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2009年11月08日

新たな住民運動

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7日、住民の皆さん方たちが、中心市街地で署名運動に取り組みました。
その熱意は多くの賛同者を得ました。
俵ヶ浦半島における産廃処理施設建設反対の運動
現在、俵ヶ浦半島(庵浦町地区)で産業廃棄物最終処分場の建設が計画されています。
産業廃棄物の中間処理施設を「(株)eco資源研究所」が建設、中間処理された産廃の最終処分場(産業廃棄物埋め立て地)の建設と事業運営は「たつみ産業(株)」が行うものです。

経緯
1、2008年7月6日と7月29日の2回にわたり、たつみ産業(株)から無機性汚泥中間処理事業を庵浦町本船谷で行いたいと、隣接地区の椎木住民への事業説明会が開催される。第1回説明会で同地区の道路事情(狭路)を考慮せず、大型ダンプでの搬入が示されたこと等に反対意見が噴出したため、第2回の説明会では、場所を本船谷から同社所有の庵浦町採石場跡地に変更したいと、事業計画の変更が提案される。
11月9日には処理方法や処理機械を見て検討してほしいとのことで、庵浦町本船谷にてデモ機による機械説明会が実施される。
2009年4月開催の庵浦町公民館定期総会前になり、たつみ産業より無機性汚泥中間処理場
建設計画撤回の連絡があったことを受け、総会では「今後、庵浦町としては産業廃棄物処理関連施設等の建設には断固反対する。」と住民総意の意見として決議する。
2、同計画が撤回された矢先の8月11日、eco資源研究所とたつみ産業の共同事業により、新たに産業廃棄物中間処理(工場)と最終処分場(産業廃棄物埋め立て地)を、無機性汚泥中間処理場建設を当初予定していた庵浦町本船谷に建設したいとの計画が、住民説明会で出されている。
3、たつみ産業等所有する庵浦本船谷の産業廃棄物最終処分場予定地は、同社が土地の買収にあたり、地域活性化のために宅地開発したいとして1995年6月ごろより地権者から購入したもの。

私たちは、下記の理由から、俵ヶ浦半島の美しい自然を守り、安全で子や孫たちに対して誇れる地域を守るため、産業廃棄物中間処理施設、最終処分場の建設に反対します。
① 宅地開発を名目に取得した土地で、産廃関連の事業計画をコロコロ変え、あくまでも産廃中間処理施設、最終処分場建設を計画しようとする企業を信用することはできない。
② 道路環境の悪化と土壌汚染や環境破壊の危惧を理由として、無機性汚泥中間処理場建設計画は撤回されたにもかかわらず、新たに産業廃棄物処理事業を計画するような企業が、将来にわたり俵ヶ浦半島の自然破壊や環境汚染の防止を、真剣に考えるとは思えない。
③ 大型ダンプカーが通る生活道路では交通事故の増加が懸念される。一度失われた自然は取り戻すことができない。穏やかに暮らす生活圏を奪う計画だ。
④ 万一汚染が生じた場合の復元も確約されず、環境汚染等の発生に対する責任の所在は企業とされ、行政は開発を許可するだけ。搬入物や汚染に関する検査責任はなく企業任せ。
佐世保湾が汚染された場合の風評被害は、九十九島にも及びかねず甚大な被害が予想される。
⑤ 企業の倒産等で維持・管理ができず、最終処理が未処理のままでの放置も珍しくない。

美しい自然環境を守り次世代に引き継ぐことは、私たちの世代に課せられた義務であり、自然に囲まれたこの地で健康的に暮らすことは私他の権利です。
無機性汚泥中間処理場、産業廃棄物の中間・最終処分の建設計画は、自然破壊や環境汚染や、健康被害の発生を危惧させ、俵ヶ浦半島を巨大な「ゴミ捨て場」化するもので、断じて看過できません。

2009年11月07日

佐世保で初の全国朝市サミット開催

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6日、「新鮮・安全・安心 地産地消の朝市」をテーマに第14回全国朝市サミットが佐世保市三浦町のアルカスSASEBOで始まり、来賓として出席しました。

 全国各地、北海道・函館、千葉・勝浦、佐賀・呼子など12団体が参加。全国朝市サミット協議会(会長・辻山弘昇佐世保朝市運営委員長)に加盟している団体が交流を目的に毎年持ち回りで開き、佐世保市では初めてのことでした。サミットは7日まで、総会や物産展、佐世保朝市の視察などが予定されています。
 総会では二つの朝市が事例報告。千葉・勝浦は約400年の歴史があるとのこと。神奈川三崎朝市は約500年の歴史があるとのことで感心させられました。同朝市の代表は、全国有数のマグロ遠洋漁業基地である三浦市の観光PRのため、市外で開かれるイベントにも朝市として積極的に出ていることなどを発表。「地域や観光振興のため、これからの朝市は絶えず情報発信をしなくてはならない」と述べられました。
佐世保の場合どうでしょうか。関係者の努力はよく承知しています。基本的には、農漁業そのものの振興、市民所得の向上などの購買力向上など基礎的な改善が求められていると感じました。

2009年10月20日

交流が深まった民商まつり

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18日、平戸は投票日。佐世保では民商まつり。共産党を代表し、祝辞と連帯のあいさつを行いました。第18回を数えるすっかり佐世保の秋のイベントの一つとして定着する歴史をもってきました。消費税導入を機会に、「負けるな。がんばろう」と中小零細業者を激励、交流と親睦を深めようと始められました。その当時のリーダーだった故諌山伸児さんの熱情が思い出されました。
去年は市長の、今年が市議会議長からの祝辞のメッセージが寄せられました。
自公政治退場という新しい政治情勢のもとでの民商まつり。消費税なくす会の署名、国民救援会の署名、水道料金値上げ反対の署名、民主的診療所実現を求める「健康友の会」主催の健康相談などの企画など、それぞれの運動課題を持ちよった活気のあるまつりになったようです。

2009年10月19日

市民団体とともに長崎県に抗議、

16日、長崎県に石木ダム反対署名コピー事件に抗議の申し入れを市民団体のみなさんとおこないました。
個人情報の取り扱いが恣意的に行われていることが浮き彫りになりました。

情報共有論は破綻
1、「取り扱いが慎重でなくてはならなかった」などと県知事らが、「反省の弁」らしき態度をとりつつ、一方では「情報の共有」ということで、県個人情報保護条例にいう目的外使用には当たらないと、その違法性は頑として認めないという不当な態度。
県は「情報共有の妥当性」を強弁しているが、佐世保市は「誰誰が署名しているかの署名簿は、佐世保市として知る必要もなかったので、見ることもなく、そのまま金庫に保管していた」と明らかに食い違う立場をとっている。
この矛盾については、後日佐世保市に問い合わせするなどという「逃げの態度」をとった。

個人保護条例違反は明白
2、県個人保護条例では事業者の責務として、その第4条で「個人の利益権利を侵害することがないよう適切に取り扱わなくてはならない」との規定もはっきり述べている。
実際には、町職員が不当な圧力を受け、思想信条の自由の権利侵害がもたらせており、明らかに条例違反ではないか。
また、目的外使用にあたるかどうか、個人情報提供は原則禁止だが、例外規定があるが、このケースはどこの規定にあたるのかという指摘に対し、何らこたえることはなかった。

個人情報保護の認識が欠如。基本的人権軽視は強制収用とも通じるもの

3、明らかになったことは、大切な個人情報保護に対する取り扱い認識の欠如だ。どんな風に取り扱われるか全く心配になっている。
河川課などは、目的外使用になるのかどうか、専門の担当にも見解を求めることもなくコピーを市や町に手わしていた。

どの地域に反対者が多いのか分析を行う、そのために今後の広報活動に生かすと述べているが、その延長上で町職員の権利侵害につながっている。
川棚町のことはコメントできないなどと無責任な態度をとっているが、県自らの提供があったから、川棚町での権利侵害が起こっているわけだから、無関係などとは言えないはずである。

2009年10月14日

石木ダム反対記録映画見る会

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記録映画、若いころの岩下さん

石木ダム反対の闘いの記録映画を見る会

14日、事業認定申請を行うという表明の翌日ということになりました。
かねてから、市民団体で準備されていた石木ダム反対の記録映画を見る会が開かれました。機動隊導入のさまが生々しく描かれています。またしても同じ誤りを繰り返そうとする中での実にタイムリーな企画でした。当時小学校二年生だっという松本さんもその思いを語ってくれました。参加者からも不当な権力・行政のあり方への声とともに、反対地権者への連帯の声をあげていました。

2009年10月12日

新しい情勢の下での平和運動の課題

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10日夜、岩崎先生の偲ぶ会が開かれました。
すごい人だったのだ改めて感銘を受けました。

貴重な会議
10日、11日日本平和委員会全国理事会に参加しました。久しぶりの会議出席でしたが、新政権がうまれての新しい情勢のもとでの平和運動の課題をあきらかにする大切な会議になりました。私も核密約について、二つの課題について発言しました。密約公表の結果、あざむいてきた国家的犯罪に対する責任をあいまいにさせないこと。直ちに非核三原則の実効措置をとらせること。この闘いの重要性を述べました。
わかりやすく、だいじな問題提起だったと何人かの友人からの感想をもらい確信を深めることができました。

2009年10月04日

民主主義守る重要な課題に浮上、石木署名問題

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住民と一緒に佐世保市に抗議

緊急レポート
民主主義に対する重大な挑戦
2009年10月3日   日本共産党佐世保市議 山下千秋
はじめに
長崎県知事あてに提出された、土地の強制収用につながる事業認定申請するなという署名がコピーされ、佐世保市や川棚町に渡され、それを使って、署名した町職員に対して「慎重に」などと圧力を加えていたという問題が明らかになりました。さらに、これほどの問題に対して、「問題はない」と平然と居直るというにいたっては、もはや、石木ダム建設反対、賛成という問題にくわえて、個人保護情報を取り扱う民主主義が問われるという問題に発展してきたといえる。石木ダム建設反対世論を強めるという課題に加えて、個人保護条例を形骸化させてはならないという新たな民主主義守るという課題が生まれてきた。

事実経過を整理
6月23日、建設反対署名簿を提出。
29日、署名簿のコピーが、石木ダム建設事務所から、佐世保市、川棚町に「情報共有化のために」といって、手渡される。
川棚町ダム対策室は、閲覧したところ、町職員の名前を見つけ付箋を付けて竹村町長に渡した。
佐世保市は、署名簿コピーはかぎ付き金庫に保管し続けた。
これらの事実が、9月25日明らかになり、住民側は9月25日、長崎県に抗議、川棚町には26日に抗議、佐世保市には29日に抗議、さらに10月2日、川棚町、石木ダム建設事務所に抗議した。

長崎県の問題
県知事あてに提出された署名簿全部をコピーしたものを川棚町、佐世保市に、手渡した。その際、長崎県石木ダム建設事務所は、「反対派住民の居住地域を分類し、ダムに理解を得るための広報活動に利用するつもりだった」とマスコミ(9月付西日本)に説明をしているとおり、目的外使用は明白。
長崎県桑原徹郎土木部長は、28日県議会議運において、「個人情報をしっかり取り扱うべきところを、行き届かず申し訳ない。結果としてダム事業に疑念を抱かせることになった。深く反省している」と陳謝し、同日コピーを回収した。
しかし、一方では、「配布は情報共有が目的。条例違反の目的外使用には当たらない」と強弁している。

佐世保市の問題
佐世保市は、「署名簿コピーは、佐世保市としては必要のないものだったし、使うつもりもなかったので、受けとってそのまま、金庫に保管していた。閲覧もしていないし、使ってもいない。(9月29日住民側抗議にこたえて、また10月2日市議会水資源特別委員会にての水道局答弁)」ということを明らかにした。
情報共有文書にあたらない、知る必要もない、使うつもりもないコピーをなぜ、回収されるまで3ヶ月間も保有し続けたのかという追及に対して、「いつ返すかどうかは自分(水道局長)が決めることで、他人からとやかく言われることではない」などというきわめて傲慢な態度をとった。
この事実経過は、彼らの言明と違って、「閲覧もしたし、何らかの使用を考えていたのでは。だから、問題意識もなくコピーも受け取ったし、回収されるまで保有し続けたのでは」という十分な疑惑をもたれることになっている。
個人保護条例の理解もできていないし、厳守するという意志もない。
明白に追及されることはごまかし、開き直るという悪質な態度をとっている。

川棚町の問題
県から、「情報の共有」と言われるままに、違法署名簿コピーを閲覧し、町職員に対し、町長が呼び出したり、各職場に出向き、あるいは庁舎内で会った際に、「署名は慎重を期すように」などと注意した。竹村町長は「町が事業を推進するなかで、職員の行動は慎重であるべきと思った。圧力をかけるつもりはなかった」などと釈明しているが、町長と町職員という関係のなかでは、客観的には圧力以外の行為以外のなにものでもない。憲法上保障されている基本的人権をこれほど露骨に侵害するものはない。

根底に潜む基本的人権無視の態度
長崎県、佐世保市、川棚町、共通していることは、共同の事業者であるから情報の共有は当然であり、個人情報保護法違反には当たらないという立場をとっていることだ。したがって、反省もなければ、県民に対する謝罪もない。
これでは、石木ダム反対署名だけでなく、他の署名運動だって委縮することは明白だ。署名を集める側は、もはや、責任もって「目的外使用しません」などと説明することはできない。署名運動もできない社会になってしまう。

長崎県は機動隊導入の反省もない、反対地権者の意思に反する嫌がらせへの反省もない、だからいままた、強制収用につながる事業認定申請の機をうかがうという態度をとっているのだ。基本的人権の尊重という最も大事な態度が欠落していることに、根本的問題があるといえよう。

石木ダム関係者だけでなく、全国民的課題として、長崎県、佐世保市、川棚町の態度を追及し、反省を迫る新たな運動が必要になってきている。

2009年10月03日

平和大会県実行員会主催の学習会に参加

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確信もった乾友行さんの講義

10月1日、平和大会長崎県実行委員会主催の学習会が長崎市でありました。講師は安保破棄実行委員会の乾友行さんです。自公政治退場、新政権誕生という大きな情勢変化のもとでの基地闘争の重要性をつかみたくて、長崎まで出かけました。
学ぶべきことがたくさんあり、大変有意義なものでした。その中で、特に次の三点を期しておきたいと思います。
1、 秋の闘いが重要。沖縄辺野古基地建設アセスをやりなおさせる闘い。来年度予算編成のなかで、岩国の拡張計画、佐世保のすみ分け計画などの予算措置を許すのかどうか。
新テロ特措法が期限切れを迎える。防衛大綱が決まるなどの課題があり、基地闘争の正念場になっている。
2、 辺野古の問題は、新政権の性格を見極める試金石になっている。新政権はアメリカにいうべきことは言う、国民の声は聞くといっているが、県民の声はきわめて明瞭である。この問題での新政権がどういう態度をとるのかは、他の分野でも大きな影響を及ぼすだろう。
3、 辺野古の闘いを国民的課題として取り組むことが大切。決してローカルな取り組みにしてはだめで、そんなことしたらつぶされてしまう。
これらの指摘は本当に大切なことだと思いました。

2009年10月01日

重大な署名簿コピーの取扱い、欠落している問題意識

9月29日、佐世保市に署名簿受け取りの事実関係を、市民団体、社民党市議団などと共同でただした。川棚清流の会、水問題考える会、石木川守り隊、それに、共産党、社民党市議団などの約15名のメンバーが参加した。当局からは川田洋副市長、吉村水道局長が対応した。
何を明らかにしたのか。当局が述べったことは以下の通り。
① 清流の会が、事業認定するなという署名を6月25日長崎県に提出した。
6月29日、長崎県庁で「情報を共有したい」ということで、手渡された。
② 大事な書類だと思ったので、金庫に保管していた。中身はみてもいないし、分析などしていない。
③ 8月28日、県が回収に来たので返却した。

共同事業者として、情報を共有することは当然という主張に対して、
どんなことで、どれだけの署名が寄せられたということは、「情報の共有」として許容されるだろう。しかし、個人情報そのものである署名簿コピーまで「情報の共有」文書ではないはず。
したがって、署名簿コピーは受領し、保管すべきではなく、突き返すことが適切な対応ではないか。
これに対し、吉村局長は、署名簿コピーは情報の共有文書ではないということについては、同意した。しかし、川田副市長は、「共同事業者として、情報の共有は当然」という態度をとり続けた

署名簿コピーが目的外に使用されていないというが、なぜ保管し続けたのか、最終的にどうするつもりだったのか。
個人情報保護条例違反などに対する認識もなければ、反省もない、精神的苦痛に対する謝罪の言葉もない。これでは、署名簿がどんな風に悪用されるのか、悪用されない担保がどこにもないという民主主義の危機がある。

2009年08月08日

熱心な高校生

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大阪高校生の基地調査に協力

世界大会参加の大阪、京都高校生が佐世保基地調査を行いました。その案内を依頼され協力しました。その熱意に感動しました。
核廃絶願いを実現していくうえで、被爆国日本が果たす役割は決定的。そのためには非核日本の立場を確固としたものにすること。核の傘から脱却することが必要なのに、麻生首相は核の傘は必要といい、現にこの佐世保には核攻撃態勢を担う原潜が今日の入港している。日米軍事同盟打破の課題もあわせて取り組んでいくことが求められている。
こんな話を「佐世保の人」が語っていたと頭の片隅にとどめてくれたらと願っているといって行動を締めくくりました。

