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2011年11月30日

こんなすごいジャーナリストの話こそたくさん聞いてもらいたい

2011-11-22-2.jpg
森住卓氏はかけがえのないジャーナリスト
森住卓氏は、その著書 「私たちはいまイラクにいます」が、第51回産経児童出版文化賞を受賞した事について、次のようなブログを掲載しています。
イラク戦争やこの間の産経新聞の論調は日本政府やアメリカサイドの報道に偏り、イラクの独立のために抵抗している人々をテロリストと呼び、アメリカの戦争に協力的です。イラクのこどもたちの事を描いた本が賞をもらうことはとても嬉しいことですが、この新聞社からもらいたくないと言うのが率直な私の気持ちです。
 以下のような辞退の手紙を送りました。
第51回産経児童出版文化賞の受賞を辞退させていただきます。
 「私たちはいまイラクにいます」に登場するイラクの子どもたちの写真は、悲惨な戦争のなかでも、それを乗り越えてたくましく生きていました。彼等は無法なアメリカの侵略戦争を身をもって告発していました。空爆された跡に立つ少女や劣化ウラン弾の影響と思われる白血病の少年がじっと見つめる瞳はこの戦争を止められなかった大人たちの責任を静かに追及しているようでした。
 この戦争を産経新聞社はどのように伝えたのでしょうか?日本政府のこの戦争に加担する姿勢を一度でも批判したのでしょうか?
 この賞を受けてしまったなら、イラクの子どもたちに2度と顔向出来なくなってしまいます。
2004年5月10日
森住 卓

さらにNHK出演要請に対しても葛藤さらに森住氏はNHKBS23ワールドニュース出演辞退のことについても以下のような見解をブログで表明しています。
当初、NHKディレクターに私の写真展「Children of the Gulf War」のお知らせをしたときに、会場で取材させて欲しいと言っていましたが、結局取材には来られませんでした。
 NHKは、劣化ウラン弾被害を国連や西側科学者、NGOなどが科学的に立証したデータを出していない中で全面的に取り上げられない、あくまでも子どもたちの置かれている状況の中の一つとして劣化ウラン弾被害の実情を取り上げたい、最後に劣化ウラン弾の疑いと言われている被害がある事を紹介するぐらいにして欲しいと言うことでした。
 イラクの情報が全くと言っていいほど無い中で、経済制裁や子どもたちの実情を知らせるのは意義がありますが、しかし、イラクの最も差し迫った問題は劣化ウラン弾被害の真相究明と被害者の救済なのです。4年間イラクに通い私が取材した事実はその事を強く訴えています。この事を正面から取り上げられなければ取材に協力してくれた子どもたちの家族や、医師たちの「「世界に被害の悲惨さを伝えて欲しい」という願いを踏みにじることになってしまい、どうしても出演する気になれなくなってしまいました。

 ジャーナリズムの役割は科学的に立証されないから伝えられないと言うのではなく、そこに苦しんでいる人々がいて、その原因が劣化ウラン弾の疑いが濃厚の時、その原因の究明のためにも、現場で起こっている事実を積極的に伝える事が使命ではないでしょうか。因果関係の科学的立証はジャーナリストの仕事ではなく医師や科学者の仕事です。未来に大きな影響を与えるかもしれない問題に警鐘を鳴らさずして、ジャーナリストの存在意義はどこにあるのでしょう。
 NHK内部で何が起きていたのか知りませんが、アメリカの使った劣化ウラン弾被害が引っかかったのかなと思います。
 昨日まで、何度も話しをし、番組の最後に触れることで私も一旦は納得したのですが、イラクで最も差し迫った深刻な問題は劣化ウラン弾被害であること、それを正面から取り上げられないメディアは何なのか。自問し、その後も悩み続け、そこに出演して通り一遍の話しをして終わってしまうのではイラクの人々に申し訳なく、とても出演することが出来なくなりました。
 ジャーナリストは伝えることが仕事なのですが、何をどう伝えるかがとても大切なことです。伝えないこともジャーナリストとして必要なときもあるのでは、とも考えています。そんなことで出演取りやめました。
 楽しみにしていただいたみなさんにはお約束が果たせず大変申し訳ありませんでした。
以上。

