国原子力軍艦の安全性に関するファクトシート(2006.4.17)について
*本質は根拠のない無責任な「安全宣伝」文書
*実証的なデータはなく、真偽を確認できない
*有益な情報が含まれていることも確か

3.放射能のはなし
*放射性物質、放射能、放射線を区別しよう
*原子炉内放射能 → ふろおけ理論
*熱出力と放射能の強さの関係
*原子炉内の放射性物質の量が正確に評価できない

4.シビアアクシデントが起こったら
*米軍・米政府は事故情報を迅速に日本側に通報するか ← これが一番問題だ
*原子炉事故時の人的被害見積もりは難しい
*原子力軍艦の原子炉と商業炉との違い

5.原潜ヒューストンの放射能漏れ事故
*在日米国大使館を通じて外務省に通報 → 外務省が発表
*2006年6月から2008年7月まで放出
*漏えいした放射性物質(放射性コバルト)の量は極めて少ない
*どういう放射性物質がどれだけ放出されたか、なぜ2年以上も漏えいに気づかなかったかなど肝心なことは通報されず、要するに米軍・米政府の一方的な通報を信用しろというもの

6.おわりに
*問われているのは、日本の安全保障を冷戦型の日米安保体制に依拠するか。
*問われているのは、国際紛争を解決する手段として武力による威嚇または武力行史を永久に放棄した憲法を有する国民のあり方。


2009年01月15日

原子力艦学習会成功をめざし、街頭宣伝

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「原子力艦は安全か」学習会参加を呼びかける街頭宣伝が行われました。平和委員会の畑田さんらが、佐世保市内中心街で学習会案内のチラシを配布しながら、マイクで「米国も日本政府も原子力艦は安全だと強弁しています。ほんとうにそうでしょうか。この機会に専門家の話を聞いてみてください」と訴えました。とても寒い中でしたが、「頑張ってください」と激励くださる市民もおられました。

2009年01月14日

客観的に知りたい、原子力艦の安全性(危険性)

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知ってもらいたい、知っている人はいっそうの確信に
佐世保市平和委員会がよびかけている「原子力艦の安全性(危険性)についての学習会」が迫ってきました。今朝の長崎新聞が案内の報道がありました。
基地賛成、反対を超えて、「原子力艦による放射能被ばくなど絶対に嫌だ」これは共通の思いではないでしょうか。
米軍や日本政府の一方的な安全宣伝がまかり通っています。
米国政府が安全性の最大の根拠にしているフアクトシートの欺瞞性が客観的に専門的な立場から解明されることでしょう。
安全の虚構によって、佐世保市民の生命・健康、自然環境などが土台からおびやかされているとしたら、こんな不合理を是正させることこそ大人の責務ではないでしょうか。

2009年01月11日

親睦の深まった町内会の新年会

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町内の新年会
10日夜、町内会の新年会に参加しました。婦人部のかねて培った踊りや芸に秀でた人たちが出しものやって、大いに親睦が深まった集いになりました。地域の連帯感がさらに強まりました。

みんな生き生き地区党の旗開き

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意気あがった地区党の旗びらき
10日、日本共産党北部地区の党旗びらきが開かれました。県委員長も来賓として参加してくれました。みんなで頑張ってきた反映でしょう。地区委員長のあいさつ、中間選挙予定候補を代表しての仲村佐々町議をはじめ、各民主団体代表の話も元気の出る話で大いに参加者を激励してくれました。「ここで頑張らないといつがんばる」なごやかな交流のなかでも、みんなが気持ちをひとつにすることできた政治集会になりました。

獅子舞も登場した朝市ぜんざい会

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朝市のぜんざい会に獅子舞が登場
0日、まだ暗い6時から、朝市恒例のぜんざい会が開かれました。今年は女子高生による獅子舞も登場し、この一年の商売繁盛をねがう出店の業者さんやお客さんを楽しませてくれました。民商会員でもあるTさんは「いつもこんなに人出があるといいのですが」と語ってくれました。総選挙をまえに各政党、小選挙区立候補予定者もみんな顔を揃えるなど、ここ
でも早くも「政治戦」が始まっています。