2009年08月06日

凛としたふちせ栄子比例候補の訴えに共感

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比例代表候補ふちせ栄子さんと
5日、比例代表候補ふちせ栄子さんと一緒に街頭宣伝しました。今日はふちせ候補は佐世保、佐々、吉井、松浦、平戸など一日中、県北部地域での行動に回りました。
ふちせ栄子候補のりんとした訴えは、有権者の気持ちに響くものでした。いっしょに行動した人たちにも確信を与えるものでした。

2009年08月05日

民主党は消費税増税で心配だ

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佐世保民商南支部業者後援会に参加

4日、佐世保民商南支部業者後援会に参加。総選挙での日本共産党躍進の訴えをさせてもらいました。「決定的な自公政治の終了についても、次の新しい政治につなげていくうえでも共産党が伸びることが大切なんですね」「わかりやすい話で、すっきりしました」「比例選挙では共産党。これがポイントですね。」「民主党は消費税増税で心配だ」などの感想をもらいました。
最後にみんなで記念写真をとりました。

2009年08月03日

世界大会基地行動養成講座実地研修

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写真は、前畑弾薬庫前で説明受ける養成講座参加者

基地ガイド養成講座2日、原水禁世界大会基地行動を迎え入れるにあたって、基地ガイド養成講座が行われました。この日は、最終講座として、実際の基地施設を見ながらの実地研修を行いました。
始めるにあたって、特に地元から強調したい問題の整理をみんなで行いました。
1、09年世界大会の一環としての基地行動核兵器廃絶の流れが強まっている、この流れをさらに強める運動が求められる。
変わっていない現実がある。在日米軍再編強化がそうである。再編の先取りとして、基地強化が進められている佐世保基地の実態をつかむ。この課題でも打破してゆく運動の強化が求められている。
核兵器と戦争の根底に軍事同盟があること。

2、核密約問題の実証現場、それが佐世保基地だ。今まで、密約文書が情報公開法で入手されたことが明らかにされてきた。これに対し、「知らぬ存ぜぬ」で、嘘の上にウソをついてきた。
しかし、ことしになって、もと外務省事務次官らが、「あったこと。今でも保管されている。
この事実を時の首相に知らせることもあれば、知らせないこともあった」などの証言が出された。
もはや、核密約と虚構が白日のもとにさらされようとしている。
そこで二つの分岐点に差し掛かってきている。
非核三原則を厳守する立場からは、真相究明と国民への謝罪と原潜、原子力空母の入港禁止。
こうなると軍事同盟の機能マヒになってしまう。これを恐れる軍事同盟固執する側からは、現実的に「2原則」しようという動きを始めようとしている。

64年、69年、84年、核軍事同盟にひきあげる突破口にされた佐世保。
虚構のもとに、危険な現実を押し付けられてきた佐世保。
絶対に許せない、日本国民全体の怒りが高まるであろうが、佐世保市民こそ被害の当事者として、満身の怒りを込め立ち上がる必要がある。
核戦争阻止、核兵器廃絶という世界の願いにまっすぐ貢献できる課題にもなっている。

3、基地・軍事同盟が諸悪の根源になっている。経済発展の障害になっている。
安全・安心が脅かされている。
主権が侵害され、外国軍隊の特権がまかり通る屈辱的問題。
米軍優遇で、社会保障財源が奪われ、国民の暮らし破壊に手を貸している。

4、佐世保はどんな特徴をもっているのか。日本近現代史の縮図みたいなところ。軍事同盟中心の異常な政治による矛盾が凝縮。
封建国家から、列強の資本主義国入りをめざした明治以降の流れ。
一寒村から軍港都市へ。太平洋戦争への拡大。終戦と海外からの引き揚げ。
戦後は占領支配から米軍基地。
加えて自衛隊基地。
今日、日米共同の出撃基地。
海外派兵実行拠点。
憲法9条改悪を迫る現実。

5、佐世保基地はどんな基地なのか。どれぐらいの大きな基地なのか。
どんな基地機能を持っているのか。
補給基地、
直接侵略基地
日米共同作戦基地、


2009年08月01日

街頭演説に感激したという話

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写真は、県境での平和行進引き継ぎ

街頭演説に感激した
ある居住支部が、地域に電話かけをしたら、「先だっての街頭演説に感激しました」と支持を約束をされたそうです。
なかなか聞いてもらっているのかどうかわからないと支部長さんが支部会議で「ぼやいていた」直後だっただけに、この話は、がぜん支部を励ますことになりました。
毎日、支部と一緒に、10回の街頭演説やってきてよかったと私も元気をもらいました。

幹線コースまずは順調
平和行進の幹線コースがいよいよ長崎県に入りました。
昨日の市内平和網の目行進にひき続き、今日はいよいよ幹線コースの長崎入りです。午前11時30分、佐賀県側から横断幕など引き継ぎました。
通し行進者も4人おられます。その思いも語られました。

2009年07月31日

佐世保市内網の目平和行進

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網の目平和行進にあたって

09年平和大行進は8月1日に予定されています。それに先立って、31日、佐世保市内網の目行進が行われました。出発集会にあたって、以下のようなあいさつをしました。

おつかれさまです。
今年の原水禁世界大会は特別に重要になってきました。その一環としての平和行進にあたって、一言ご挨拶を申し上げます。
核兵器廃絶の流れが、大きく前進してきています。逆流も強まっています。それだけにたゆまぬ草の根からの運動がいよいよ大切になってきています。
大きな変化といえば、オバマ演説です。三つの点で注目されています。アメリカの国家目標として核兵器廃絶を掲げる、唯一核兵器を使用した国としてアメリカは道義的責任がある、その道義的責任を果たすためにもアメリカはがんばる、しかしアメリカだけでは実現できない、世界各国の協力が必要だ、共同を呼びかけるというものです。
4月のことでした。彼は演説しただけではなく行動も起こしました。それはG8サミットでも呼びかけ、サミットとして核兵器廃絶を決議するという変化をつくりだしました。どれだけ多くの人に感動を与えているのか、被爆地に呼ぼうという運動も起こっています。ある著名な服飾デザイナーは彼の演説に、長く口を閉ざしていた自らの被爆体験を語り始めるという決意をしました。

そのオバマ大統領は、日本の核兵器廃絶運動に影響を受けたといっています。
私たちの長年のこうした運動が彼の演説につながっていることに、大いに確信もとう
ではありませんか。平和行進の一歩一歩が、署名の一つ一つが、世界大会への一人一人の参加が、参加できなくても協力・賛同募金の一つ一つが、積み重なって巨大な変化を生み出してゆくことを、今、皆さんとともに確認したいと思います。

逆流も抵抗も強まっています。
北朝鮮の核開発・ミサイル問題を口実にして、日本の核武装の議論も生まれています。核持ち込み密約が、もはや隠しきれない状況になっている中で、非核三原則は(核持ち込みノー)は、もう現実的でなくなった2原則にして、核兵器持ち込みは認めようという政党まで現れました。
非核三原則を投げ捨て、二原則にすることは、佐世保市民を欺き続けてきた許せない暴挙を不問に付するだけでなく、これからは公然とこの危険を佐世保市民に押し付けようとするものです。絶対に認めることはできません。

佐世保市長は、世界市長会議への出席をこばんでいます。昨年以来平和行進への賛同募金も拒否し続けています。

世界は大きく変化しようというのに、被ばく県第二の都市、核兵器持ち込みがつづけられているこの佐世保で足を引っ張るような動きがある中で、いよいよ私たちの運動が大事になってきています。ともに頑張りましょう。

2009年07月27日

不幸中の幸い、人的被害なし。だが大規模な断水

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ひどかった大雨
25日、26日の大雨は、二日間で約400ミリに達したといいます。26日時点では、床下浸水7件、がけ崩れ3件、自主避難13世帯32名となっています。

落石による水道管破裂
27日午前1時30分ごろ、市内瀬戸越499番地付近でがけ崩れが発生。落石のため水道管が破裂。断水のために約1万7800世帯に影響をもたらしました。
現在復旧工事は、土砂取り除きで二日間、その後の水道管復旧作業に二日間、計4日間を要すると水道局はみています。
そのために近隣自治体、自衛隊などの保有する給水車の応援をえて、給水にあたるとしています。給水車配置場所は現在10か所予定しているようです。

もっと広報活動を、高齢者世帯対策にきめこまやかに
これに対し、日本共産党山下千秋市議は、災害復旧に取り組む水道局関係者を激励するとともに、もっとどこで給水されるのか、復旧工事の見通しなどの広報活動に力を入れるように、高齢者世帯への援助体制についての申し入れを行いました。
また、日本共産党大野支部との街頭宣伝の前後に断水予定地域に、自らも情報提供を行いました。

2009年07月26日

大野に続いて相浦でも「語る会」

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相浦支部後援会主催の「語る会」
25日、相浦支部後援会主催の「語る会」に参加しました。自公政治の福祉切り捨ての実態が、こもごも語られました。
「後期高齢者の保険料、介護保険料の負担がこたえます。」
「障害者施設で働いていますが、自立支援法で、食事代も引かれ、利用料負担もひかれ、4万円の工賃が、わづかになってきて、これに交通費の負担があるので、作業所に来る人が減ってきました。すると作業所自体の運営に支障が来るというひどい状況になっています」
「週2回のサービスが、1回にされそうです。介護サービス切り捨てもほんとうに困ります」
などなど、社会保障切り捨てのなまなましいはなしが続きました。
司会者が、「自公政治を終わらせた後、民主党中心の政権ができたとき、消費税増税、9条改悪などの悪政を許さないためにも、共産党が伸びることが絶対に必要です。」と共産党支援を訴えました。

2009年07月04日

業者後援会も臨戦態勢に

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日本共産党業者後援会役員会議3日、業者後援会役員会学習会に参加しました。役員体制の確認、ビラまき計画、支持拡大の到達点と目標確認など、積極的な議論になりました。21世紀の進路のかかった、業者の営業とくらしに待ったなしに直結する総選挙、悔いなく闘い抜く申し合わせができました。

2009年07月03日

石木ダム建設反対闘争の記録をビデオで見ました。

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学習会で石木ダム建設反対支援を訴える若い住民代表

2日、石木ダム建設反対の闘いを記録したビデオをみんなで見ました。
またしてもあの暴挙を繰り返そうという中で、学習会参加者は改めて権力の醜さを確認しあいました。
佐世保水問題を考える代表、浦元子さんの話は、いかに行政の石木ダム建設の論拠が薄弱なものか
たいへんわかりやすいものでした。

以下は、1日の佐世保市議会で事務事業認定を求める決議案に反対した討論要旨です。
事業認定反対討論
事業認定申請を求める決議案に反対の討論を行います。事業認定は強制収用の道を開くものです。この間、行政は用地取得交渉に失敗してきました。機動隊導入は決定的な亀裂をもたらしました。いっぽうでは賛成・協力すれば総額3億円の協力支援金も提示するなど、いわば、アメとムチの政策をとってきました。さらには、『工程表』どおりに執行するなどという脅しまでかけてきました。それでも住民の心を動かすことはできませんでした。いよいよ最後通牒といわんばかりの事業認定しようとしています。

「生まれ育ったここで農業続けたい」、「ここに住み続けたいだけなんだ」という住民の憲法で保障された権利は、誰であっても踏みにじることは許されません。強制収用という野蛮な行為は絶対にすべきではありません。

事業認定は強制収用ではなく、話し合い目的と説明されています。それではなぜ、住民側が積極的に提案している「石木ダム建設の必要性をめぐる公開討論」に応じようとしないのですか。話し合いに住民側が応じないなどと行政は批判するが、話し合いをとことん拒否、回避してきたのは行政側ではありませんか。

石木ダムは川棚にとっては治水、佐世保市にとっては利水目的といってきました。しかし、川棚川流量の9分の1でしかない石木川の洪水調整機能が川棚町の治水にとって、きわめて限定的な意味しかないことは明瞭です。

佐世保市の利水にとっても、過大な水需要を設定したり、一日1万トンもの漏水対策を解決しようとしなかったり、石木ダムに頼る以前に努力すべき課題はいっぱいあります。

当局が、ほんとうに石木ダム建設の必要性に確信も自信もあるというのであれば、広く県民の前で、住民側と公開論争すべきではありませんか。

2009年07月02日

定例議会が終わりました。

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7月1日、定例6月議会が終わりました。暮らし、平和にかかわる重要な意味をもった議会でした。最終日、委員長質疑5回、賛成、反対討論14回行いました。いつものことだが、あそかはもっとこうすればよかったなど、反省点も多々あるが、全力を尽くした充足感もあります。問題は成果と課題をどのようにみんなに返し、要求実現の力につなげてゆくかでしょう。これからが大切なんだと自分自身言い聞かせているところです。

佐世保市は防衛省・海自の出先機関か
崎辺東側を海自施設に利用させよの意見書提出

市議会基地対策特別委員会は、LCAC基地が横瀬に移転し、跡地が返還されたら海自施設建設のために利用するようにという意見書案を提出してきました。
永山委員長に対して、以下4点で質疑を行い不当性を浮き彫りにしました。
① なぜ、今、このような意見書提出なのか。経緯と理由を明らかにせよ。
② そもそも崎辺はSSK用地のために市民運動の結果返還させたもの。再提供されたがそれがまた返還されたら、民間・公共用地として活用するのが当たり前ではないか。
③ 米軍は倍になる機能強化、それに崎辺に自衛隊施設では「軍・軍すみわけ」で軍事強化だけが突出。市民にとっては何のメリットもないではないか。
④ 05年打ち出した前光武市長構想とのちがいはどこにあるのか。

これに対し、市長が議会でも議論してもらいたいということであった。すでに大型桟橋建設計画を港湾計画に位置付けていることなどの答弁はありましたが、他のことについては事実上答弁不能という状況でした。
前光武市長構想を是認するものではないし、それも重大な問題はらんでいました。それでも崎辺に自衛隊施設を集約することによって、平瀬の地方総監部、立神桟橋、倉島の業務隊などの跡地を佐世保市側で利用してゆける道が開けるという市民にとってメリットを考えての構想であったが、今回は全くそのような構想はなく、ただ海自に崎辺を使わせようというだけのものです。
当然、断固として反対する討論を行いましたが、反対は日本共産党だけ、社民党も意見書の共同提案者に加わるという状況でした。

2009年06月07日

深められたオバマ演説と志位書簡

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(写真は講演される川田さん。諫早市)

確信もらった学習会

核兵器廃絶と日本共産党の役割と題する、学習会が開かれました。党中央・平和運動局の川田忠明さんの講演でした。世界30カ国を訪問し、豊富な国際活動に裏付けられた川田さんの話には、それだけに説得力のあるものでした。学ぶべきことの多かったとても有意義な学習会になりました。
特に、オバマ演説と志位書簡について、深く胸に落ちるものがありました。オバマ演説のどこに注目すべきなのか。1核兵器廃絶をアメリカの国家目標として位置付けた。2、核兵器使用した唯一の国として道義的責任があると言明。3、道義的責任にもとづいてアメリカもがんばるが、各国の協力が必要と共同を呼びかける。という点にあることを指摘。
さらになぜこのような変化が生まれたのか。1、ブッシュ路線の破綻と国際的孤立。(イラク戦争の失敗と経済危機)。2、米国の世論の変化。3、核抑止政策の破たん。という三つの要因をあげられました。
特に、オバマ演説は、単に民主党のリベラルな政策から出ているものではなく、核兵器廃絶しないとアメリカにとっても致命的打撃をうけるという、強い危機感から出されてきているという指摘にうならされるものがありました。

また北朝鮮の核実験は、いかなる理由があっても許されないときびく批判。同時に敵地攻撃論などが一部生まれていることに対して、そうではなく、「全廃の合意ができれば、もっと強く核兵器放棄をせまれる」というシュルツ元国務長官の発言も引用しながら、今こそ核兵器廃絶の運動こそが有効なのだと解明されたことも大事なことだと思いました。

2009年05月31日

治水も利水もその根拠はない、強制収容許さないシンポジウム

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「強制収用は許さない」シンポジウムが、川棚町で開かれ、専門家(今本博健先生、萩野芳彦先生)、元長野県知事田中康夫参議院議員らをパネラーとして招いて開かれました。
町民だけでなく、佐世保市からも、大村、長崎からもたくさんの参加がありました。
金子県知事ら推進勢力の石木ダム建設目的が、治水とういう側面からも、利水という側面からも、その根拠がないということを、それぞれの専門家が理論的に、しかも明瞭に明らかにしてくれました。
大きな反対世論運動を広げてゆくうえで、なによりの力になるシンポジウムになりました。
佐世保市議会でただ一人だけ、反対の論陣を張ってきましたが、同調者を得られるまでになっていませんでした。しかし、世論を広げつつ、直接行政をチェックできる議会のなかでの賛同者を広げてゆきたいと思いました。

2009年05月24日

「世紀の大暴挙」(MOX燃料搬入、プルサーマル実施)をくい止めよう

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写真は、表での抗議文受け取りを嫌がった九電側をみんなの抗議で、
マスコミ取材の中での抗議文受け渡しを実現させたもの。
読み上げているのは武藤佐賀県県議。