2011年11月29日

亡霊のごとく再浮上

091108-2.jpg2年前の街頭宣伝行動
亡霊のごとく再浮上
俵ヶ浦半島における産廃処理施設建設問題が、突如として再浮上してきました。この問題は2年前、周辺住民の強い反対運動で、沙汰やみになっていた感がありました。しかし水面下の策動は続いており、先月10月21日付で、朝長市長は株式会社ECO資源研究所に対して、事前協議の終了通知と手続き開始の通知を行っていました。
住民にはまだ知らされていない教えてくれた人の話では、ごく一部の町内会役員だけがこのことを知らされ、多くの町内会の人たちにはこれからのことであるとのこと、またしても大きな反対運動がおこることは必至です。

2年前の記録2009年11月現在、俵ヶ浦半島(庵浦町地区)で産業廃棄物最終処分場の建設が計画されています。
産業廃棄物の中間処理施設を「(株)eco資源研究所」が建設、中間処理された産廃の最終処分場(産業廃棄物埋め立て地)の建設と事業運営は「たつみ産業(株)」が行うものです。
経緯
1、2008年7月6日と7月29日の2回にわたり、たつみ産業(株)から無機性汚泥中間処理事業を庵浦町本船谷で行いたいと、隣接地区の椎木住民への事業説明会が開催される。第1回説明会で同地区の道路事情(狭路)を考慮せず、大型ダンプでの搬入が示されたこと等に反対意見が噴出したため、第2回の説明会では、場所を本船谷から同社所有の庵浦町採石場跡地に変更したいと、事業計画の変更が提案される。
11月9日には処理方法や処理機械を見て検討してほしいとのことで、庵浦町本船谷にてデモ機による機械説明会が実施される。
2009年4月開催の庵浦町公民館定期総会前になり、たつみ産業より無機性汚泥中間処理場
建設計画撤回の連絡があったことを受け、総会では「今後、庵浦町としては産業廃棄物処理関連施設等の建設には断固反対する。」と住民総意の意見として決議する。
2、同計画が撤回された矢先の8月11日、eco資源研究所とたつみ産業の共同事業により、新たに産業廃棄物中間処理(工場)と最終処分場(産業廃棄物埋め立て地)を、無機性汚泥中間処理場建設を当初予定していた庵浦町本船谷に建設したいとの計画が、住民説明会で出されている。
3、たつみ産業等所有する庵浦本船谷の産業廃棄物最終処分場予定地は、同社が土地の買収にあたり、地域活性化のために宅地開発したいとして1995年6月ごろより地権者から購入したもの。
私たちは、下記の理由から、俵ヶ浦半島の美しい自然を守り、安全で子や孫たちに対して誇れる地域を守るため、産業廃棄物中間処理施設、最終処分場の建設に反対します。
① 宅地開発を名目に取得した土地で、産廃関連の事業計画をコロコロ変え、あくまでも産廃中間処理施設、最終処分場建設を計画しようとする企業を信用することはできない。
② 道路環境の悪化と土壌汚染や環境破壊の危惧を理由として、無機性汚泥中間処理場建設計画は撤回されたにもかかわらず、新たに産業廃棄物処理事業を計画するような企業が、将来にわたり俵ヶ浦半島の自然破壊や環境汚染の防止を、真剣に考えるとは思えない。
③ 大型ダンプカーが通る生活道路では交通事故の増加が懸念される。一度失われた自然は取り戻すことができない。穏やかに暮らす生活圏を奪う計画だ。
④ 万一汚染が生じた場合の復元も確約されず、環境汚染等の発生に対する責任の所在は企業とされ、行政は開発を許可するだけ。搬入物や汚染に関する検査責任はなく企業任せ。
佐世保湾が汚染された場合の風評被害は、九十九島にも及びかねず甚大な被害が予想される。
⑤ 企業の倒産等で維持・管理ができず、最終処理が未処理のままでの放置も珍しくない。
美しい自然環境を守り次世代に引き継ぐことは、私たちの世代に課せられた義務であり、自然に囲まれたこの地で健康的に暮らすことは私他の権利です。
無機性汚泥中間処理場、産業廃棄物の中間・最終処分の建設計画は、自然破壊や環境汚染や、健康被害の発生を危惧させ、俵ヶ浦半島を巨大な「ゴミ捨て場」化するもので、断じて看過できません。

