2009年1月1日の佐世保港、

矢岳町ポイントから。米軍専用岸壁の後背地はすっかり埋め立てが終わっている。
2009年1月1日の佐世保港
小雪交じりのあいにくの朝になりました。およそきれいな初日などのぞめませんでした。それでも現実の佐世保港を確認しておきたいと思って、あれこれとポイントを探しました。烏帽子、弓張、船越、万津など考えましたが、結局矢岳町から撮影しました。
希望の年に
貧困と格差を広げ、あげくは無慈悲な派遣切りで、大企業さえ儲ければ暮らしもよくなるとした「新自由主義」は破綻しました。反撃の労働者の闘いも始まりました。
なんでもアメリカにつき従っていけばという路線も、揺らぎ始めました。希望の年といえそうです。
現実の姿
しかし、眼前には、イラク国民を虐殺した強襲揚陸艦エセックスなど、攻撃遠征軍を構成した血まみれの米軍艦船が、その英気を養うかのように米軍専用桟橋に横たわっています。放射能漏れ事故を引き起こす米原潜接岸地の赤崎岸壁もなにごともなかったかのようなたたずまいです。日本警察官をひき逃げした米兵は、基地に逃げ込みいまだに特定もされていません。
我が国の海外派兵の突破口を担い、その後も今日までインド洋派兵の中心的役割を担った海自護衛艦部隊も黒々とした姿を横たえています。
市民の安全が、米軍基地と米兵によってこれほど脅かされているというのに、政府も住民代表の自治体も議会もここにメスを入れることになお腰が引けています。
9条改悪に直結する海外派兵ノーもまた言えない現実があります。
それでも変化の兆しが、さっそく初詣の市民に連帯のあいさつを
だが、昨年末の一年を振り返る特集番組に私がしばしば登場させてもらいました。また佐世保の有力な政財界任意の団体の学習会講師に招かれるという初めての出来事もありました。この現実を変えなければという世論が着実に芽生え始めていることと無縁ではないと思います。この流れを、佐世保市民の中で広げてゆきたいと深く心に刻み込む2009年1月1日を迎えました。総選挙と、佐々町議選挙、平戸市議選挙、地元佐世保での党勢拡大、住民運動前進に役立ちたいと思います。
さっそく、初詣の人たちに日本共産党からの連帯のご挨拶にでかけます。