無謀な実験
とうとう、MOX燃料が玄海原発に到着。唐津の浦田市議から抗議行動の予定などの連絡をいただいていました。「世紀の大暴挙」が始まろうとしています。
早朝配達を終え、逆算して6時過ぎに玄海町に出発しました。
途中のラジオニュースで、午前7時前には運搬船が玄海原発専用岸壁に接岸したことはわかりました。橋の上から多くのカメラマンが撮影しています。はっきりと青い船体も確認できました。持ち込まれたMOX燃料、やがて使用済み。そのあとの行く先の見通しはない。半永久的にこの地に留め置かれることになるのでしょう。
無性に、国・九電への怒りがこみ上げてきます。
玄関前周辺では、すでにいくつかの反対グループの抗議行動が始まっていました。物々しい警備で、車の駐車場を心配しましたが、九電警備職員がていねいに案内してくれました。
用意していたゼッケンをつけて、玄海原発住民会議・佐賀県原発問題対策協議会の横断幕の隊列に合流しました。武藤県議、田村さん、せとさん、浦田さん、吉原さん、住民会議の藤原さんら参加者に歓迎されました。
グループ、グループのアジテーション演説の合間にこちらも抗議の意思表示。吉原さん主導のシュプレヒコール。凛とした「モックス燃料もプルサーマルもいらない」「プルサーマルやめよ」の声は、地域の安全を代表するものです。

あらかじめアポのとってあった九電への抗議文書の手渡し。構内に入りました。しかし、九電側は、代表数人だけ、しかも多くのマスコミ報道陣から遮断するかのように、小さな部屋での受取を主張。みんなが一斉の抗議。「九電は密室でしか話し合いできないのか」こうしたやり取りの後、みんなの前で武藤県議の読み上げる抗議文書を九電担当者が受け取ることになりました。
環境も脅かし、いつ重大事故が起こるかわからないという、地域社会を根底から破壊しかねない暴挙を何としても食い止めたい、みんなの強い思いが結束した行動で追い込んだ成果でもあります。

行動は地域に入っての街頭宣伝、午後からの学習会とさらに予定されています。
しかし、私は、佐々町選挙の事務所開き参加のために、行動を別にしました。

2009年05月22日

屈辱的な地位協定さえ踏みにじる米軍の横暴

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有意義だった非核長崎港をめざす連続学習講座
21日、長崎市で非核長崎港をめざす連続学習講座に参加しました。今回は第二回目で、ながさき平和委員会事務局長の富塚明さんが地位協定についての講演がありました。
日米地位協定がいかに国家主権を侵害しているのか、深く解明されて大変有意義なものでした。

冨塚さんの講演は、膨大な調査・研究に裏付けられたもので、新たに学んだこともたくさんありました。
特に、そもそも地位協定が米軍への治外法権的特権を付与しているたいへん屈辱的なものだが、加えて、その地位協定すら逸脱して、米軍の横暴が既成事実としてまかり通っているという指摘があったことです。

開港に指定されている港以外に入港できないとされているのに、すでに、入ってはならない民間港に数多く米艦船が入港している事実。

さらに、今回自衛隊がジプチとの地位協定を結んでいるが、食糧支援など財政的支援と引き換えに、自衛隊の特権(日米地位協定で保障されている米軍の特権と同質のもの)を手にしていること、
などなどです。

これらの事実を丹念に多くの人と共有できるようなこうした活動が、いずれ必ず実るようにしてゆかなくてはならないと痛感しました。

土砂降りで、恐怖を覚えるほどの視界不良をおして参加してよかったと思いました。

2009年05月21日

2議席確保の意義はとてつもなく大きい

090521-1.jpg写真は、飛行機から撮影しました。20日

19日、20日政府交渉に参加する予定が、急きょ19日議会日程が入ったために、20日だけの参加になりました。トンボ帰りのかなりハードな日程になりました。

きれいな富士山を見て
行きの飛行機から、きれいな富士山を見ることができました。

アメリカ政府から志位委員長に返書がきたということをかみしめました。
画期的なオバマ演説。
すかさず、率直な評価と注文もしたためた日本共産党の志位委員長のオバマ大統領への書簡。
これにこたえた、オバマ大統領とアメリカ政府。
そこには、真剣に核兵器廃絶に向き合おうとする誠実な態度を感じます。
同時に、アメリカ政府と日本共産党との間で公式に話し合いの道が開かれるという歴史的な出来事になります。
在日米軍再編強化、佐世保基地増強など、課題はなお抱えているけれども、今まで考えられなかった、大きな変化が始まりつつあると胸を膨らませました。
アメリカの行動であっても、前向きの変化は評価し、まずいことは率直に批判する、複眼でみるという綱領の立場があるからこそ、今度の思い切った行動がとれたのだとする志位委員長の解説に納得です。
一方で、誠実に過去の誤りを見つめ、関係正常化に至った中国共産党のことも、脳裏によぎりました。市場経済を通じて社会主義をめざす大きな流れも、富士山を見ながら思いました。

それでは日本政府の態度はどうか。
沖縄・九州各地での米軍再編強化をめぐっての政府交渉。我が国初のプルサーマル導入を強行しようとする問題での政府交渉。住民の安全・安心などそっちのけで、遅れた部分のアメリカ言いなり、もうけ第一主義の財界言いなりの日本政府の態度にうんざりしました。
それでも九州各地の仲間のみなさんの闘い、これらの努力の一つ一つが、きっと変化を生み出してゆくのだろうと励まされました。
それにしても、こうした政府交渉もできるのも、沖縄・九州ブロックで一議席であっても赤嶺さんの議席があったからです。日本共産党の議席の重さを痛感しました。この一議席を2議席にする意義はとてつもなく大きいと思いました。

2009年05月20日

定例の核廃絶署名行動

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原水協と新婦人が定例の核廃絶署名行動
佐世保原水協と新婦人が定例の核廃絶街頭署名宣伝行動を行いました。
11時~12時まで島瀬公園前アーケード内で6名が参加しました。
「核兵器のない世界へ」署名78名分・「憲法九条を守る」署名34名分が集まりました。

2009年05月11日

運動に確信、世界大会成功めざそう

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写真は主催者あいさつを行う柴田朴代表理事

意欲的発言が続いた原水協総会

県原水協総会には、佐世保から3人(朽原、松尾、山下)が出席。オバマ発言などを受けた会議だっただけに、参加者の発言は意欲的でした。

新婦人の会代表は、毎月の署名行動に裏付けられた教訓的なものでした。いろいろあって忙し九手なかなか署名に取り組めないという言い分が、忙しい課題を抱えている新婦人が実践的に克服されたように思われました。

オバマ発言をどう見るのか。議論になりました。ひとつ確信にしてよいことは、被爆者をはじめ世界大会を続けてきた自分たちの核兵器廃絶の運動が背景にあって、あのような画期的発言が生まれたのでは、ということではないでしょうか。

運動の確信という点では、佐世保ではあの田母神氏が核武装を言ってのけたが、長崎では一言も口にできなかったこと、それはやはり被爆地長崎の反核運動が、さすがの超タカ派の田母神氏の持論を封じ込めたことになったのでは。

今年は長崎が世界大会。佐世保基地行動も600名規模といいます。ガイド養成など受け入れ態勢も急がれます。

来年のNPT再検討会議に向けた代表派遣でも意欲的発言が続き、活気のあるものになりました。

2009年05月04日

盛況だった田母神講演会

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田母神俊雄講演会
急きょ会場変更
4日、注目の田母神講演会に行った。予定の会議室(200人規模)から中ホール(500人規模)に変更になっていた。主催者が説明してくれた。当初長崎だけの講演予定だったものを佐世保が無理に入れ込んだために控えめな会場設定していたが、せっかくだからもっと大規模にしようということになったそうだ。
それでも会場側の便宜があったからへんこうかのうになったとまで率直に語ってくれた。

ショック核武装提唱に拍手

弁舌はうまく、ずいぶん引き込まれた聴衆も多かったのではと思われる。「国をほめた自分が解任されるとは。高官続けるためには日本はひどい国だ言い続けなくてはいけないのか」などすり替えもひどい。
「核武装すべきだ」「オバマ大統領が核兵器廃絶言ったが、絶対にできない」というくだりで、拍手が起きたことはショックだった。今から長崎市内での講演会にのぞむという。そこではどんな反応になるのかなと思った。
日本が侵略国家だ、悪い国だといわれて、命をかけて日本を守る自衛隊員は育ちようがない。日中戦争、太平洋戦争も侵略したのではない。むしろ戦争に引きずり込まれていった被害者なのだと、とうとうとしたり顔に自論を展開していくさまにムカついてきた。しかし、かなりの聴衆が賛同する雰囲気が怖かった。
「村山談話と田母神論文とどちらが正しかったでしょうか」というくだりでも拍手がおこった。石破氏や麻生首相らはれっきとした改正論者だが、彼らをも「裏切り者」呼ばわりした。「事なかれ主義がどんなに国益を損なっているのか、その場では政治問題になろうとも外交問題になろうとも頑張るの国の指導者ではないか。妥協に次ぐ妥協がどんなに国の防衛も、国益を損ねてきたのか計り知れない。」などと論じきった。


軽視できない改正派の積極的動き

いよいよ来年5月18日に憲法改正国民投票法が施行される。いつでも憲法改正が手続き的には可能になる。そのための国民的世論をどちらが多数を占めるのかが、これからの闘いの正念場になる。恐れることはないが、彼らの必死な取り組みをいささかも軽視はできないと痛感する一日となった。
だって、佐世保においては9条守る学習会参加が50人。田母神講演会が500人。すべてではないがこれが今の現実だから。

2009年05月03日

一日中、憲法宣伝、学習会などがんばりました

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写真は午後からの学習会で講義される篠崎正人さん(5月3日)
午前中は街頭宣伝
憲法記念日にあたり、午前中街頭宣伝を行いました。春日神社前では数人の人が出てきて聞いてくれ、終わると拍手ももらいました。行きかう車の中からも、声援をもらったりで、かえってこちらが元気をもらった宣伝行動になりました。
声援をもらった追跡可能な人には赤旗読んでもらうように、運転手さん(春日支部支部長)と「合意」。宣伝で顔見知りを広げ、読者になってもらう。この方式を定着させようと思いまました。

9条の会学習会午後からは、佐世保9条の会主催の学習会に参加しました。特攻隊だったという高木さんが、自らの体験をとおして、9条を守る意義を語ってくれました。
篠崎正人さんは、北朝鮮ロケット発射問題の問題点をわかりやすく講義なさいました。
特に、日本の憲法問題というのは、日本国民にとって大事なだけでなく、他国特にアジアの国々にとっても大変重要な問題なのだと、強調されたことが印象的でした。よい学習会でした。

2009年04月29日

核兵器廃絶、憲法守る街頭署名行動

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27日、原水協、新日本婦人の会共同で、核兵器廃絶、憲法9条守る街頭署名行動を行いました。9名の方が参加。「署名はどこに届けるのですか」「9条って何ですか?」「あっ、戦争しないことですか。それは大賛成です」などなど対話をはずんで、核兵器廃絶署名113筆、憲法守る署名82筆が寄せられました。募金も2千数100円の協力がありました。
時折、現在寄港中のインド海軍兵士たちもパネルなどに見入っている光景もありました。

2009年04月26日

佐世保にも民主的診療機関をつくりたい

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させぼ健康友の会第二回総会
25日、健康友の会第二回総会が開かれ参加しました。安心して受けられる民主的診療機関を、自分たちも積極的にかかわってつくってゆきたい、強い願いがこもった集会になりました。「入会者を広げたいのだがどうやって訴えていけばよいのか」とか、「拡大目標も明確にし、一斉に集中的に取り組んだらどうだろうか」「目に見える、その優位さを体験できる、体験見学参加者を増やしていったら」などなど、前向きな発言が相次ぎました。
総会までの会員達成目標には、若干届かなかったようですが、8ヶ月間で大きな前進は、皆さんの確信になっていました。長崎県民医連のサポートはあったにしても、手探りで世話役を進めてきた献身に敬意を表したいと思います。

2009年04月08日

晴ればれ、新入学生

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写真は清水中学校の入学式、7日

晴ればれ、新入学生
7日は、中学校、8日は小学校の入学式でした。清水中学校の入学式に参加。大久保、清水、春日小学校から、105人の一年生が晴々と入学式にのぞみました。真新しい、少し大きめの制服姿もまぶしいものがありました。前途に希望あれと願いました。末吉校長先生が、よく練られた、しかも心のこもったあいさつをされました。子供たちの成長を支えたい学校現場の努力を踏みつけにするような文部行政とは、断固闘いたい、そんな気持ちを持たせた入学式の雰囲気でした。

8日は春日小学校の入学式。ピカピカの新一年生、87人が入場。健やかに育ってほしい、思わずにはいられませんでした。

2009年04月06日

勇気と確信もらった市田演説会

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演説会終了後、市田さんとの記念写真

勇気と確信もらった市田演説会
どれぐらい集まるだろうか、不安と期待が交錯するなかで演説会当日を迎えました。約600人が集まりました。初めての方もたくさんおられました。お誘いした時は、「わからない」といっておられた方も、「何とか都合がつきました」と笑顔で駆け寄ってくれる人もありました。
市田さんの話は、大変好評で、前市議だった人は、掛け値なしに感動もあらわに「よかったー。よくわかった」といいつつ、募金袋を差し出してくださいました。
たくさんの感想文と16万円を超える会場募金が寄せられました。
ご協力くださった皆さん。ほんとうにありがとうございました。
感想文の一部
「政治にうとい私でも非常にわかりやすく、勉強になりました。世の中ぜひかえていかねばとつくづく思いました」

「初めて共産党様の演説を聞きまして理解しました。ありがとうございました。」

「政党助成金をもらえばもっと楽になるのにと思っていましたが、それは誤りとよくわかりました」

「自分も党名変更側だったが、強い歴史と意思でのことと理解した。何としても伸びて強い党になってほしい」

「選挙は民主にと思っていましたが、紅白戦に参加するだけと思って、やめることにしました。

「よくわかりました。党名も納得。初めて参加したが良かったと思う」
などなど。

演説会後、5人の方が入党を決意しくださいました。私もおさそしていた民主党支持だった人に入党を決意してもらいました。
お誘いした方に残らず、演説会参加のお礼と感想をお聞きするなかで、さらに入党者を迎えたいものです。

2009年03月11日

市長にも市田演説会の案内

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写真は朝長市長への案内を行っているところ(11日、市長室にて)
市長には、「市長にも呼びかけしているということで使わせてもらいますよ」とお断りの上で秘書課長に撮ってもらいました。

市田演説会案内の呼びかけ

市田演説会成功の意義は大きいものがあります。何としてもたくさんの人に聞いてもらいたい、そんな一心から、案内チラシをもって、朝長市長、末竹副市長、川田副市長、松尾議長、田中副議長をはじめ、本会議の合間や終了後、すべての議員に演説会開催の案内と出席を要請しました。
明らかに政治的立場は違うこれらの人々への案内に、苦言の一言も浴びるかなと覚悟しながら呼びかけました。なんとなんと「ほー市田さんが来るのか」との感想。「蟹工船ブームですからね」との市長感想。公明党議員全員からも嫌味ひとつありませんでした。
さっそく、副議長からは「行こうと思っている。緑政クラブからもう一人行くといっていたよ」のうれしい返事をもらいました。
「市田さん来る」絶好のチャンスをいかして、あらたな人との対話のきっかけにしてゆきたいものです。

2009年03月10日

市田演説会参加の訴え

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議会の合間に
9日、佐世保市年金者組合の例会がありました。市田演説会参加の訴えをさせてもらいました。「激動の情勢のなかで今こそ政党の真価が問われています。市田さんのお話は、どうやったら暮らし守れるのか、勇気と希望をもたらすこと間違いなしです、それに佐世保でこんなに日本共産党の演説会に人が集まったということでも大きな確信をもたらすことになります。だから、皆さん一人一人がどなたかとご一緒に参加されることが、佐世保の情勢を変えることになります。」と訴えました。

2009年03月07日

雨水貯めて風呂の水に

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写真は、時折ユーモアも交え熱弁をふるう県委員長、7日

議員団会議
7日、議員団会議、3月議会まっただ中で議員団会議開きました。生活破壊がすすむなかで住民の暮らし守る各議員の奮闘ぶりに頭が下がります。
それにしても深刻な生活苦
川棚町の久保田さんが紹介してくれました。わずかの年金、灯油も使わない、テレビも見ない、雨水をためて風呂につかっている実態を紹介しつつ、保険料負担の重圧に反対したとのことです。
佐世保でも派遣切りで、仕事もない(収入がない)ので我慢していたが、たまらず病院に行ったら「大腸癌」が見つかったという事例などなど、各議員が今まで体験しなかった深刻な相談を受けていることがわかりました。
会議後、みんなで顔をあわせ、苦労話をだしあえば、元気が出た。がんばらんばね。との感想がだされました。