森住卓講演会を成功させよう

2011-11-22-1CAZNF7VY.jpg福島で取材する森住さん
原水協理事会で、かけがえのないジャーナリストの森住さんの講演会成功させようと話し合いました。
みんなが感心したエピソード。第51回産経児童出版文化賞辞退について
森住卓氏は、その著書 「私たちはいまイラクにいます」が、第51回産経児童出版文化賞を受賞した事について、次のようなブログを掲載しています。
イラク戦争やこの間の産経新聞の論調は日本政府やアメリカサイドの報道に偏り、イラクの独立のために抵抗している人々をテロリストと呼び、アメリカの戦争に協力的です。イラクのこどもたちの事を描いた本が賞をもらうことはとても嬉しいことですが、この新聞社からもらいたくないと言うのが率直な私の気持ちです。
 以下のような辞退の手紙を送りました。
第51回産経児童出版文化賞の受賞を辞退させていただきます。
 「私たちはいまイラクにいます」に登場するイラクの子どもたちの写真は、悲惨な戦争のなかでも、それを乗り越えてたくましく生きていました。彼等は無法なアメリカの侵略戦争を身をもって告発していました。空爆された跡に立つ少女や劣化ウラン弾の影響と思われる白血病の少年がじっと見つめる瞳はこの戦争を止められなかった大人たちの責任を静かに追及しているようでした。
 この戦争を産経新聞社はどのように伝えたのでしょうか?日本政府のこの戦争に加担する姿勢を一度でも批判したのでしょうか?
 この賞を受けてしまったなら、イラクの子どもたちに2度と顔向出来なくなってしまいます。
2004年5月10日
森住 卓

こんな人の話をたくさんの人に聞いてもらいたい、みんなの気持ちでした。

2011年11月25日

12月議会始まりました

2011-11-25-2.jpg
12月議会が始まりました。今日は、①国保会計決算不認定や一般会計決算不認定など、4つの討論と、②母子世帯施設廃止条例、烏帽子分校廃校条例などに議案質疑しました。
委員会では、市職員給与引き下げに対し、その問題点を浮かび上がらせ、結論として当局提案に反対しました。残念ながら、他の会派は討論もなく賛成してしまいました。

2011年11月20日

最大・最高の安全対策は、原発ゼロ以外にない

2011-11-20-1.jpg(松浦市小文化ホールに設置された対策本部)
地震で、玄海原発1号機、4号機の原子炉が緊急自動停止。全交流電源が喪失。炉心が損傷し、格納容器から放射性物質が放出。影響が周辺地域に及ぶ恐れがある。という想定で、地域防災計画にもとづいての諸対策を実施するという、原子力防災訓練が実施されました。

防災対策に万全を尽くすことになるのか

まだ薄暗い午前7時過ぎには、本部のおかれる松浦市役所小文化ホールには、約20の参加機関の関係者、報道陣がたくさん集まっていました。
緊急時における通信連絡体制、防災関係機関相互の協力体制の強化など、シナリオに沿った真剣な訓練が行われていました。
被害を最小限に食い止めるための訓練は大事なことにはちがいありません。最善を尽くすという点では、途方もないたくさんの対策や課題があるでしょう。とても万全を尽くすということにはならないでしょう。
やはり、最大・最高の安全対策は、こんな原発そのものをなくすこと以外にないと痛感します。
防災訓練や手立てに費やす労苦や知恵など、原発ゼロにするために向けられるべきです。