2009年01月10日

民商の新年会、交流を深めました

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写真あいさつを行う近藤直佐世保民商会長と松尾事務局長

民商新年会であいさつ9日、佐世保民商の新年会に出席。あいさつをしました。年越し派遣村で見せてくれた人間的温かい連帯にどんなに感動したか、その話をしました。
皆さんと同じ思いを共有できたように感じました。民商もまた日常的にこのような人間的連帯を発揮しているから、組織的拡大も続いているのだろうと思いました。今年も百人に迫る新年会とはすごいことです。

2009年01月09日

佐世保でも年末年始に54件の相談(うち45件が辻産業倒産関係)

人間的温かい連帯が政治を動かす
この間の年越し派遣村で何が起こったのか、その報道を胸を熱くして読んでいます。たくさんのことを教えてくれています。何よりもこの極限の中でものごとの本質が見えてきました。派遣労働者の血と汗と涙で大儲けした大企業が仕事も生活も住まいまで奪って寒空に放り出しました。
こうした時に政治が救済しなくてはならないのに、救済に立ち上がったのは市民、全労連など民間ボランチィアでした。こんな温かい人たちがいたのだ、派遣村に集まった人たちの率直な感想が語られています。今度は自分たちがボランチィアに回るなどという決意の声もありました。この人間的暖かい連帯の力が、次々と政治を動かしてきました。これからも予想される大量首切りを許さない闘い、労働者派遣法抜本改正の課題、雇用のルールをつくりだす課題はこれからです。しかし、国民が連帯し闘えば事態を切り開くことができるのだ大きな確信を与えてくれました。

佐世保市の緊急経済雇用対策本部にもたくさんの相談
派遣村ではないが、佐世保市でも年末窓口を開けておくこと、をもとめてきました。行政もこれにこたえてきました。
辻産業関連が中心、生活保護関係の相談も
この間の佐世保市緊急経済雇用対策本部に寄せられた相談件数は54件にのぼっています。そのうち辻産業関連が45件、金融・経営相談が45件(内辻産業関連42件)雇用相談5件(内辻産業関連3件)生活保護相談などその他4件となっています。
本部に寄せられた生活保護関係の相談は、これまた窓口をつくっておいた担当課にすぐにすぎに引き継がれました。
困った市民に休暇中でも対応できる体制をとっておいて本当に良かったと思いました。

2009年01月07日

地域消防団の課題

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式典で表彰された方々(1月6日、市民会館)

出初式に参加して
 6日、2009年佐世保市消防出初式に出席。夜は地域の第18分団の出初祝賀に呼ばれて参加しました。県知事、市長のあいさつ。火事や災害から住民の安全を守る消防の意義が語られました。ほんとうにそうだと思います。佐世保市民にとってもう一つ放射能災害による安全を守る課題があるのに誰も言及はありませんでした。
地域消防団の課題
 馴染みの第18分団の祝賀会は、分団員の皆さん、地域の町内会役員のみなさんなどとの新年交歓も含めて交流を深めることができました。議会全般のこと、年越し派遣村など話題は尽きませんでした。
地域消防団の課題は、団員確保の問題です。主力をになっていた自営業者が相次ぐ廃業などで十分でないのです。いきおい会社員の団員の比重が高くなり、昼間の火災などでは出動できる団員が限られているというのです。経済情勢の影響がこうした分野でも深刻になっています。

2009年01月06日

仕事はじめの宣伝行動

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5日は官公庁の仕事始めです。私も市役所前、水道局前で出勤する労働者に新年の街頭宣伝を行いました。みんなでいい仕事ができるようにしたいものです。

2009年01月04日

党事務所すぐそばで火災

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地区委員会事務所近所が火災
3日、石川地区委員長からの携帯。「事務所裏が火事だ。今燃えている」。「わかった」とすぐにバイクを走らせました。国道も裏道も渋滞。いらいらが募りますが、こういうときあせってはだめだと思い聞かせて途中でバイクを止め、走って駆けつけました。火災現場は
地区事務所のすぐ斜め後ろに位置します。周囲はロープで立ち入り規制。すでに鎮火気味ではあったが、なお消火は続いていました。もう延焼の心配はなさそうです。ホッとしました。

被災者は顔見知りのおばあちゃん
だが、救急車が被災者を乗せこみサイレン鳴らし発進してゆきました。
確かおばあちゃんが一人でたばこ販売をしておられました。あのおばあちゃんなのだろうか。近所のMさんやすでに取材に来ていた顔見知りの記者に確認すると、やはりそうらしい。「あの煙の中では」とのはなし。あとでやはり亡くなられたとのこと。86歳だった。一階奥で倒れていたなどのことを知りました。年末に自動販売機の物品、金銭の管理作業をされていたとき、「よいお年を」とあいさつを交わしていたばかりのこと。顔見知りの不慮の死はやはりつらい。ご冥福を祈りのみです。