選挙学校
午後からは、山下満昭県委員長が講師の選挙学校に参加しました。県委員長会議後の最も新鮮な情勢と課題、勇気となるほどという知恵をもらったよい話でした。参加者一同、特に6月の佐々町、その後の江迎町、平戸市で中間選挙を戦う候補者や選対関係者など大いに確信を受けた様子がありありと感じられました。
4月5日の市田書記局長演説会成功の取り組みを柱に据えて諸課題の前進に結びつけて頑張ってゆこうと思いました。

2009年02月28日

三月議会が26日始まる

090219-10.jpg写真は19日臨時市議会本会議でのもの
26日から、三月定例市議会が始まりました。おいおい議会内容も紹介してゆきたいと思っています。
19日臨時市議会の質疑内容についてまず報告しておきます。
議案質疑
考え方の問題
1、 今回の補正の大きな柱が三つある。ひとつは定額給付。二つ目は子育て応援特別交付。三つめに経済雇用対策。経済雇用対策は数え上げれば事業数で19、事業個所数では92か所にのぼるようである。6日後には、定例三月議会が控えている。なぜ臨時議会開くということになったのか。
定額給付は年度内には給付したい、そのために逆算して臨時議会設定した。その他の事業もまた緊急性がある、したがって補正に盛り込んだ。このような考え方なのかどうか、確認しておきたい。

2、経済・雇用対策といいながら、取り込んでいるのは、「地域活性化生活支援臨時交付金」だけで、直接的な雇用対策は見当たらない。国・県は、「ふるさと雇用再生特別交付金」額にして4000億円、「緊急雇用創出事業」額にして県10憶500万円、市町村配分枠6億4200万円があるのに、なぜ取り込んでいないのか。緊急性というのであれば、佐世保市としても具体化・事業化がなされていないのはなぜか。


3、 定額給付は、第7款商工費で取り扱われている。定額給付については、生活支援なのだ、景気対策なのだ、目的がいっこうにはっきりしない、混迷の議論があったし、今も続いている。こうした中で、佐世保市は景気対策という整理をしたとことになるが、その根拠は。

緊急性というのであれば
4、ハウステンボスへの5月の花まつりイベント、夏の花火大会イベント支援補助金など4500万円が計上してある。これなどが緊急性といえるのか。生活密着型公共工事に充てる、すでに派遣切りにあっている174人への雇用対策に充てるなどの使い方をすべきではないか。

経済対策というのであれば、
5、 22億円もの商品券発行。その根拠は。どれだけの経済効果、雇用増大を見込んでいるのか。


生活支援というのであれば、
6、生活支援というが、ホームレス、などの実態はどうつかんでいるのか。最も支援を擁する市民に届かないという問題はないのか

財源問題
1、 総額52億4383万7000円。国庫補助51億2542万、県補助1800万円。佐世保市の持ち出しが1億40万8000円。
繰越金を財源にしている。前年歳計剰余金から補正前で3億5000万使い今回1憶使うことになるが、それでは今年度歳計剰余金はどうなるのか。その見通しはどうなるのか。そのさい、歳入として市税の動向が大きな影響をもたらす。決算見込みとしてどのような形になるのか。

2、 財源問題でいえば、定額給付は決まった。交付のための事務費はすでに交付要領で決まった。それにもとづいての今回の補正議案だが、2兆円もの財源は決まっていない、これが関連法案だが、もし、成立しない事態になったら、どうなるのか。無駄な財政投入になったという部分は生じないのか。

子育て応援特別手当
1、 対象人員は4000人となっている。対象人員の要件はどうなっているのか。
2、 今回限りの措置か、それとも新たな制度発足に基づくものか。
3、 所得制限などがあるのか。


定額給付事務は自治体、振興券発売事業の事業主体は商店街などとなっている中で、市職員も振興券発売を行うのか。そのさい、市職員がおこなう販売業務をどのように説明するのか。


2009年02月23日

友人夫婦の長女の結婚式に招かれて

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若い二人の前途に幸あれ
21日、家族ぐるみでお付き合いしている友人夫婦の長女が結婚式をあげました。婿さんは大工さん。好青年です。それこそ、生まれたての頃、保育園、小学校時代、その折々の成長のさまを熟知しています。友人夫婦には僭越だが、気持ちは実の娘同然です。感動しました。その両親へのあいさつがまた、心からの感謝の気持ちがこもっていて、参加者も深く感動した様子です。
私も祝辞のなかで、派遣村のエピソードを紹介し、「派遣切り、中小業者いじめなどの不当な攻撃が強まっているとき、人間的温かい連帯が求められている、その社会的連帯のおおもとになる二人の家庭の中の強固な連帯を、これからの毎日の暮らしの中で築いてもらいたい」と言葉をかけました。
若い二人の前途に幸多かれと心から願いました。

2009年02月12日

わが意を得たり、議員研修講師の話

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写真は講演される浦野氏(12日、全員協議会室)

わが意を得たり、佐世保市議会議員研修会
12日、市議会議員全員を対象にした研修会が開かれました。「地方分権時代における市議会の役割と運営のあり方」をテーマにして、浦野秀一氏(国土交通省、地域振興アドバイザー)が行いました。
そもそも、地方政府における行政と議会の関係が国とはちがう。対立関係にある(議論すべき)関係なのだ。制度的に地方においては、政党政治はなじまない。あえて与党、野党というなら、地方議会にあっては、「オール野党」の関係にあるべき、とまで講演されました。
地方分権時代についても、内政の中心部を基礎的自治体に移して、補完性の原理で行政を行っていく改革として始まったことを、1985年の「ヨーロッパ地方自治憲章」制定を引き合いにして説明されました。
しかし、わが国においてその後、地方分権の名で展開された、市町村合併、三位一体財政改革などによって、地方自治が危機に直面している事態については言及がありませんでした。
私の質問
2000年から地方分権の時代に入ったという説明に対し、私は「地方分権の起点を先生は2000年とされた。実は93年の地方分権推進の国会決議にまでさかのぼることが必要ではないのか。そして、その間開かれた数次の審議会などを通して、本来の地方分権の流れが、新自由主義による民営化、規制緩和、小さな政府による分権、「競争型分権」に変質し、今日との貧困と格差の拡大につながっていったのではないのか」という質問を行いました。
これに対し、先生は「難しい問題だ」と明確な答弁はされませんでした。議会の状況を熟知されているので、精一杯の対応なのかなと思いました。
しかし、本来地方議員があるべき姿、これから求められている役割について、たいへん勉強になる講演でした。かねがね私が主張している議論を講演で述べてもらったという思いでした。

2009年01月11日

親睦の深まった町内会の新年会

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町内の新年会
10日夜、町内会の新年会に参加しました。婦人部のかねて培った踊りや芸に秀でた人たちが出しものやって、大いに親睦が深まった集いになりました。地域の連帯感がさらに強まりました。

みんな生き生き地区党の旗開き

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意気あがった地区党の旗びらき
10日、日本共産党北部地区の党旗びらきが開かれました。県委員長も来賓として参加してくれました。みんなで頑張ってきた反映でしょう。地区委員長のあいさつ、中間選挙予定候補を代表しての仲村佐々町議をはじめ、各民主団体代表の話も元気の出る話で大いに参加者を激励してくれました。「ここで頑張らないといつがんばる」なごやかな交流のなかでも、みんなが気持ちをひとつにすることできた政治集会になりました。

2009年01月10日

民商の新年会、交流を深めました

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写真あいさつを行う近藤直佐世保民商会長と松尾事務局長

民商新年会であいさつ9日、佐世保民商の新年会に出席。あいさつをしました。年越し派遣村で見せてくれた人間的温かい連帯にどんなに感動したか、その話をしました。
皆さんと同じ思いを共有できたように感じました。民商もまた日常的にこのような人間的連帯を発揮しているから、組織的拡大も続いているのだろうと思いました。今年も百人に迫る新年会とはすごいことです。

2009年01月07日

地域消防団の課題

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式典で表彰された方々(1月6日、市民会館)

出初式に参加して
 6日、2009年佐世保市消防出初式に出席。夜は地域の第18分団の出初祝賀に呼ばれて参加しました。県知事、市長のあいさつ。火事や災害から住民の安全を守る消防の意義が語られました。ほんとうにそうだと思います。佐世保市民にとってもう一つ放射能災害による安全を守る課題があるのに誰も言及はありませんでした。
地域消防団の課題
 馴染みの第18分団の祝賀会は、分団員の皆さん、地域の町内会役員のみなさんなどとの新年交歓も含めて交流を深めることができました。議会全般のこと、年越し派遣村など話題は尽きませんでした。
地域消防団の課題は、団員確保の問題です。主力をになっていた自営業者が相次ぐ廃業などで十分でないのです。いきおい会社員の団員の比重が高くなり、昼間の火災などでは出動できる団員が限られているというのです。経済情勢の影響がこうした分野でも深刻になっています。

2009年01月06日

仕事はじめの宣伝行動

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5日は官公庁の仕事始めです。私も市役所前、水道局前で出勤する労働者に新年の街頭宣伝を行いました。みんなでいい仕事ができるようにしたいものです。

2009年01月03日

後援会の皆さんと一緒に宣伝

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写真は桜木団地公園。2日

春日支部後援会の皆さんと街頭宣伝
 2日、昨日とはうってかわってよい天気になりました。ただ風は冷たい。春日支部後援会の皆さんと、春日・桜木地域での新年の宣伝を行いました。
道行く人との新年のあいさつ。国道沿いでは、車からの声援も少なくありません。たまには、車を止め、窓をあけ「頑張っていますね。ことしもよろしく」などの光景もありました。合計7回の宣伝。

2008年12月30日

赤旗の魅力が短期から長期の読者に

犬の散歩から帰ってみると
恒例の小犬の散歩から帰ると、隣のIさんが「ことづかっています」と封筒を差し出しました。先月購読してもらったこれまたご近所のHさんからとのこと。「昨日赤旗の集金に来られないから持ってきたが留守だった。預かってもらいたい。向こう一年間の購読料と、それから500円募金の封筒が入っていたので、500円も何かと思って1000円入れといています」という話でした。

早速、お礼に
早速お礼に伺いました。「確か購読の約束は3か月間という短期のはずでしたが」というと、Iさんいわく「思っていた以上に面白く、ためになる新聞で、すっかり気に入ってしまいました」とのことです。赤旗日曜版のもつ魅力がこんなに大きなものかと嬉しくなりました。広く広く購読の訴えが大切と改めて確信させられました。

2008年12月12日

養蜂研究者の中国紀行(その5)

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研究会会場・之江酒店
参加者の数の多さに驚いた。3千人規模の集会になると聞いてはいたが、受付はごった返していた。ほとんど中国人のようであった。いかにも遠隔地から出てきたような人もいて、人民服に人民帽の人もいる。
之江酒店は大きなホテルで、私の部屋は24階にあったが10,11、34階建ての3千人が泊まれるホテルであった。エレベーターは1か所に6基ある。食堂のそばにも2基ある。食堂は4か所ある。
 その日の夕方、ホテル内で歓迎会が行われた12,13,14,15。様々のおエラ方の挨拶が続いたが、日本のように乾杯をしてから食べ始めるのではなく、皆さん適当に始めていた。杭州市の市長さんはとても気さくな人で、写真を一緒に撮るために、人種の違ういろいろのグループから引っ張り凧であった16。

2008年12月06日

養蜂研究者の中国紀行(その4)

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中国の新幹線と杭州駅
新幹線に乗って驚いた9。16両編成の車両が満席なのである。前のに間に合っていてもどうせ乗れなかったに違いない。1列車遅れるタイミングで切符が買えるようである。切符売場はそれほど混み合っていなかったので、乗客は前売り券を駅以外の場所で購入したに違いなかった。
 日本の新幹線と同じ横5列の席が並んでいる。車両はドイツ製だとのことである。車両の前方にリアルタイムでスピードと外の気温が表示される。最高170キロまで出た。1時間50分で杭州に着いた。外の風景はたいして変哲もない平野の広がりであったが、建設中の団地が沿線に沿って何キロも続いたのが印象に残った。
 駅に着くと、幅10メートルほどの通路が混み合って、私は押されながら出口に向かった。タクシーに乗ろうにも、ともかく外に出なければならない。その人混みを押し分けて、一人の女性が私に近づいてきた。人混みの中から外国人を見分けたのである。「ホテル?」と言う。私は、ガイドブックから切り抜いて持ってきた地図の中の、之江酒店を指す。ここが会場である。彼女は今度はタクシーの写真を示した。私は頭を縦に振る。彼女は私の腕を取り、通路の端に連れて行き、男に引き合わせた。私は「ハウマッチ?」と尋ねた。彼女は70元と紙に書いた。1320円である。私は「OK」と言い、彼の後に続いた。駐車場まで歩き、タクシーに乗った。運転手は地図を広げ、西湖を差し、何か言った。「西湖の傍を通って行かないか? 美しい眺めだ」と言っていると直感した。私は腕時計を示し、「時間がない」と英語で答えた。道路もすごい混雑であった。一時停車したとき、壁のように迫っていた隣のバスとの間隔は30センチほどしかないようであった。25分ほど走って、之江酒店に着いた。翌日、酒店(ホテル)の事務員に、駅までタクシーでどれほどかかるか尋ねてみたら、20元だとの答えであった。

2008年11月30日

養蜂研究者の中国紀行文(その3)

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上海南駅
再びお兄ちゃんに送ってもらって空港に向かった。杭州行きの新幹線は上海南駅から出ており、そこまでは空港から直行バスが出ている。バス乗り場は7番だと昨日聞いていた。ところがそのバスの乗り場がない。6番の隣には8番があり、7番が欠けているのである。私は紙に「上海南駅、汽車」と書いて駅員らしい男に見せると一緒に探してくれた。なんと7番は1番の隣に移動していた。駅は駅では通じない。石へんに占と書く。バスは汽車で、汽車は火車である。
 雨の中を1時間20分走って上海南駅に着いた5.6.7。バスを1バス遅れたために、1日4本の新幹線の始発は出た後であった。私は切符を買った後、2時間以上待つことになった8。
 待合室で待っている間に、中国の人たちが10年前とは違ってきていることに気づいた。私はゴミ箱の近くに座っていたのであるが、皆さんはちゃんとゴミはゴミ箱に入れている。ゴミ箱に唾を吐きに来る人もある。10年前はゴミは床に捨て、唾も床に吐いていたものである。いまでもタバコを吸う人は多いが、ちゃんと灰皿に灰は落としている。あちこちに張られた横断幕に「文明」という文字が目立つが、その効果が出ているのであろう。

2008年11月28日

第9回アジア養蜂協会会議参加紀行文(その2)

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養蜂研究者久志さんのレポートその2

海辺のビジネスホテル
大きな3階建てのホテルで、100室ほどあった2。大きなレストランも付いていた3。離発着する飛行機の音が聞こえた。1泊320元(5000円)であった4。宿泊客は私以外いないと思われた。私のようなトランシットの客が利用するのであろう。
 カウンターには30歳前後と思われる女性が座っていた。従業員もほとんど若い。この点、昨年のホテルと同じである。私は中国の現在の漢字で分からないのがあるので、少し英語のわかる彼女に尋ねることにした。他の従業員も面白がって集まってきた。みんなリラックスしていて、わいわい騒ぐ。誰が支配人か分からない。どうやらそんな体制にはなっていないようである。鳥居の形をした文字を書き、尋ねると「オープン」と答える。「開」であることが分かる。私が「開」と書き、これが元の字だと言うと、そんなことはない、昔からオープンはこれだ、と言い張る。こんな調子だから、何を聞いても、元の字を知らないので話にならない。彼女は机上のパソコンで調べていたが、「開」の字が出てきて、「あなたは物知りだ」と感心することしきり。そのあと英語を教えたりして楽しく過ごしたあと、彼女は「上海に来たらまたここに泊ってください。これからあなたの宿泊費は200元にしますから」と言うと、店の名刺にそのように書き込んで私に渡した。彼女が支配人だったのである。
 翌朝、レストランで朝食をとったが客は私だけであった。しかし注文するとあまり待たずにすぐ出てきた。20元であった。1品料理で番茄5元とあったので、どんな茄子だろうと注文したらトマトの炒め物が出てきた。

2008年11月26日

養蜂研究者の中国レポート

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養蜂研究者久志富士男さんの寄稿
養蜂研究家久志富士男さんから、中国・上海市で開かれた第9回アジア養蜂協会会議に出席された思いが届けられました。以下、何回かに分けて紹介します。
 