2011年11月19日

いると思っていたが市議会見て変わった・・・ライフ投稿者

2011-11-19-1.jpgライフさせぼ11月18日号
石木川守り隊HPのブログ

同ブログは以下のように、「ライフさせぼ」記事について、紹介されています。
私や速見市議の心情まで紹介いただいています。その通りです。
私も一市民の立場から投稿しました。

ライフさせぼ編集局さま
市民が本音で意見交換できる大切なコミュニケーションになっていますね。さまざまなご意見が紹介されてあって、たいへん勉強になります。県や市の嫌いなことみっつ。①ウソ情報で市民世論を誤った方向に誘導するやり方です。もうひとつ、②石木住民の基本的人権を蹂躙していることです。
もうひとつ、③市民、県民の税金をムダづかいしていても、いっこうに平然としていることです。
Q1 水不足を感じていますか?  ②感じていない
Q2 ダムは必要?         ②必要だと思わない 


「ダムは必要だと思う」人の数は、第1回目のまま3票で、「必要だと思わない」人の数は、着実に増え、今回は34票に達しました。実に10倍以上です。この数がそのまま佐世保市民全体の意識の割合だとは思いません。でも、水問題や自分たちの暮らしについて、あるいは地域について、あるいは環境について、未来について等々、イシキを持っている人たちの石木ダムへの意識の割合を示しているのではないでしょうか?
ともあれ、数のことよりも、コメントに興味を感じます。以前は「石木ダムはいるのかナァ~」と思ってたO・Sさん。なんと市議会のTV中継を見て疑問や関心が生じたというのです。これを知ったら、Y議員やH議員はきっと大喜びでしょう。本会議で何度も何度も漏水問題や需要予測の過大さ、推進派のヤラセ等々追及してこられましたからね~
素朴な思いを率直に綴られたN★Aさん。「50年作らなくても大丈夫だったんだし」「断水などの処置も一時的なもので、少し我慢したり苦労したりすれば済むもの」「自然を壊すのはたやすいけど、再生させるのはとても難しい」これらのコメントに頷きながら読んだ人も多かったのではないかな~
「中年女性」さんは、「本紙はかたよった記事には読みとれないです」とライフを支持しています。これは多分、11月4日号で掲載された「差出人不明」さんの怒り心頭に発したコメント、「情報誌が偏った意見を載せるなんて!!」への感想でしょう。このライフ批判に対して反発を感じた人は多かったのではないでしょうか?だから「中年女性」さんの意見に共感しながら読み進み、でも、最後で「アレ?」と違和感を感じた人もいたでしょう。佐世保市民の水の使い方についてです。この方の周りには、水をジャージャー出しっぱなしで使う人が多いのかもしれませんね。でも、統計的にみると、佐世保市民の生活用水はとても少なくて、全国でも節水の優等生なんです。(215の大規模水道事業体中5位)水の再利用(お風呂の残り湯など)や、溜めすすぎなど心がけてる方も多いですね。同じ佐世保市民でも人それぞれですから、意見が分かれても当然です。
このように率直な意見を出し合うことによって、知らなかった情報を得たり、佐世保市の水事情に、より多くの人が関心を持つようになればいいなぁと思います。引き続き注目していきましょう。「ライフさせぼ」は毎週金曜日発行です。でも、前日の木曜日には、スーパーや駅や街角のチラシボックスに置いてありますよ。おっと!私は決して「ライフ」の回し者ではありません! 