2009年01月03日

後援会の皆さんと一緒に宣伝

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写真は桜木団地公園。2日

春日支部後援会の皆さんと街頭宣伝
 2日、昨日とはうってかわってよい天気になりました。ただ風は冷たい。春日支部後援会の皆さんと、春日・桜木地域での新年の宣伝を行いました。
道行く人との新年のあいさつ。国道沿いでは、車からの声援も少なくありません。たまには、車を止め、窓をあけ「頑張っていますね。ことしもよろしく」などの光景もありました。合計7回の宣伝。

2009年01月02日

不況の中の初売り

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初売り客でにぎわう四ヶ町(京町アーケード)

恒例の初売り
この不況の中で、恒例の初売りはどうなんだろうと思い、四ヶ町などに出かけてみました。私には、例年のように結構人通りは多かったように見えました。売り込みの声にも力が入っています。福袋を買いこんだカップルの姿もあります。
知人の商店主は「これでも例年からすると少ないかな。子供の数が少ないようだ。財布のひもは固い。一方この安売りの日に、狙いを定めた商品だけを買うといった傾向が強いようだ」との声です。

地元銀行の主宰する経済研究所の論文
昨年地元銀行の主宰する経済研究所の論文は、長崎県内の家計支出動向を、「外食、レジャー、衣服費など生活に潤いをもたらす項目は減る。いっぽう医療費、税金、教育費など生活に不可欠なものが増える」と分析し、県内の景気回復のためには、社会保障など安全システムの拡充、格差是正が必要だと指摘していました。かねての日本共産党の主張通りのものでした。
雇用、福祉など庶民のふところを温める経済政策こそ求められていると痛感しました。

2009年01月01日

2009年1月1日の佐世保港、

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矢岳町ポイントから。米軍専用岸壁の後背地はすっかり埋め立てが終わっている。

2009年1月1日の佐世保港
小雪交じりのあいにくの朝になりました。およそきれいな初日などのぞめませんでした。それでも現実の佐世保港を確認しておきたいと思って、あれこれとポイントを探しました。烏帽子、弓張、船越、万津など考えましたが、結局矢岳町から撮影しました。

希望の年に
貧困と格差を広げ、あげくは無慈悲な派遣切りで、大企業さえ儲ければ暮らしもよくなるとした「新自由主義」は破綻しました。反撃の労働者の闘いも始まりました。
なんでもアメリカにつき従っていけばという路線も、揺らぎ始めました。希望の年といえそうです。

現実の姿
しかし、眼前には、イラク国民を虐殺した強襲揚陸艦エセックスなど、攻撃遠征軍を構成した血まみれの米軍艦船が、その英気を養うかのように米軍専用桟橋に横たわっています。放射能漏れ事故を引き起こす米原潜接岸地の赤崎岸壁もなにごともなかったかのようなたたずまいです。日本警察官をひき逃げした米兵は、基地に逃げ込みいまだに特定もされていません。
我が国の海外派兵の突破口を担い、その後も今日までインド洋派兵の中心的役割を担った海自護衛艦部隊も黒々とした姿を横たえています。


市民の安全が、米軍基地と米兵によってこれほど脅かされているというのに、政府も住民代表の自治体も議会もここにメスを入れることになお腰が引けています。
9条改悪に直結する海外派兵ノーもまた言えない現実があります。

それでも変化の兆しが、さっそく初詣の市民に連帯のあいさつを

だが、昨年末の一年を振り返る特集番組に私がしばしば登場させてもらいました。また佐世保の有力な政財界任意の団体の学習会講師に招かれるという初めての出来事もありました。この現実を変えなければという世論が着実に芽生え始めていることと無縁ではないと思います。この流れを、佐世保市民の中で広げてゆきたいと深く心に刻み込む2009年1月1日を迎えました。総選挙と、佐々町議選挙、平戸市議選挙、地元佐世保での党勢拡大、住民運動前進に役立ちたいと思います。
さっそく、初詣の人たちに日本共産党からの連帯のご挨拶にでかけます。