上海の宿・化石博物館の中のビジネスホテル
上海の西150キロばかりのところにある杭州市で、2008年度のアジア養蜂協会の研究会が11月1日から1週間開催された。私は、壱岐と五島でのワバチ復活活動の経過を発表するつもりで申し込んでいたら、発表の要請がきたので、スライドと発表文を用意して出席することにした。
中継点の上海空港に着いたのは5時過ぎで、暗くなりかけていた。私は昨年のオーストラリアでの研究会の帰りに泊まった空港近くのビジネスホテルに泊まりたかったので、そこを紹介してくれた、空港内の近畿ツーリストの出張所に行くことにした。しかしどうしてもそこが見つからなかった。英語も日本語も通じない空港内を訪ねまわっているうちに、そこは第一ターミナル内にあることが分かった。私が着いたところは第2ターミナルだったのである。シャトルバスに乗って第一ターミナルに行き、出張所にはたどり着いたが、そこには人はいなかった。6時を過ぎていて従業員は退勤していたのである。ところがその隣の、JTBのカウンターに女性が入ってきた。私は幸運であった。彼女は日本語が達者であった。帰りかけていたが用事を思い出して戻ってきたのであった1.
 私が昨年泊まった、化石博物館の中のビジネスホテルを彼女は知らなかった。私がそのホテルにもう一度泊まりたいと思ったのは、そこには珍しい化石があり、それがなんの化石であるか確かめたかったのと、なぜ博物館の中にホテルがあるのか、誰に尋ねても言葉が通じず分からなかったが、今度は、そこの近くにあった土産物店の日本語を話す青年に通訳を頼んで解明するつもりだったからである。そのホテルの名刺をもらっていたはずであるが、出発前にどうしても見つからなかったのである。
 JTBの女性には心当たりがないというのだからあきらめる他はなかった。しかし彼女と話していて、1つの謎は解けた。中国では公的機関であっても、独立採算制なので、博物館をホテルに貸しているのだろうということであった。彼女は別のビジネスホテルを紹介してくれて、そこから私を青年が迎えにきた。リニアカーの線路に沿った高速道路を10分ほど走ってから右に降りて、建築工事中のビルの傍の悪路を5分ほど走ってたどり着いた。1年前に泊まったホテルとあまり離れていない場所のような気がした。翌日2階の部屋から外を見て、海岸の近くであることが分かった。貨物船が数隻走っていた。

次回に続く

2008年11月23日

佐世保の政財界有志の学習会での講演

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22日、佐世保の政財界の有志が定期的に(二か月に一回)行っている学習会に講師で招かれました。立場のまったく違う日本共産が佐世保の基地問題どう考えているのか、直接聞きたい、こんな声があがったからだそうです。
空母母港誘致で佐世保の活性化を提唱されたメンバーもおられます。
佐世保の地域社会にあって、いろんな影響力も持っている「お歴々」を前にしての講演ですから、やはり緊張しました。石川悟地区委員長にも同席してもらったことは心の余裕につながり助かりました。
長い佐世保での政治活動の中での初めての体験です。これも情勢の変化のひとつなんでしょうか。せっかくの機会です。日本共産党の権威を傷つけることがあってはなりません。佐世保基地の分析には、系統的に取り組んできた課題だけに自信はそれなりにありましたが、それでも正確さとわかりやすさのために、時間をかけた講演準備を行いました。
そして、これらの準備作業はずいぶん自分自身のためになったような気がしました。資料整理や作成を通して、あらためて日本共産党の基本政策の卓越さと佐世保のもつ重要な政治的ポジションを痛感しました。「よく整理されており、たいへんわかりやすかった」という参加者の発言に手ごたえを感じました。
しかし、講演の後、①安保なくしたあとどうするのか、その対案。②北方領土、竹島、尖閣列島などの領土問題に対する共産党の態度。③北朝鮮、中国の脅威をどう考えるのか。④日本が国際社会にあってテロをなくすためにどうすればよいのか。などなどの質問が相次ぎました。
それらは、体制側に位置する議論ではありましたが、いずれも真剣に安全を考えているという善意からのものでした。同時にこれらの疑問解消こそが、日本共産党前進の不可避的課題になっているのだなと、改めて痛感しました。
この新しい交流の始まりを大切にしてゆきたいものです。


2008年11月15日

みんなで力合わせて2時間ロング宣伝を多彩に

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いきいき宣伝、2時間ロング宣伝
15日、買い物客でにぎわう四ヶ町アーケード街で、日本共産党と後援会のみなさんが、総選挙での日本共産党政策を訴えました。生活相談も、消費税増税反対、後期高齢者医療制度廃止求める署名も、選挙募金の訴えも、そして定額給付金のアンケート活動も行うなど多彩な宣伝行動になりました。
通行人にも一目でわかるような、後期高齢者制度のパネル、消費税が実は大企業減税に回されていたという事実を示すパネル、派遣労働が労働法改悪ごとに急増しているパネルなども準備しました。
参加者が次々とマイクを握り、なんと14人が訴えました。共産党の意気込みを示す、文字どおり「いきいき宣伝」となりました。
ある年配者は、「年金暮らしです。消費税反対といっておられたので」言いながら、また、ある中学生は「署名したら、消費税なくなるんですか」と言って署名してくれました。
どんなにみんなが消費税で苦しんでいるのか、実感です。

2008年11月14日

情勢と響きあう共産党の政策

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13日、小値賀島の夕日

12日は小値賀町に宿泊。宇久町への一番早い船便が10時です。それまでに、また小値賀町で3か所演説しました。
出てくれた人。「おれは船乗りだ。こっちにおれば必ず共産党入れるよ」と語ってくれました。「期日前投票の仕組みもあるので、可能な限り選挙してください」とお願いすると。きっぱりと「そうするよ」との返事。ありがたいことです。
宇久町では
宇久町には11時前につき、さっそく街宣。途中で地元の自民党市議が、「次はどこでやるのか」との電話が入り、…の予定と答えると、ちゃんと待ち受けてくれました。支持者の人たちも一緒です。さながら街角演説会になりました。終わったらみんな大きな拍手です。
その市議の人いわく「離島や農業、漁業のこと、共産党の言うとおり」。私もすかさず「あなたこそ共産党に入らんば」と返しました。こんなやり取りが交わせるほど、共産党の政策は住民の気持ちと響き合っていると実感しました。

姉が大阪で共産党から立候補ご夫婦がききいった後、「自分の姉は大阪で共産党から選挙に出たことがあるの。今でも活動していますよ」話してくれました。
家内の同級生が家から飛び出してくれました
Nさんが「台所から一生懸命手をふってくれていますよ」と教えてくれました。すると飛び出して来て、「私は奥さんと同級生でした。ここであなたの演説を聞けるとは思ってもみませんでした。場所も分からず、たまたまちょっとした集落になっていたので演説しただけのまったくの偶然の出来事でした。家内に電話すると「へえー。…ちゃんとあったの」と驚愕のひとこと。

この日、全部で21回の演説。ビラは250枚配布。ばらばらの家しかない中で、Nさんはよくぞ頑張って配布したものです。
最終便は夕方5時。佐世保についたのは、夜の9時。4時間の長旅でした。

外界離島小値賀町での宣伝行動

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12日、小値賀町での一こま

外界離島小値賀での初の日本共産党宣伝
12日、朝いちばんのフエリーにNさんといっしょに、それぞれのバイクとビラのどっさり入ったリュックとハンドマイクを持って乗り込みました。
乗り組む前から、フエリー会社の人から「頑張ってきてくださいね」と声をかけられました。乗船記録に共産党、山下千秋の名前を記入したからだろうと思いました。どんなことになるのだろうか、期待と不安が錯綜している中で、幸先よい激励となりました。
初体験、船酔い
小値賀まで約3時間、佐世保港は広い、港口出るまで30分。外海に出るとややしけていて波も高いようでした。船が揺れて途中から具合が悪くなりました。睡眠不足かな、朝食食べていなかったからなのかな、いろいろ考えましたが、これが船酔いなのかなと初めての気分でした。着いたときには、完全に船酔い。Nさんはいたって平然。動けば何とかなるだろうと、行動開始。
町長、議長にあいさつ、しかし・・・
仁義です。初めての町での日本共産党の宣伝行動です。ご挨拶をしてからと思い、庁舎を訪ねましたが、あいにく町長さんも、議長さんも出張とのことで名刺だけことづけてきました。役場でいただいた島の地図にもとづき、Nさんと打ち合わせて街宣開始。
がんばれの声援
「共産党が一番よい。がんばれ」との声援。離島でもテレビなど党幹部の訴えを通じて知っておられるのでしょう。
農作業の手を休めて聞き入る人。わざわざ耕運機を止めて聞いてくださる人。トラックの中から手を振ってくれた人。ご夫婦で家から出てきてくださり、演説の途中でも、終わっても拍手して声援。ていねいにご挨拶までしてもらいました。家の窓を開けて聞き入り、拍手。などなど感動をたくさんもらいました。
党を語る会になりました。
昼食に小さな食堂に入りました。食事が終わったらお店の人、お客の人を交えて共産党の話になりました。さながら党を語る会になりました。
約20分お話したでしょうか。「共産党というだけでイメージが悪かった。初めて直接共産党の話を聞いて、いっぺんにイメージが変わりました。こんな話を町長にも話して、場所も借りて演説会をされたらどうですか」などとお店の方が感想を語ってくれました。終わりがけ入ってきたおなじみの人たちに「あんたたちももっと早く来て話を聞けばよかったとに」と声をかけていました。
障害者の嘆き
離島の離島まで行きました。電動車で障害者が駆け寄ってききってくれました。障害者自立支援法でどんなに苦労しているか語ってくれました。握手の手の感触が今も残っています。一日で18回と1回のミニ集会。配ったビラは200枚。

2008年10月26日

みんなの力で到達

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楽しみにされている地区後援会ニュース
1000回突破を伝えています。

みんなの力で、街頭宣伝回数1000回を突破

25日(土)、佐々町仲村町議、川棚町久保田町議、平戸市山崎市議予定候補をはじめ、地域後援会、労働者後援会など、39回の街頭宣伝を行い、9月以降、北部地区全体で1005回に到達しました。みんなで頑張った成果です。(私も167回でその一部をになっていることを少々誇りに思っています)
新たにハンドマイクを購入し、宣伝の先頭に立った春日支部の仲間など、次々とハンドマイクを握った人たちがつくりだしものです。
これを知らせ、行動を励ましてきた大きな役割を担ったのが、「北部地区後援会ニュース」でした。連日発行、連日配布の努力が、みんなを勇気づけてきました。地区委員会はさらに1500回に向けて頑張ろうと支部や後援会によびかけています。同時に、遅れている支持拡大行動の提起も行っています。

ニュースを読みのが楽しみ

24日の会議では、ある幹部の人が「毎日発行される後援会ニュースを読むのが楽しみ」と発言されました。このニュースが、みんなの頑張り、身近なところでの新しい情勢の変化を紹介しているからだと思います。
ニュースのもとになる活動する仲間の人、情報を集め、ニュースを書き上げる人、そして届ける人、みんなの力で一つのドラマを織りなす作業が続けられています。
「これだけ国民の暮らしが痛めつけられている時はない。ここで共産党が頑張らなくてどこで頑張るのか。ここで共産党が伸びるのは、国民に対する責任だと心得て、国民の苦難軽減という党の存在意義にかけて頑張りぬきたいと決意している」(山梨県での志位委員長発言)そのとおりです。

2008年10月19日

勇気もらった仁比さん、ふちせさんの演説

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勇気もらった仁比さん、ふちせさんの演説
19日の演説会は、会場いっぱいの参加者(約130人)で、しかもふちせ候補、仁比聡平参議院議員の訴えが共感と確信を広げるものになりました。

感動のバロメーター、たくさんの会場募金
どんなに参加者が感動と勇気をもらったのか、寄せられた会場内での募金額に示されています。主催者の私たちがびっくりするほどの額です。…万…千にもなりました。ご協力くださった皆さん、ありがとうございました。

凛として、清潔感あふれる、日本共産党らしい候補者、ふちせさん。
最初に演壇に立ったふちせさんは、寄せられている日本共産党への期待を紹介し、「大企業中心、アメリカ言いなり政治の中身を変える日本共産党を大きく伸ばしてください」という訴えは、凛とした気迫と日本共産党そのものの清潔感にあふれたものでした。


圧巻でした仁比参議院議員の日本共産党論
アメリカ発の金融問題の根源と打開策、大企業中心・アメリカ言いなり政治のもたらす国民の苦難。それを日本共産党はどうして打開しようとしているのか。なぜ、日本共産党はそれが可能なのか。日本共産党が伸びれば必ず政治を変えられるという説得力のある話を財源論も日本共産党の実績も紹介しながら、縦横無尽仁比参議院議員はしてくれました。参加者に大きな確信 と勇気を与えてくれた仁比さんに感謝します。
「元気が出た」「こんな演説会なら、夫も無理してでもつれてくるのだった」など感想をもらいました。

2008年10月02日

私も赤旗読みたい、語る会参加者

花高支部主催の「語る会」で読者が増えました2日、花高支部主催の「語る会」で話しました。つい力が入って、しゃべりすぎ。懇談の時間を窮屈なものしてしまいました。主催者に申し訳なかったと反省。ただし、熱意が伝わったのか、「私も赤旗読みたい」との自主的申し出があって救われた思いです。
入党の訴えもしました。支持拡大のご協力もしました。「どうでしたか」とこれからもとことん後援会員に頼ってゆきたいと思います。

2008年09月29日

議員団みんなで街宣しました

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北部地区議員団会議と一斉街宣
28日、議員団会議開きました。みんな9月議会では住民要求実現向けて頑張った報告がありました。中心議題は、総選挙に向けて議員のもつ特別の役割を発揮するために7中総全面実践でした。石川地区委員長からは、地区内の生き生きした取り組みの報告がありました。
私は、「議会活動において頑張った今までの苦労や努力を実らせる、決着をつけさせていくのが総選挙での日本共産党の躍進、勝利です」と発言。お互いの奮闘を確認した会議になりました。

2008年09月28日

マスコミが佐世保市議会をきびしく批判

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的確なマスコミの市議会批判
27日の長崎新聞が、佐世保市議会の態度に対してきびしい批判を行っています。ズバリ核心をついた内容になっています。

米原潜放射能漏れ事故について
見出しに、「臨時会の勢いどこへ、安全確保に消極意見も」とあります。臨時議会で採択した市議会意見書を、「安全性が確立されなけば、入港を安易に認めるものではないと踏み込んだ意見書」「基地容認、反対の立場を超え、市民の安全第一を強く訴えた内容」と評価したうえで、その後の議会の議論はどうなんだという記事になっています。
その事例として、会議の期日は決まっているのに会派内の取りまとめもされていないこともあった、意見書への回答にどう対応するのかという議論にまで進展しなかった、逆に、意見書に回答を求めるかどうかにまで話がさかのぼった、などなどを紹介しています。そして、同記事は「米の『軍事機密』のハードルは確かに高いだろうが、市民の安全を勝ち取ろうとの意気込みは感じられなかった。放射能漏れに関しては、…米の回答とともに、市民の代表としての市議会の動きにも厳しい視線が注がれている」と結んでいます。

競輪場不祥事件について
競輪場問題の真相解明求める、百条委員会設置動議が4対31で否決をほうどうしたうえで、「この結果、議会がどういう形で全容解明を進めるのか不透明になった。」と懸念を表明。そして、行政に対しても「組織的な不正を認めている以上、市民にすべてを明らかにし再発防止と信頼回復を図るべき」と注文をつけ、「そのためにも議会の徹底した追及を求めたい」と指摘しています。

議会の一員として、本当に恥ずかしい思いですが、現状の佐世保市議会の実態は、これらの指摘通りです。世論と運動、論戦を通じ、是正させるためにさらに頑張る決意です。

2008年09月12日

熊本・田辺ダム建設反対を知事が表明

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11日、本会議ありました。2007年度企業会計決算(上水道、下水道、病院事業、市バス事業)議案です。石木ダム推進の水道事業会計決算認定に反対の討論行いました。
今朝知ったのですが、熊本の田辺ダムに熊本県知事は反対の態度を表明を行っています。
いい知れぬ共感を覚えました。
以下、討論内容です。


水道事業会計決算認定に反対の討論
平成19年度(2007年度)水道事業会計決算認定に反対します。理由は石木ダム建設事業推進です。
平成19年度においては、全体で5億2000万円、内佐世保市がダム事業費1億8408万、水源地域ダム対策費3225万円、事務所派遣人件費1723万7000円、合計2億3356万7000円を投入しています。
その結果、平成19年度までの事業費投入総額は、128億7370万円、うち佐世保市は57億7872万円のお金を投入したことになります。
予定総事業費285億に対し、128億の投入で、事業費ベースの進捗は、45.2%に達しました。
それでも、用地補償契約121世帯中99世帯(81.8%)、家屋移転補償においては67世帯中54世帯(80.6%)にとどまっています。30数年の年月をかけ、機動隊導入強硬手段や、賛成すれば、正規の移転補償以外に、3億円という膨大なお金を提供するという誘導政策をとってきました。
それでも、なおかつ13世帯、19.4%、約2割の反対地権者を残しています。この数は大きいものです。
しかも最後の水没地権者の同意者は平成15年(2003年)です。この5年間一人の同意者も新たに増えていません。そしてこれから先、同意者が増える見通しはまったくありません。完全に暗礁にのりあげてしまった状況になっています。

こうしたなかで、打開するためには強権発動しかないという動きが強まっていることを懸念します。
事業者の長崎県知事は、県議会答弁で強権発動の可能性を否定しませんでした。
条件付賛成者住民、協力感謝金もらえる住民の人たちが、認可申請するように県庁まで出向き陳情する動きがあっています。事業認定されると、土地収用法に基づく用地の強制収用が可能になります。あけすけにそのねらいを「話し合いで円満に解決する芽はない。膠着状態を打破するため」と語っておられるとおりです。