2011年11月18日

過去最高の長崎県代表団ー沖縄日本平和大会

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日本平和大会結団式で訴えました。
12月定例議会とバッチィングしてしまい、沖縄に行けません。17日の結団式にあたり
「情勢と心構え」というたいそうなテーマでということで講演を依頼されました。
3・11という大事件が起こって原発がとわれる、
TPP参加という究極の日本売り渡す亡国政治がはじまった、
この時、沖縄県民総意である県内新基地建設を押し付けるという、こんな情勢の下での日本平和大会は特別に重大な意義をもっています。

沖縄に心をはせよう。墜落の恐怖に日々さいなまれ、いきていかざるを得ない宜野湾市民を。
  爆音で授業さえままならない普天間の子どもたちを。
  美しく豊かなふるさとの海を孫に残そうと、座り込みを続けるお年寄りたちを。
  19歳の息子の命を奪った米軍属を不起訴にした日米地位協定の改定を求め、悲しみを乗り越えてたちあがった母親を。
  やんばるの森を子どもたちに残そうと今も座り込みを続ける母や父たちを。

この現実のうえに、野田首相は、12日の日米首脳会議で、新基地建設アセス報告書の提出をオバマに約束するという理不尽な態度をとった。もうこの理不尽さに終止符を沖縄県民とともにうたせよう、「もう基地はいらない」この声を沖縄に全国から集中させるのが今年の平和大会です。
諸悪の根源にある安保なくせの世論を広げる絶好のチャンスになっていること、しかもこの条件は瞬間的なものではなく、規模ももっと大きく国民各層でひらがる情勢に確信を持ちたいものです。歴史的夜明けの客観的条件が整いつつあるのではないでしょうか。と呼びかけました。

現瞬間でも、佐世保基地では陸自による警備訓練、九州では陸海空3自衛隊統合実動訓練が90式戦車まで持ち込み激しく行われ、「米軍といっしょに戦争できる訓練」を行っていることの紹介も行いました。
いくら、これあの戦争準備を行っても立ちはだかっているのが憲法であり、今その最大の障壁である憲法改悪の策動も始まっていることも着目しときましょうと訴えました。

2011年11月14日

うれしいニュースが次々に

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うれしいニュースが次々に

福岡集会には予想を大きく超えて1万5000人が参加
13日は、民商まつり、福岡では反原発1万人集会などが開催されました。
私は佐世保民商まつりに招かれ、来賓あいさつしました。
不況に苦しむ中小業者と市民の楽しい交流が深まりました。
福岡集会は、なんと1万5000人が集まったとのこと。驚きです。
東日本被災支援の派遣ボランチィアからは、県議選で当選のメールも入りました。
短期間でTPP参加問題では野田総理を窮地に追い込みました。これ又今後日々、国民との矛盾が抜き差しならない形であきらかになり、国民の怒りがさらに大きく広がることは間違いありません。
歴史が動き、社会が変わらざるを得ないそんな情勢を実感する毎日です。

11日の四ヶ町被災者救援、原発撤退の宣伝行動参加者からのメール昨日の署名活動で旦那が、『共産党さんだけですもんね、赤旗の売り上げだけで活動されてるのは。他は義援金とかで運営されてるし。頑張って下さい、応援してます。選挙でも共産党にしか入れません。』と、言って頂き大変嬉しかったと申しておりました。

被災者救援ボランチィアの青年からのメール
塩釜の天下みゆきさん当選しました!
今酒呑んでベロベロになってます♪
明日七ヶ浜町国際村第2駐車場仮設住宅にて青空市です。
報告は後日いたします。

2011年11月12日

震災・原発事故から8カ月目。復興つぶすTPP参加の暴挙

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大震災・原発事故から8カ月目11日、あの大震災から8カ月目。被災者救援、原発からの撤退求める募金・署名行動を行いました。
この日、被災地復興、支援の最大の妨害となるTPP参加を野田首相うちだしました。急速に広がった国民世論の前に、10日予定を11日に。参加と直接的に言わず、参加に向けてなどとごまかしの言い方で発表せざるを得ないほど、野田首相追い詰められました。
しかし、どんな装いをしようとTPP参加に踏み出したのです。まさに亡国・アメリカへの売り渡しの政治です。闘いはこれからです。きっときっと売国政治許さない国民世論をつくっていこうではありませんか。
演説に10・30ふくしま一万人集会アピールを引用しました。