状況は緊迫してきました。人権と民主主義が問われることになってきました。
反対派の人たちは今まで、外部団体の交流は控えておられました。こうしたなかで、はじめて外部との交流が、この8月9日、福岡でのシンポジウムを機に始められました。
この時、反対派住民の声を聴かれた、専門学者や全国の人々は、「40年も前から受けてきた人権蹂躙のひどさに驚いた」として、石木ダム建設反対の支援に立ち上がることになりました。
さっそく、九州住民ネットワーク準備会は、9月7日に現地調査や集会開催、そして翌日には長崎県と川棚町に対する申し入れ行動を起こすまでになりました。
利水、治水の専門家、今本京都大学名誉教授、萩野大阪府立大学名誉教授らもそれぞれの立場から講演も行うだけでなく、一連の反対行動にも参加されています。
こうした申し入れのなかで、
「世間ではその人が嫌と感じれば、その行為をセクハラという。セクハラは犯罪である。しかるに知事、佐世保市長、町民を守るべき川棚町長も犯罪者と紙一重の行動をとっている。私たちはこれ以上犯罪者を増やさないよう接触を断った。もういい加減あきらめて、そっとしてほしい」という住民の声を紹介しています。

また九州ネットワークの申し入れは、「事業はもう半分まできているから、Uターンはもうできない」という県の発言に対し、「嫌だ、出て行ってくれ」という他人の家に土足で入り込んでおいて、半分まできたからもう出てゆかない」とはいったいどういう感覚か、ときびしく断罪しています。

私は、事業主体の長崎県に対して、今までの自ら誤った政策判断を正当化させるために、強権を発動させることは絶対にすべきないこと、佐世保市もまた、これに協力加担すべきではないことを申し述べておきます。膨大な時間と税金の浪費につながりかねない、そしてかつての仲のよかった住民の間に深刻な対立を持ち込んだ、石木ダム建設は直ちにいったん白紙に戻すべきであること、反対派住民も白紙撤回しさえすれば、いつでも話し合いに応じるという態度をとっているわけですから、白紙撤回、そして話し合い、そして水資源確保の可能性の道を探求するということ、
そしてそれこそ、石木ダム実現のを現実的可能性の政策判断であること、そのことを申し上げ、決算認定反対の討論を終わります。


2008年08月28日

われわれこそ伊藤さんの遺志をしっかりうけつごう

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写真は今年1月25日、インド洋に向け出港する補給艦「おうみ」に向かって抗議しているもの。

教訓をはきちがえるな
町村官房長官、「伊藤さんの遺志を継いで、いっそうテロとの闘いを」

ペシャワール会の伊藤さんの遺体が確認されたといいます。かえすがえすも残念です。気高い崇高な活動が、こんな形になって、言葉もありません。
ご遺族の方、ペシャワール会関係者の無念さはどれほどのものでしょうか。またたくさんの国民もまたこの事件に心を痛めています。
こともあろうに、町村長官は「各国は(アフガンでの)テロ対策に力を入れ、努力を増大させている。日本がテロとの戦いの戦列から脱落するのは、国際社会の動きと反する」と述べ、また「(延長法案の)修正については、与野党の協議で前向きな対応が合意できれば歓迎する」と述べ、民主党に協議を呼び掛けたといいます。 こうした状況を逆用して、テロとの闘いにいっそう日本が加担しようとしています。

反省すべきは誰か
ペシャワール会や他のNGO活動を困難に追い込み、このような犠牲者を出した、最大の要因は、軍事力の行使であり、これに日本が積極的に加担したからです。
戦争が始まって7年、テロはいっそう増大し、戦争と軍事力では問題は解決できないこがはっきりしてきました。このことこそ、教訓にすべきです。
それを直視できず、いっそうアメリカの戦争支援に日本が加担していく町村氏の立場は、「伊藤さんの意志」を真っ向から踏みにじるものです。

分岐点
町村氏のあおりの方向で世論を広げるのか、卑劣な策動として批判の世論を広げるのか、今また一つの分岐点に立ったといえます。
我々佐世保の平和団体は、2001年11月以降、この7年間、何度も何度もインド洋派遣の自衛隊艦船の出港に抗議してきました。
我々こそが、伊藤さんの遺志を受け継ぎ、インド洋派遣の自衛隊艦船の出港を食い止める、新テロ特措法延長を許さない運動を強化してゆかねばなりません。

2008年08月25日

過去最高の参加者に大盛況。

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第46回赤旗囲碁将棋大会・長崎県北大会
過去最高の参加者に大盛況。赤旗囲碁将棋大会が労働福祉センターで開かれました。女性や子供さんの参加も目立ち、昨年の110名を上回り、136名の過去最高の参加者でにぎわいました。
佐世保の大会には、将棋の深浦王位も小学生の時参加した歴史もあります。囲碁でも溝上8段が、大会参加の子供たちを激励する援助をしてくれるなどの、深い関わりを特徴としています。
今回も、地元将棋愛好会、囲碁関係者の方々の参加、運営など全面的な協力のもとでおこなれました。
佐世保のトップ級の実力者がほとんど参加
囲碁の野込先生があいさつで「この大会の女性の部には、佐世保のトップ級の実力者がほとんど参加されており、こんなことはこの大会だけです」と紹介されていましたが、参加状況をみてなるほどと納得しました。
参加者とご協力くださった皆さんに感謝申し上げます。
共産党も国会議員30人ぐらいもたんば
主催者あいさつしましたが、それを受けて「共産党も国会議員30人ぐらいもたんば」という激励の声があったそうです。
上位入賞者の県大会での健闘を願います。

2008年08月14日

初孫と五カ月ぶりに再会

初孫との再会
お盆で三女夫婦が帰省しました。今年3月8日生まれの初孫と5カ月ぶりに再会できました。名前は「幸平」です。娘夫婦が、平和で幸せな人生をという願いを込めてつけた名前です。いっきに我が家の主人公です。泣いても笑っても、一挙手一動、そのたびに家族全体の笑いをもたらしてくれます。犬には愛想がよいのですが、「じー」が抱き上げようとすると悲鳴を上げて泣き出します。「すぐになれますよ」と娘婿が慰めてくれますが、それでも納得がゆきません。しかし、時間もお金もかけてよくぞ帰省してくれた娘夫婦に感謝しています。

2008年08月01日

単に職員の不祥事件で終わらせてよいのか

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佐世保競輪事件
佐世保市競輪事務所前職員Aに対して、佐世保市は、とうとう業務上横領容疑で刑事告訴しました。本人は、裏金をつくったことは認めているが、市当局は主張する私的着服はなく、すべて競輪事業のために使ったと述べており、双方の主張は大きく違っています。
当初は、当局は裏金の存在をも否定し続けてきました。本人は前任者から、裏金つくりのノウハウを学び引き継いだと主張していました。
この間所管委員会(企業経済委員会)の全容解明をもとめる審査が継続的に続けられてきました。30日開催の委員会で確認できることを整理しておきたいと思います。

30日の委員会までに確認できること
1、 市は業務上横領で職員Aを告訴した。
2、 市は、競輪所において、裏金づくりが平成8年、9年段階から始まったことを認めた。
3、 職員Aは、このやり方で自らも裏金づくりに着手し始めた。
4、 不正につくった裏金を、当局は、ごく一部は競輪所のために使っているが、大半は私的に使った(着服横領)したと明確に述べ、職員Aの主張とは食い違ったままである。

現時点で未確認だが、これから確認されるべきこと
どうして裏金つくりが始まったのか。平成10年、11年立て続けにふるさとダービーの誘致に成功し、14億5000万円もの一般会計に繰り込んでいる
が、このダービー誘致の営業活動資金として、職員Aの前任者が持ち込んだのではないのか。

前任者は、そのため、最大の功労者としての評価を市当局から得ているが、その評価は果たして妥当なものだろうか。

ふるさとダービー誘致で最大限の利益をあげることは、当時の国際大学開学支援の財源として当時の競輪所に課せられた使命でもあった。これにこたえるべく前任者は「東奔西走し誘致に努力した」(本会議での助役の評価)のではなかったのか。

競輪事業に過大な財源つくりを期待した、ここに事件のひとつの要因があるのでは。

当時の長崎国際大学開学支援に佐世保市は異例にも35億円もの財政支援し、そのうち10億円が競輪事業のもうけによる事実が雄弁に物語っている。佐世保市の大方針にそって、現場(競輪所)が必死のあまりルールを逸脱したのではないのか。

職員Aが裏金をつくって、使途不明金を出し、公金に損失を与えていることは許されないし、その真相と責任は明らかにされることは当然です。しかし、現在の佐世保市は職員Aの追及には力を入れているが、この事件を生み出した背景と市当局自身が問われるべき課題については、この間徹底して真相隠しに躍起になっているように思われます。決して個人の不祥事件で幕引きされるべき性格の事件ではありません。佐世保市行政の根本的あり方に深くかかわる問題です。
さらに議会(企業経済委員会)の責任は続きます。

2008年07月31日

漁師がいなくなる、食卓に魚がなくなる

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待ったなし、漁業者、農業者への原油高騰対策
悲鳴の声があがる

29日、中央卸市場運営協議会が開かれました。協議会は生産者団体、卸売業者、仲卸売り業者、商業関係者、消費者代表、学識経験者などで構成されています。
議題は三つありました。魚市場会社の07年度事業結果と08年度事業計画、などです。
印象的だった生産者関係者の発言

漁協代表者は、「漁業後継者の心配どころか、現役の漁師が次々と廃業に追い込まれている。10年後には漁師はいなくなる。食卓には魚がなくなるのではないかと心配している」と語っていました。
農協代表者も、「原油高騰は農業にも影響は大きい。油だけでなく、肥料も6割、7割もあがっており、やってゆけない」との発言がありました。

タイムリーな共産党国会議員団の政府要請
同日の赤旗一面報道で、日本共産党国会議員団が「投機規制し直接補てんを」求める政府交渉をおこなったと紹介しています。
1、 国際的な協調の力で投機マネーを帰省するための実効ある行動に踏み出すこと。
2、 投機マネーの規制で価格引下げが実現するまでのあいだ漁業者、農業者などに対する直接補てんの措置をとれ。
というものです。まったく切実な国民要求にこたえたタイムリーな国会議員団の申し入れです。
なのに、政府はなかなか国民の声にこたえようとはしていない、一方ではただで油を提供してやる「テロ特措法」成立めざすことに躍起になっています。


2008年07月29日

イラク住民の血で染まった醜悪な形相

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醜悪な形相をした空母レーガン
28日、午前9時20分、佐世保港入り口に、米原子力空母レーガンの巨大な姿が見えました。ホーネットなど核攻撃機などを搭載したままです。どれだけのイラクの人々を殺傷し、街を破壊してきたのでしょうか。罪のない、真夏の強い光を浴びたこれらの姿は、私には、イラク住民の流血に染まった醜悪な形相にしか見えませんでした。
抗議に駆けつけた仲間と、「レーガンは佐世保に来るな」「空母の準母港許さないぞ」「イラク戦争やめよ」のシュプレヒコールをあげました。

二重の悔しさ、こぶしの数を増やしたい
この思いは少なくない市民の思いでもあります。しかし、もっと多くの市民といっしょに怒りの声をあげたいと、今回もまた痛感しました。
限られた抗議場所です。場所をとられないといつもより早く駆けつけたのですが、いつも私たちがおこなう抗議場所には、黒い街宣車(10数台)がずらりと並び、占拠されて舞いました。
その隣り合わせの空母が入ってくるのがみえる場所での抗議集会になってしまいました。場所はとられ、黒い街宣車の数よりも少ない抗議集会参加で、これもまた、空母入港と重ねて悔しい思いをしました。

「傍観もしない」人を増やそう
志位和夫委員長の86周年記念講演の「生きることへの不当な迫害」のくだりを思い起こしました。志位委員長は、「『不当な迫害』に頭を下げない、傍観もしない、不屈にたたかって新しい日本をめざす、そういう生き方にこそ、現代においても最も価値ある人間的な生き方がある」、と述べています。
「傍観もしない」人々を増やす以外にありません。


2008年07月27日

原子力空母寄港反対集会参加呼びかけの街頭宣伝

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原子力空母入港反対の街頭宣伝
26日、日本共産党北部地区委員会は、27日開催予定の佐世保集会参加を呼びかける街頭宣伝行動をおこないました。
寄港慣らしを打破しよう
寄港ならし、核ならし攻撃のなかで、「またか。いつものことだ」というあきらめに雰囲気があるなかで、今回の原子力空母寄港のもつ重大性について、訴えました。

異常な実態、それは過去40年間の原子力空母寄港の歴史を持つが、その総回数は10回。近年の回数が激増していること。3年間に4回。ことになって2回にのぼるなど、「もはや、原子力空母が日常的に入出港する」という事態になっていることを直視しよう。

無法なイラク戦争に協力加担しない
無法なイラク戦争に参加し、無差別爆撃をおこなうなど、イラク国民を殺傷してきた血まみれの部隊の入港であり、佐世保でのしばしの休養の後、またイラク戦争に出撃していくということ。無法な戦争に加担を迫ることではないのか。これを許せるのか。

非核三原則を空洞化させない

核攻撃機を搭載した原子力空母であり、核持込疑惑の濃厚な入港であること。非核三原則の空洞化を許してはならない、今2010年NPT国際会議を前に核兵器廃絶の世論と運動が前進しているなかで、被爆国日本政府こそが、「非核日本宣言」を行い、廃絶を現実のものすべき絶好の情勢を迎えているとき、この期待に背を向けることになる、

横須賀市民に連帯しよう
原子力空母母港化を押し付けられようとしている横須賀市民は、住民投票条例運動を二度にまで成功させ、7・13全国大集会を成功させるなどの闘いに連帯していくうえでも大切な佐世保集会になろうとしている。

などなど、佐世保市内各地で訴えました。時折、拍手や車からの激励を受けることもありました。


2008年07月26日

寄港の意義に期待とはどういうことか。

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25日、佐世保市長に原子力空母レーガン佐世保寄港反対の申し入れをおこないました。申し入れには、原水協加盟団体代表の方も参加。
佐世保市は末竹副市長、原口基地政策局長が対応。そのスタンスは国策に協力する立場。安全性については政府が一貫して使用しているとしている。事件事故がないように米軍には強く申し入れるというものでした。

重大な市長コメント市長は、「今般の寄港が、意義あるものとなることを期待」を表明しています。「国策だから仕方がないという方針」から、自治体としても「積極的に米世界戦略を支持・協力方針」への大転換といわなくてはなりません。私たちは市長の「期待表明」に強く抗議するとともにそのコメント撤回を要求します。

佐世保市の回答
今回の入港に「一定のプログラム」があって、友好・親善のひとつとしてボランチィア活動など組み込まれていることから、そうした友好・親善についての寄港の意義に期待するということだ。

空母の寄港の本質的目的は、友好・親善などではありません。イラクやアフガンの人々を殺戮し他国を侵略する軍艦などとの友好・親善など真っ平ごめんです。彼らとて、準母港にしてゆくうえで、安定的に入出港できる環境を整えるための「柔軟なポーズ」つくりにほかなりません。

申し入れ文書佐世保市長 朝長則男 様
原子力空母レーガン佐世保寄港反対の申し入れ
2008年7月25日 原水爆禁止佐世保協議会理事長山下千秋 
佐世保市平和委員会会長篠崎義彦
原子力空母レーガンが28日に佐世保寄港するという連絡に接しました。今年2月にも原子力空母二ミッツが入港したばかりです。首都圏横須賀に原子力空母の母港にする、もう1隻の原子力空母を西太平洋に常時展開させるという、米海軍戦略の具体化をあくまで進めるという狙いです。
原子力空母ワシントンの事故、横須賀市民をはじめ首都圏住民の強まる反対運動と世論の前に米軍は、横須賀母港化シナリオは、一定の困難に直面しています。その分、佐世保に寄せる期待はいっそう強まっています。24日には、米軍支援のために海自補給艦「はまな」、護衛艦「ゆうだち」がインド洋派遣されました。そしてワシントンの代役をになう今回のレーガン入港です。
佐世保への原子力空母への再三の入港は、佐世保市民にとって、5つの重大な危険をもたらします。
第一に核事故の危険です。第二にただでさえ強襲揚陸部隊配備で殴りこみ基地化されているのに、さらに空母打撃群まで加わった米世界戦略の最先端の殴りこみ基地化の危険です。第三に米軍基地の恒久化の危険です。第四に米軍犯罪の拡大の危険です。第五に核持込・非核三原則空洞化の危険です。
佐世保市民の安全安心を守る立場から、非核三原則を厳守させるために、また基地強化を許さないために、原子力空母レーガンの佐世保寄港に反対の立場を明確にし、政府に対し原子力空母入港に協力できないことを申し入れるよう要請します。
また、つい先ほど、市長コメントが明らかにされました。「今般の寄港が、意義あるものとなることを期待」を表明されています。「国策だから仕方がないという方針」から、自治体としても「積極的に米世界戦略を支持・協力方針」への大転換といわなくてはなりません。私たちは市長の「期待表明」に強く抗議するとともにそのコメント撤回を要求いたします。

要請事項
1、 核兵器搭載していない証明がない限り、入港を認めないよう政府に申し入れすること。
2、 核兵器廃絶のためにも、政府に非核日本宣言をおこなうよう申し入れること。
3、 米軍犯罪、事故防止のために万全を尽くすこと。
4、 市長の「期待表明」コメント撤回を強く求めます。


2008年07月18日

佐世保市民にこそ受け止めてもらいたい、この現実。

佐世保市民にこそ
先週、高知県の方々が佐世保基地調査されました。その際案内役をさせてもらいましたが、そのお礼と感想のメールをもらいました。紹介したいと思います。
佐世保の冷厳な事実を直視すると共有できる認識に到達できます。佐世保市民にこそ、客観的に現実に目を向けてもらいたいと思っています。働きかける私たちの側の運動量が足りないところにあると反省するばかりです。
基地調査参加の方からの感想文メール
前略ゴメンください。

私たちの御地訪問に際しては、暑い中ご多忙にもかかわらず
たいへん丁寧なご案内をいただきありがとうございました。

先日も申しましたとおり、イージス艦宿毛寄港の日
山下様のお話を拝聴し、これはぜひとも見なければ
と考え、この旅に参加した次第です。

私は、勤評闘争の時代に小学・中学時代を送り、
学テと東大生・樺美智子さんの死は中学校のときでした。
さらに、東大安田講堂の壊された日には、テレビでその模様を見ておりました。

こういう時代を生きてきて、
教師としてはかなり抵抗姿勢を持った生活を送ってまいりました。
御地を訪問して初めて
私は日本の実態を知らなさ過ぎることガ分りました。

「佐世保市が本当に日本なのだろうか、佐世保市民はアメリカに住まわせてもらっているみたいだ」
正直、このように思います。

今日中に、このツアーの感想を書かなければなりません。
パソコンに向かい心を支配しているのは、
この現実の中にいる教師たちは、現実をどのように捉え、どのような教育をしているのだろうかということです。
日本人として当然保障されている基本的人権はどのように守られているのでしょう。
イージス艦の横付けになっている場所の道路の使用制限、
ドックに日本人が金を払って使用させてもらっていること、
高速へのアクセス道路を作るための理不尽な措置、
基地返還にいたる代替地の準備
事件の起り方、対応の仕方
漁師さんたちの仕事場、
佐世保港湾にある弾薬庫や給油庫
戦争を背負っている軍艦、人を殺した戦地から戻った兵士の姿
或はアメリカ軍の宿舎等々
どれをとってみても我々民間人の生存権が守られているとは思われない実態を
学校はどのように受け止め、どのように教育を進めていっているのでしょうか?