ふくしま集会アピールの一節
目を閉じて思い浮かべてください。
ふるさとを奪われ、いつ帰れるかもわからない住民の不安を。
わが子のように守り育てて土を、豊かな恵みをもたらす海を奪われた怒りを。
手塩にかけた作物を食べてもらう喜びを奪われた悲しみを。
『ふくしま』と名がついただけで、避けられてしまった悔しさを。
一生に一度の思い出をつくることすら叶わなかった子どもたちの悲しさを。
さよならも言えず、友だちと別れた子どもたちの思いを。
子どもの寝顔に『あなたを私は守れるのだろうか』と語りかける親の葛藤を。…


2011年11月11日

疑問だらけ原子力防災訓練

2011-11-10-1.jpg原潜停泊地から1.9キロ離れた西地区公民館にバスで避難される赤崎住民の方々
原子力防災訓練
平成14年から10回目になる、原子力防災訓練が行われました。3・11福島原発事故を体験しての初めての訓練です。
どんな変化が見られたのか、米原潜停泊(事故発生現場)から500メートル以内の住民の避難先を1・2キロ先を1・9キロに離したという程度のものです。、朝長市長は、福島の事故から「少しでも離れたところにと思って」とその理由を述べていました。
それぐらいでいいの、風向きもあるでしょうに。実効性の疑問は付きまといます。
訓練参加の関係者が真剣であればある程、設定のしかた、訓練内容のあり方に疑問がわきます。

応急対応範囲はそのまま(福島事故以前のまま)EPZは30キロへと改善の方向が示されてきました。しかし、動く原発(米原子力艦船)の応急対応範囲は手つかずのままです。
今年も米軍不参加今年も米軍は「米原潜の事故発生は想定していない」との理由で訓練への参加を拒否したままです。米原子力艦船の事故発生は、すでに数多くその事実が明らかにされているのにです。こんな傲慢不遜な米軍に対し、抗議もできない外務省、朝長市長らの態度が、米軍不参加を許しています。
参加者が語っています。「福島のことを考えるなら、この程度でどれだけの実効性があるのか」。胸に響きます。原発といのちは共存できない、もう原発から撤退しよう、この立場こそ福島からの多くの国民が到達した結論です。
原潜事故からの安全避難訓練、それは幻想でしかない、真剣に住民のいのちを心配するなら、そこに米原潜をおかせない、米原子力艦船入港拒否以外にない、痛感させられる訓練体験でした。

2011年11月10日

政府交渉記者会見

2011-11-09-2.jpg(9日、県政記者クラブにて)
記者会見には、張り切って対政府交渉の結果報告ということで、
7名、交渉項目多数の内容を準備してのぞみましたが、集まってくれた記者は
長崎新聞だけ1社のみというものでした。
しかし、その中で石木ダム問題(国交省)と放射能廃棄物問題(外務省)だけに
突っ込んだ質問があり、結果的には石木ダム問題だけが記事になりました。
夕刻4時30分からの記者会見で、終わったのが5時、そのほとんどが石木問題に費やされました。
取材した小西記者は、それから、県への裏付け取材を行ってくれたようです。
この問題での、県の見解を引き出してくれているようです。同記者の努力に感謝したいと思っています。小さな記事ではありますが、それでも、二つの工程表問題が初めてメディアに紹介されたことになります。
今後の闘いにつなげていきたいと思っています。

2011年11月08日

「よくわかりました」ミニ集会参加者

2011-11-07-2.jpg
8日、共産党大野後援会のミニ集会で石木ダム問題、TPP問題などを訴えました。
初めての方が「よくわかった」と感想を語ってくれました。こんな集いを丹念にどこでもやりたいものです。

話の骨子は以下の通り。

1、 国のあり方を根本から変えてしまう重大なTPP問題。
4つの角度から
(1) 大震災復興に逆行する
(2) 農業の土台と食量の安定供給をぶち壊すもの
(3) 食品の安全基準、医療、公共事業、雇用、自主共済などあらゆる国民生活においてアメリカ型基準が持ち込まれ、暮らしのあらゆる分野に重大な影響をもたらす。
(4) 世界経済成長を取り込めるというが、いっそうの不況を深刻にさせるだけ。
2、 復興財源をどうするのか。民主・自公三党合意と日本共産党のちがいが鮮明。
第三次補正予算の財源
日本共産党の提案
3、 過去2年間の政治の流れの中でみる現在の政治情勢
政治を変えたい国民の期待がこもった2009年の政権交代
第一次政権鳩山内閣の普天間裏切りが転落の始まり
第二次政権菅内閣はさらに 消費税増税、TPP参加を言いだし、3・11事故にも被災者の立場にたちきらず、とうとうマニュフエストまで全部おろしてしまい、完全に自民党の軍門に下った。
第三次政権野田内閣は民主党堕落の象徴
4、 あまりにひどい野田内閣、財界・アメリカ直結内閣、最近では財界・アメリカの使い走り内閣。
消費税10%引き上げもG20 で国際公約。
重大問題TPP参加を早くも表明
もうひとつの情勢の特徴、裏切りに怒り、ではもう駄目とあきらめてはいない、さらに模索と探求を続けている。こうした中で、国民と共産党との新しい関係が生まれ始めている。
いくつかの事例
闘い。保守の中での変化。大震災がさらに促進。佐世保でも。
最後に。夜明け。自然の夜明けは寝ていても来る。だが政治の夜明けはがんばってはじめてやってくる。


2011年11月07日

交流が深まりました。地域の文化祭

2011-11-07-1.jpg
第24回北地区まつり、子どもまつりに参加
6日、地域の文化祭典、子どもまつりに招かれ、あいさつしました。
あいにくの天候でしたが、地域の方がたくさんお見えでした。絵画展、書道展、手芸や陶芸展もあります。ほんとうに立派な作品がズラリ。地域にこんなに優れた文化があること、自分のことのように嬉しく、誇らしく思えました。
こうした地域での交流、人と人との絆が、いざという時の子どもの安全をはじめ、地域の防災力にもなるのだなーと実感しました。
昼休み、地域のご婦人たちとうどん250円、おにぎり100円を食べました。たいへんおいしく、会話も弾みました。
陶芸愛好者からの要望
ほんとうにすごいなという陶芸作品が並んでいます。皆さんから、「窯が古いのです。火を付けるまで30分かかることもあるのです。何せ電気でなく灯油使用の老朽しています。出来栄えに影響があるのです」と要望を受けました。さっそく教育委員会に改善するよう申し入れを行いました。

2011年11月04日

政府交渉に参加して

2011-11-04-6.jpg
国交交渉など
昨日遅く帰りました。悔しい思いでいっぱいです。1日、2日の政府交渉全体について紹介します。
厚労省交渉
① 乳幼児医療費助成制度を国の制度として創設すること。
② 住民要求にこたえて現物給付行っている自治体に対する、補助金減額のペナルチィーを行うな。
③ 国保会計への国庫負担率を引き上げるように。
④ 原爆被爆者対策について
⑤ 南部広域指導事業の廃止を求める。

外務省交渉
① 長崎港への核搭載可能艦船の入港を禁止するように。
② 佐世保基地への放射能廃棄物の持ち込みに抗議と共に解決策を求める。
③ 最新鋭オスプレー搭載の強襲揚陸艦ボノム・リシャール交代配備を許すな。
④ 針尾弾薬庫への移転集約計画の撤回と前畑弾薬庫の即時無条件返還を米国に政府に要求せよ。