良心的な教師ほど苦しい教育活動を行っていることでしょう。
そrを思うと胸が張り裂けそうです。

私は、名刺を持たないものですから、
どこへ行っても人様とのつながりがもてません。
平和委員会へ佐世保の平和委員会の住所を聞こうと思いましたが、
まどろっこしいので佐世保市議会議員さんでネット検索させていただきました。

ブログもおありのようですから、今後はそちらにアクセスさせていただきます。

これまでの不勉強を反省して学ばせていただきます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

向暑の折、健康に留意されお励みください。ありがとうございました。

2008年07月09日

佐々町での平和行進

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佐々町の平和行進、佐々町長と懇談
8日、県原水協の方、仲村佐々町会議員などといっしょに関佐々町長さんを訪問し原水禁世界大会、国民平和行進への賛同要請をおこないました。
関町長は、核保有大国、特にアメリカの態度をきびしく批判され、見識を披露されました。「自分たちはしっかり核兵器を保有し、ほかの国々へは『持つな』では、理屈がとおらない。核兵器をほんとうになくすというのであれば、自分の国の核兵器をなくすというのでなければならない」ときっぱり述べられました。この世論を広げたいものだと思いました。
佐々町役場を出発にするにあたり、わざわざ玄関まで、平和行進を見送りまでしてくださって、同じ首長でも佐世保市長とはえらいちがいだなとふと思いました。
佐世保市長は今まで歴代市長が平和行進への賛同署名、賛同募金に協力を続けてこられた中で、今年からその協力を拒否したのです。

温かい沿道の声援
佐々町の皆さんは、私たち行進団に笑顔で、また「熱いのにごくろうさんです。がんばってください」などとたくさんの励ましの言葉をかけてくれました。

2008年07月04日

6月定例市議会が終わりました

8回の質疑、討論に立ちました
7月3日、会期26日間の6月定例佐世保市議会が終わりました。最終日、委員長質疑、7回の反対、賛成討論に演壇に立ちました。

傍聴席でのハプニング
私の討論に傍聴席から拍手、非核日本宣言もとめる請願を不採択にした議会に罵声を浴びせる人が表れ退場させられるというハプニングもあったようです。

市民税も年金天引きする条例改正、大企業優遇の固定資産税免除を持ち込む条例、さらに市町合併を推進する一般会計補正、裏金の全容解明されていない競輪事業補正予算などの問題について反対討論を行いました。

民主党の態度の変化は世論の広がりによって
市民が提出した、非核日本宣言を求める請願、最低賃金の大幅引き上げと中小企業支援を求める請願、後期高齢者医療制度中止・廃止を求める請願に賛成の討論を行いました。

後期高齢者については。昨年9月、12月の定例、今年3月、そして今回の6月立て続けに4回の請願が持ち込まれました。切実な市民要求だからです。民主党の態度が面白いものです。最初は、他の保守会派とまったく同様の態度。次には中央の民主党と地方はちがうといって請願に反対。今回は請願の趣旨には異論があるが廃止という点で賛成。このように変化してきました。ここには世論の広がりに押されてきた経過が見られます。

これも佐世保における力関係なのでしょうか。
長崎市議会は暮らし、平和の二つの請願を全会派一致で

後期高齢者医療制度中止、非核日本宣言という暮らしと平和の問題について、長崎市議会は全会派一致で採択、ところがわが佐世保市議会は賛成少数で不採択。ほんとうに悔しいです。

2008年06月18日

市役所ロビーで佐世保空襲展示

佐世保空襲写真展示が始まりました。
1945年6月28日深夜から29日未明にかけて、佐世保は米軍による大空襲によって壊滅的打撃を受けました。死者1200名を超え、被災戸数は6万戸にのぼりました。先だっては大空襲を語り継ぐ会が市民団体の手によって開かれました。
今度は佐世保市が市役所ロビーにその当時の写真を展示して、戦争の悲惨さを市民に伝えていく取り組みがなされています。
若い人たちも、「佐世保でもこんなひどいことが現実に起きたんだ」などと、新鮮な驚きで見入っている光景も見られました。

2008年06月17日

嬉しいメールもらいました。

全商連商工新聞一面に紹介された竹本さんの手記がメールで届けられました。民商に入っていてよかったという思いがよく伝わってきます。最近も仲間づくりでがんばっているご様子も伺っています。一人がみんなのために、みんなが一人のために、ぬくもりのある活動に勇気づけられます。
助け合いの共済を守れ
長崎・佐世保民商
早岐(はいき)支部 支部長
竹本 廣さん(64歳)中華料理店

私は5年前に、保健所で取り組まれた民商の集団検診で、前立腺がんが発見され手術を受けました。その後病院に定期的に通院し、早期発見だったこともあり、今ではおかげで完治することができました。
それまでは、なかなか一人で健診は受けなかったのですが、仲間といっしょなら受けやすいと思い、軽い気持ちで受診しました。
つくづく民商の集団検診のありがたさと、早期発見の大切さを感じました。
また約20年前、民商に入ったばかりのころ交通事故にあい、半年間ほど休業しました。その時共済会から入院見舞金をもらいとても助かり、民商に入ってよかったと思いました。
私は支部長をしていることもあり、支部では役員会や班会などで、「病気が見つかっても早期発見だったら直るので、民商の集団健康診断を受けた方がいい」と、私の体験談をことあるごとに話したり、家族加入ぐるみでの共済会加入も訴えています。
また支部の仲間と親睦を深め合ようと、近くの小学校の体育館を借り、共済会にも協力してもらいミニバレーに取り組み、汗を流した後には、私の店で食事会をしています。今年はボウリング大会を企画しています。
民商活動は元気の源です。共済会活動を通じ団結を深め、仲間を増やす取り組みに一役買いたいと思います。

2008年06月14日

6月定例市議会が始まりました

13日、定例6月市議会が開会
後期高齢者医療制度廃止、核兵器廃絶など市民運動と結びついた攻勢的な議会活動をやろうと構えて議会にのぞみました。
初日の本会議では、さっそく、上程された議案に対し、以下の項目で議案質疑をおこないました。
議案質疑の要旨
中学校給食について

1、 なぜこの3校を選定したのか。
2、 この3校は本格実施の一環なのか。それとも、この3校は試行的なもので、結果としては形態等また変更ありということなのか。
3、 親子方式という形態だが、残りも同様の考え方か。
4、 完全実施までのロードマップを示せ。

アスベスト問題について。
また出てきたという印象です。昨年6月議会でも出てきました。なんと質疑やったかといえば、「平成17年にクボタの問題が起った。そのときに議会でも議論になった。私はてっきり、その時点で佐世保市内の建築物については、アスベスト問題は解決していたと思っていた。だから今回の補正を見て違和感を覚えた。命と健康、安全・安心の問題だ。なぜ2年おくれなのかその経過、今回の補正予算の内容、そしてこの後のつながりをどういうふうに展望されているのか、明らかにしていただきたい」こういう趣旨の質疑を行いました。
これに対し当局答弁は
「公共施設の直接的に飛散性があるアスベストについては除去されております。
 ただ、例えば床の材料などにもアスベストは含まれておりますが、解体などそういう形でなければ飛散性はないということでございますので、直接的に飛散性があるものについては除去されている」
ということだった。
①結果調べてみると春日小、花高小、日宇中、南地区公民館にアスベストが含まれている材料があった、したがって今回それらを除去するのだということか。

②もうほかにはないのか。これで全部ですね。
③予算化したものは、世知原中の武道館、本庁舎の二箇所あったが、この分の工事除去は完了しているのですね。

④財源の問題、今回地方債で財源をまかなうとしていますが
平成17年度に質疑した。本来国の財源措置を求める、特別交付税を求めるなどの答弁があった。求めたけれども結果はどうなったのですか。

宇久ターミナル購入の件について
1、なぜ、購入する必然性があるのか。
2、購入する、取得するということになれば、その後の維持費は毎年どの程度の支出が見込まれるのか。

市町合併
1、 予算措置として、3450万円の計上。負担金、事務費などだと思うが、負担金は1市2町、それぞれどうなっているのか。その基準はどんな考え方になっているのか。佐世保市の推進経費、それぞれの町の推進経費はどうなっているのか。
2、 優遇措置のための期限に切迫された市町合併の進め方の感が否めない。住民納得と合意形成優先の原則から外れているのではないのか。
3、 何のための、誰のための市町合併なのか。合併して市民の暮らしはどんな風によくなるのか。合併の大義はどこにあるのか。
4、 中核市への道筋をどのように描いているのか。
5、 佐世保市民の意見を集約する努力はしないのか。

国際航路の開設について
(1) 国際航路開設で観光客誘致をはかる、大いに結構な計画だが、計画性の問題、透明性について疑義がある。
県観光推進本部と連携し、平成19年8月から韓国の釜関フエリーと協議を重ねてきた。平成20年2月20日に県・市・釜関フエリーとの相互協力の覚書を交わした。
① いつ、どこで、どういう形で協議が始まったのか。
② 総合計画になぜ盛り込まなかったのか。
③ 覚書の内容はどういうものか。
(2)本格的な国際航路開設のためには、岸壁整備の必要があって、今回の調査費計上ということになった。その間暫定的に三浦岸壁使用という方針のようだが、それはもう関係者は了解済みか。それが使用可能であれば暫定といわず、本格的使用にすればよいではないのか。
(3)調査費が4100万円。浚渫工事自体をおこなうとなったらどれぐらいの事業費になるのか。おおよその目安はもっているはずだろうから。
(4)航路開設、その維持のために財政負担はどうなるのか。

市税条例改正について
1、 第21条2、第21条の3、第21条の4に該当する市民はそれぞれどれだけおられるのか。
2、 年金天引きで市民税もということだが、「特別徴収対象年金所得者」という規定がされている。対象者はどれだけか。
3、 「年金所得に係る特別徴収税額」はいくらになるのか。
4、 これから65歳以上の市税天引きということになれば、介護保険、10月からの前期高齢者の国保税天引き、重なる対象者はどれだけになるのか。
5、 さらに後期高齢者でその保険料年金天引き始まっている。この部分と重なるひとはどれだけになるのか。

水槽付ポンプ車購入の件これで、総務省が示している佐世保市における消防力整備指針に照らして、施設・装備面での達成状況はどこまで到達することになるのか。人員も含めて明らかにされたい。

ごみ有料化制度の見直しの件について1、 現在、基地外住宅に居住する米兵家族が一定数いる。彼らの排出するごみ有料化と今回の見直しの徹底はどのようにしてはかるつもりなのか。
2、 搬入有料化見直しが、コスト負担の公平性を論拠にして行われている。基地内家族住宅から排出されるごみ処分に対するコスト負担の公平性は問題にしないのか。

2008年06月13日

排除の論理がのりこえられる

北地区公民館障害学習協議会顧問就任について
排除の論理が取り除かれる

08年度北地区公民館生涯学習協議会総会が開かれ、来賓として招かれました。同時に顧問という役職の要請を受けました。新しい役員体制になって、なぜ共産党の山下市議は顧問になっていないのかということが事前の役員会で話題になったそうです。
顧問選定は協議会会長の諮問によるという規定によって、今までの会長さん(前民社党市議)の意向にそって、前市議の後継者市議さんらに顧問役が回っていたそうです。
今年度からの新しい役員体制のもとで、「同じ地域出身の市議でもある山下さんに顧問就任依頼していないのはおかしい」ということになり、協議会規約そのものの顧問選任基準も明確にする規約改正して、要請しようということになった経過が明らかになりました。
10数年ぶりの長い期間がかかりました。共産党排除の不合理な実態が住民自らの自治活動のなかから改められたのです。時代錯誤の矛盾が今尚広範に深く残る基地の町佐世保の中で住民とともにひとつひとつ乗り越えてゆきたいと思っています。

2008年06月10日

次女の婚約者の家族といっしょに

新しい親戚といっしょに
次女の婚約者のご両親、祖母の4人を歓迎しました。東京(ご両親)、大分(祖母)からで、それぞれ佐世保は初めてのことだそうです。どこがいいだろうと思案しましたが、九十九島、ハウステンボス、平戸、唐津などなどの候補の中で、やはり九十九島をベースに案内コースを確定。九十九島の風景には「感動しました」との感想をいただきました。娘と人生を共にする彼がどんなご両親のもとで育てられたのだろうか、向こうの方もそんな思いであったことは間違いないことだったでしょう。
若い二人をだしにいろいろと話がはずみました。結婚式の日取りも決まりました。
若い二人の新たなスタートが、周りの祝福のなかで始まることはなによりです。アー、新しい親戚になるのだなーという思いがよぎりました。

2008年06月05日

初めて知りました。好評だった国保学習会

国保学習4日、佐世保民商での国保学習会に、講師で招かれました。複雑さと数字の入る課題でもあるので、なるだけわかりやすくと思って、パワーポイント活用して講義にのぞみました。
事前の資料等の整理の甲斐あって、「わかりやすかった」「自治体の背後に国の問題があるのだ。さらにその背後に財界後押しの自公政権の問題があることがよくわかった」など講師の意図した期待にそう感想が寄せられました。

出口は総選挙で「高すぎる国保税、きびしい徴税攻勢と制裁措置、何とかしてもらいたい」これが後期高齢者医療制度と同様に切実な熱い住民要求です。問題の所在の背景と根本的問題の解決に接近するためには、何が必要か、選挙での共産党躍進を訴えています。
事務局からは、次の共済会総会でもという依頼があり、また別の支部長さんから今日来ていない仲間たちにも聞いてもらいたいと思うので、支部学習会にもきてもらいたいと、依頼を受けました。忙しくなりそうですが、チャンスでもあります。

2008年06月04日

命の教育、反対派住民への態度、高齢者差別制度

心痛む石木ダム建設容認住民の総会決議
新聞報道によると、5月30日、石木ダム建設容認住民の皆さん方で組織されている石木ダム対策協議会総会が開かれ、金子知事と佐世保市長に、国へのダム計画の事業認定申請を急ぐよう働きかけることを決めたとのことです。
事業認定は、土地収用法に基づき用地の強制収用を可能にする手続きです。胸の痛みを禁。じえません。
容認派の皆さんが、その移転保障等々で当局に陳情されるのは理解できます。しかし、ダム建設推進を住民の皆さん方が、陳情するというのは、とても理解しがたいことです。
ダム反対派住民の皆さん方の思いはいかばかりか、とても残念です。反対派住民の皆さん方は、「住みなれた郷土に住み続けたいだけだ」とおっしゃっています。その気持ちを尊重することこそ、民主主義の基本ではないでしょうか。
住民対立をここまで持ち込んだ長崎県に対して、心からの憤りを覚えます。
この総会に県職員も市職員も来賓として参加していたといいます。

命の教育をいいつつ、姥捨て山制度、反対派住民への冷酷な態度
おりしも大久保小事件から4年。命の教育がさかんにいわれています。相手の立場を尊重せよとも子どもたちにおっしゃっています。また、一方では高齢者に対し、75歳で選別し、財政のために命と健康をないがしろにする後期高齢者医療制度というひどい仕打ちをおこなっています。
子どもたちへの命の教育、一方で石木反対派住民、高齢者に対する仕打ちのこの落差は暗澹たる気持ちにさせます。金子県知事、朝長市長さんらよ、この矛盾どう説明してくれます。
正義の世論と運動でただす以外ありません。がんばりたい。