経済産業省・原発事故担当大臣交渉
① 玄海原発再稼働許すな。
② EPZ、安全協定の見直し
③ 松島ボタ流出防止対策

国交省交渉
① 石木ダムの長崎県からの事業継続申請を認めるな。
② 本明川ダム建設計画の中止を求める。
③ 長崎新幹線建設計画を中止せよ。
④ 地域公共交通確保維持事業の補助対象要件を見直せ。
⑤ 離島振興法の抜本的改正・延長を要求。

農林水産省交渉
① 諫早湾干拓潮受け堤防排水門の早期開門を要求。
② 諫早湾・保後地の排水対策
③ TPP協議参加に断固反対。

以上の課題で、5つの省と二日間交渉行いました。成果もいくつかあったのですが、私が責任もった石木、外務省関係は、ほんとうに悔しい思いの残る結果に終わりました。

とりあえずの石木ダム関係の報告です。
対応したのは、「国交省、水管理・国土保全局治水課、課長補佐関健太郎」という若い職員でした。
国交省職員:「長崎県からの検証結果報告を7月末に受け取り、今後有識者会議にはかり、その議を経て国交省として結論を得るべく手続きに取り組んでいる段階」との回答。

山下:「いついつと正確な日程までは求めないが、いつ頃有識者会議開き、その議を経たら国交省としてどれぐらいの日数でもって結論出すのか」と聞きました。

国交省職員:「現在、各県から報告があがってきていて、石木の順番がいつになるのか不明」

山下:せめて「11月中とか、年内とか、年明け年度内とか、それぐらいのメドだけでも示せないのか」と聞いても、

国交省職員:「申し訳ないが、私には言えない。石木の順番がいつになるのかわからない」の一点張りでした。

それから、私のほうで、いかに長崎県の再検証が治水でも利水でも、実現性の点でもでたらめな検証しかしていないか、指摘しました。
有識者会議に丸投げせず、最終結論を出す国交省として責任あるチェックを、特に「市民の手による検証」を斟酌し、判断するように強く要請しました。

これに対しても「長崎県から提出された結果報告をよく読ませてもらいます」との回答です。
そこで、その長崎県の回答なるものがどんなにいい加減なものであるかという一例に、実物(宮野さんから借用資料)を目の前につきつけ
「ここには、工期も当初計画とは変更していないとわざわざ記述している。しかしこの工程表は明らかに変更なっている。第一にダム本体工事着工が平成24年から平成25年に変更になっている。さらに、27年までに本体工事は終了し、28年に試験湛水する計画から28年までダム本体工事、同時に28年試験湛水する計画に変更している。
この結果、本体工事と試験湛水同一年度に行うことになっている。こんな計画がそもそもあり得るのか。

さらに国にはこのような工程表を示す。県民向けにはもうひとつ、当初の工程表を示す。という長崎県の態度をどう思うか。同一事業において二つの工程表があることになるが、どっちが正真正銘の計画のなのか、国に対しても住民に対しても。こんな無責任な計画があるか」などときびしく迫りました。
さすがの鉄面皮の国交省職員も一瞬顔をこわばらせましたが、しぶといものです。
職員いわく、「①試験湛水も本体工事に入っているのではないのですか。②もうひとつの工程表とはどんなものか知らない。私たちは、長崎県が報告してきたものがほんとうのものであると受け止めています。」などという態度です。
くりかえし、せめて「市民の手による検証」を読んでくれと要求しましたが、『読ませていただきます』との返事はありましたが、よく思い返してみると、県の報告結果を読ませてもらうということだったのか、市民の手による検証を読ませてもらう、どっちだったのか確信持てません。

私は、今度の反省から、もう一回、次は石木ダム問題だけに絞った国交省交渉を行おう必要があると思います。一人の職員だけではありましたが、このままでは、国交省の態度は冷たすぎると感じました。