2008年06月02日

第43回佐世保民商定期総会に参加

第43回佐世保民商定期総会に出席して
1日、第43回佐世保民商定期総会に来賓として出席。連帯のあいさつをいたしました。全体会議、分散会、そして夜の交流集会と初めて全体を通して参加しました。分散会では傍聴に徹しようと思っていましたが、発言を求められる局面も。党活動にも学ばされることも多く、有意義な一日になりました。
先の全商連の全国大会でも、組織拡大、財政活動などで表彰をうけるなどその活動には、かねてから注目していましたが、なるほどと得心させられました。
佐世保民商のがんばりの一端を見る思い

感想の第一、出席率が90%に迫るという団結力。第二、一人ひとりの率直でリアルな発言。そしてそれを全体で温かく受け止め、認識の一致を集団的に勝ち取っていく討論のさまなど。
基地をかかえ、反共攻撃の強い社会的条件、格差と貧困が広がり組織対象業者そのものが倒産などで少なくなるとい困難な条件の下でも、なお組織拡大を続けている佐世保民商のがんばりの一端を見る思いでした。対象業者の民商会員比率が12・7%という高さ(ちなみに県都長崎民商の約倍)もすごいと思いました。
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2008年05月29日

イージス艦が佐世保出港。空母キテイホークが離日。

イージス駆逐艦カーチス・ウイルバーが夕刻静かに佐世保を出港
空母キテイホークが離日

5月28日、空母キテイホークが横須賀基地を離れ、アメリカ本国に随伴艦などとともに向かいました。
同空母が横須賀母港任務についたのは、98年8月でした。この10年間、キテイホークがおこなったのは何だったのか。
横須賀基地内での式典でシーファー米駐日大使は、イラク南部監視作戦(サザンウオッチ)、「対テロ」報復戦争、イラク戦争への参戦を繰り返してきた経歴を紹介し、「日米同盟の目に見える象徴だった」と称えたといいます。
いったいどれだけの人々の命を奪い、どれだけの人々の人生を台無しにしたことでしょう。
三度の大規模作戦
イラク南部の「飛行禁止空域」の監視を口実にした爆撃作戦(サザンウオッチィ)
160日間で8800回以上発進。うち1300回以上が戦闘出撃。20トン以上の弾薬を投下。(同空母HP)
同時多発テロに対する報復戦争参加
特殊作戦部隊(600人から700人規模、約20機のヘリコプター)のための洋上前進準備基地になった。
艦載機は15機に限られたものの、アフガニスタン上空を600回以上飛行、うち100回以上は戦闘出撃。FA18戦闘攻撃機が約100個の爆弾を投下。
イラクへの侵略戦争参加
ペルシャ湾展開中に、艦載機は5375回発進。約392トンの弾薬を使用。親弾薬から多数の子爆弾が飛び散り、広範囲に人を殺傷する残虐兵器クラスター爆弾も使用。

米軍の無法な戦争に海自を動員するテコの役割も果たした。
対テロ戦争出撃のキテイホークを海自護衛艦が初めて警護した。この時佐世保でも強襲揚陸艦を海自護衛艦が警護活動をおこなった。
イラク戦争開始に当たっては、対テロ支援をおこなっていた海自補給艦から給油をうけるという脱法行為をおこなった。

今度は原子力空母ワシントンが交代配備
「2、3年」がもう35年になった。1973年当時空母ミッドウエイーが2,3年という触れ込みで横須賀を母港にしました。それがもう35年になりました。さらに原子力空母の母港が始まるのです。米軍のペテン師的手法も腹だたしいが、何一つ抗議もできない日本政府にはなお腹が立ちます。
横須賀住民の住民投票の成功は事故発生とあいまって必ず実を結ぶことでしょう。佐世保でもがんばりたい。

2008年05月23日

憲法守ろうの街頭宣伝

県労連のみなさんと憲法守れの訴え
22日は午後6時から、佐世保市中心街島の瀬公園で、23日は早朝8時から佐世保市役所前で、「憲法守れ」の街頭宣伝、署名、チラシ配布活動を県労連の皆さん方との共同行動をおこないました。立ち止まってしばらく聞き入る市民の姿もありました。署名にも仕事帰りの若い女性やサラリーマンなども協力してくれました。県労連では、22日北松の鹿町、佐々町、平戸市などの自治体首長とも懇談し、どこでも「憲法9条守ることの大切さ」で一致したとお話しておられました。こうした粘り強い活動が憲法守っていく世論を確固としたものにしていくのだなと思いました。
おおいに勇気づけられる活動で、皆さんに心から敬意を表したいと思います。

2008年05月22日

宿毛集会に参加しての感想

宿毛でイージス艦寄港抗議集会
米イージス艦「オカーン」(ミサイル駆逐艦、母港ハワイ=8300トン)が21日午前7時30分、高知県宿毛(すくも)市の宿毛港に入港しました。
 政党や平和団体で構成する「イージス駆逐艦『オカーン』の宿毛寄港に抗議する幡多地区実行委員会」が開いた抗議集会には180人が参加しました。各政党や労働組合、平和団体の旗やプラカードが並ぶなか、「オカーンはハワイに帰れ」とシュプレヒコールをあげました。
 集会で県平和委員会の和田忠明事務局長が「2006年に続き2回目の入港の目的は、宿毛湾を基地化するための調査です。運動を強めてアメリカの狙いを打ち破ろう」と呼びかけました。
私も佐世保から駆けつけたということもあって、あいさつの機会を得ました。
二度目の宿毛入港は、在日米軍再編の一環として重大です。と訴えました。

集会、デモ行進に参加して、驚きの連続でした。
ひとつは幅広い参加状況です。平和委員会や共産党、社民党などの参加に加え、民主党も次期衆院選予定候補を先頭にのぼりを立てて参加。きちんと米艦船入港に抗議するあいさつもおこなっていました。さらに主催者がシュプレヒコールの確認などもおこなっていましたが、そのなかには「安保廃棄」も含まれています。すごいなと思いました。
民主党も安保廃棄のシュプレヒコール
さらにこの共闘を一日にとどめず、恒常的に続けていきましょうという提案にも、参加者が同意を与えたことです。
一日共闘にとどめず恒常的に
これだけの高い政治目標を掲げ、これだけの幅広い共闘が、しかも今後恒常的に進めてゆくというのです。すばらしい。こうした状況をつくりだしたのはなんだろうと思いました。

宿毛市訪問で気づいたこと

宿毛市訪問でわかったこと
21日にイージス艦「オカーン」が入港する予定とのことで、地元平和団体が学習会を開くということで、講演を依頼受けました。せっかくの機会でしたので、受け入れ自治体の考え方などをお聞きしようと事前に宿毛市を伺いました。
入港にいたる経過
5月1日、
在日米海軍司令部の軍事政務官から、宿毛湾港への寄港の打診が市長にあった。同日議長にも訪問があった。回漕店の地元海事代理者が同行していた。
席上、宿毛市長は、「親善と友好目的の寄港であり、断る理由がない。使用許可申請が出れば認める」考えを示す。さらに、「2年前の寄港でもトラブルはなく、治安上の心配はない。経済的効果もあり、寄港するとこととなれば市全体で歓迎したい」との態度表明。
5月2日
高知県から外務省に核搭載の有無について照会。
高知県は「高知県の港湾における非核平和利用に関する決議」をおこなっていて、港湾管理者として核兵器を搭載した艦船の入港を認めていない。
ただし、港湾管理者は高知県だが、施設の使用権限は宿毛市に権限委譲がなされている。
5月13日
外務省からの回答。事前協議がなかったので核の持込がないというもの。
同日、県から連絡を受けた市長は「申請があれば許可したい」と表明。

県内平和団体、政党関係者が「岸壁使用を許可」しないよう申し入れがあった。これに対し市長は1、岸壁が開いている限り許可せざるを得ない。2、寄港が決まれば友好・親善が目的なので歓迎したい。3、基地化、軍港化の考えはない。などの回答をおこなっている。
5月14日
市内の海事代理店から港湾施設の使用許可申請がなされる。同日、施設使用許可書を海事代理店に交付する。

調査課題と注目すべきこと
管理者(高知県)と使用許可者(宿毛市)がいつから、なんの法的根拠でもって変わったのか。
米兵の事故・事件発生はないという想定には驚いた。戦争参加真っ只中の米兵という認識。2年前何もトラブルがなかったことを根拠に、「心配していない」という認識はあまりにも甘い、もし被害者が出たらどうするのだろうと率直に心配せざるをえなかった。
軍港化の危険
2年前入港し、丹念な調査の結果として2度目の入港は、宿毛港の軍事利用を本格的に始めようと方針決定と見るべきだろう。
後背地の土地を「造船会社」が購入したということ。議会に「宿毛湾港利活用推進調査特別委員会設置」したという動きも気になるところだ。


2008年05月19日

会場からの基地調査参加者からの感想

17日(土)、久留米原水協、西彼原水協、地元平和団体共同の海上からの基地調査行動が行われました。参加者からの感想が届けられました。一部紹介します。
地元からの初参加者の感想
この佐世保に多くの基地が点在していることを改めて知るとともに、
新たに基地建設が進められていることを目の当たりにしますと、
このすばらしい自然環境の破壊につながっていることを大変残念に思います。
また、佐世保港の80%を超える水域を米軍が占有しているために、
民間企業や多くの市民が大きな制約を受けていることはもとより、
町の文化的発展と市民生活の向上に寄与する民間活用ができないことにもどかしさを痛感しました。
『沖縄』を思うとき、米軍のわがもの顔による沖縄の多くの地域の占有と、
騒音の振りまきや身勝手な事件、事故を引き起こしていることを考えますと、
沖縄の人たちは何倍も何十倍もあるいは計り知れないほどの苦痛を受けていることだろうと胸が痛みます。

私たちの国であり、私たちの町であるところに、先の不幸な戦争で負けたとはいえ、
平和憲法のあるこの国に、また戦後60年以上も経つのにどうして外国の軍隊が駐留しているのか。
どうしてこの国に軍隊(自衛隊)が、武器が、基地が必要なのかが単純な思いとして納得できません。
防衛費(軍事費)を社会福祉とか教育とか自然環境とかに使うことができれば、
きっと誰もが安心して穏やかで平和な暮らしができると思うのですが。

長く佐世保に住んでいたが、海上からの基地視察は初めて。増強ぶりに驚いた。地元の人にこの現実を見てもらいたいと感じた。
久留米原水協の仲間の皆さんの感想
「佐世保の実態が良くわかった。見てみないとわからないものだ」
「山下さんの熱情のこもった説明に感激した」
「良い企画だったので、予定どうりの参加者を組織すべきだった。今度は地区レベルで大型バスで企画したい」
「船に乗り組む前に、座学を受けたのが良く、実際に見た時にいっそう理解が深まった」
「準備してもらった『お弁当』がほんとうにおいしかった」
河野龍二長与町議の感想(河野さんのブログから)
今日は、朝から佐世保の米軍基地を海上から調査・見学してきました。なかなか、長崎に住んでいながら、佐世保の米軍基地の実態を知る機会がなくて、基地の調査を計画していたところ、ちょうど海上からの調査活動があることを教えてもらって、早速出かけてきました。

実態は本当にひどい!佐世保は葉港といわれ、葉っぱのように入り江が存在し天然の港としてはとてもすばらしく、港の規模も横浜の2.5倍、神戸の4倍、長崎の10倍と広く大きな港の80%以上が、米軍しか使えず、船は米軍の基地が所有する海上は、航行は可能だが止まる事も、魚を釣ることも許されないと、日本でありながら日本人は自由に使えない港です。

また、米軍再編のもとで、佐世保基地も強化がすすみ、新たな弾薬庫、新たな岸壁造成と日本の思いやり予算を使って、工事が進んでいました。

写真は見えにくいですが、前畑弾薬庫ですぐ上には住宅があります。一番近い住宅で10数メートルしか離れていません。倉庫は2種類あって建物型とトンネル型、トンネル型はとても危険な弾薬を収納しているそうで、雷よけの避雷針が針山のように建てられていることが、危険な物だと感じました。

近隣の自治会はこの弾薬庫を廃ししてほしいと訴ると、米軍はこの要求を逆手にとって、ここの弾薬庫を廃しする変わりに新たな弾薬庫の造築を要求し、そしていま針尾に海を60haも埋め立てて造築しています。埋める土砂を確保するために、島を一つ崩すそうです。なんともむちゃくちゃな考えです。

こんなひどい事が現実に起きていることを、私たちは知らなすぎます。もっと沢山お知らせしたいことがあるのですが、私たちはこうした事を知ることで、米軍が存在する意義や理由をもっと真剣に考えなければならないと思ってます。

現地を見て、決して平和のために米軍が存在するとは考えられません。日本の国土を占領し日本の税金を使うための施設が存在し、ここにいる人たちが人殺しの訓練を日々行っている事を、多くの皆さんに気づいてほしいと思います。


2008年05月14日

佐世保基地の実態告発の「まとめ」作業にひとくぎり

直近の佐世保基地の実態告発のプレゼーテンション
21日に高知県の宿毛港に米海軍イージス艦が入港するとのことです。寄港反対の運動が強められています。その一環として学習会を開くから来てもらいたいと要請を受けました。また久留米原水協の皆さんが17日に佐世保に来て基地調査もされると予定です。それならばと、より効果的に実態が理解してもらえるようにと「パワーポイント」使った講演をしようと思いました。
準備の過程のなかでも、ミサイル防衛構想と深く結びついた「宇宙軍拡法」が自民・公明の政権与党のみならず民主党までまきこみながら成立するという動きもありました。
17日の久留米の皆さん、20、21日の宿毛の皆さんへの講演までさらに動きもあろうかと思いますが、現時点での基本的な問題を押さえた「まとめ」ができたかなと思っています。
準備しながら、自分自身にとっても新たな認識が深まったようです。横須賀の住民投票求める闘いも大きな激励を受けています。この佐世保での運動前進のために役立たせたいと思っています。

2008年05月12日

不当処分撤回・民主教育守る闘いを支援

だいじな闘い
大事な闘いがおこなわれていることを知りました。佐賀県東松浦群鎮西町にある打上小学校で働いていた7目の教師にかけられた懲戒処分の取り消しをめぐるものです。それは教育の自治と教師の教育権(教育の自由)、ひいては子どもがのびのびと楽しく学習を受ける権利にかかわる重大なものです。
事件の経過
経過と現在の状況は以下のとおりです。
91年3月不当処分
91年5月佐賀県人事委員会に不服申し立て(7人)
05年3月不服申し立て棄却、再審請求
05年9月再審請求却下、佐賀地裁に提訴(2名)
07年9月原告の請求「棄却」という不当判決
07年9月福岡高裁に控訴(2名)
この事件に対し、当事者の山口先生、弁護士らは、人事委員会に提出した準備書面において「本件処分は、請求人らが打上小において進めてきた民主的学校運営や学校訪問の民主化を求める活動を嫌悪し、これら活動を粘り強く推し進める請求人らを見せしめとして、今後の佐賀県下における県教委の主催する学校訪問を弾圧的に展開することを目的にしたものである」と指摘しています。
事実その後、県教委の学校訪問における姿勢は本件処分後いっそう権力的になり、教育内容への介入を強めていると、本多俊之弁護士は「打上小事件の課題と意義」の書物のなかで書いておられます。
当事者の山口先生とは
ほんとうに反省しています。当事者の山口先生とは、今までも原水協や平和運動のなかでしばしば顔を合わせていた人でした。しかし、これまではその当事者とは知りませんでした。佐世保原水協朽原事務局長宛の支援要請手紙ではじめて知りました。
事件そのものの持つ今日的重要性だけでなく旧知の人らの正義の闘いを可能な限り支援したいと思います。できることは現在支援団体「不当処分撤回・民主教育を守る佐賀県連絡会」がおこなっている福岡高裁に向けた構成裁判要請署名を集めることです。ご協力を求めることになろうかと思います。よろしくお願いします。

2008年05月11日

核戦略の中枢にいた人たちが廃絶を言わざるを得ないほどの危機2,008年度県原水協定期総会に出席

2,008年度県原水協定期総会に出席
10日、長崎市で開かれた県原水協定期総会に佐世保原水協から5名参加しました。初めての方も2名いました。
核兵器をめぐる情勢
土田弥生事務局長の講演は、核兵器をめぐる国際的流れの最新の情報を提供してもらったことをはじめ、大切なことを教えてもらいました。
第一にMATO加盟国のノルウエーが「核兵器のない世界のビジョンの達成」をテーマとする国際会議を主催したこと。さらにこの会議にアメリカの核戦略の中枢にいたシュルツ元国務長官、ナン元上院軍事委員会委員長らが発言者として発言したこと。
第二に会議への基調報告としてノルウエーのストーレ外相が「今日、なぜこれほどの核が!というだけでなくいったい核が必要なのか?と問わざるをえないと問いかけざるをえない状況になっていること。
核戦略の中枢にいた人たちが核廃絶の訴え
第三にその背景に「拡散と核テロリズムの高まる脅威、核戦争や核の事故のひきつづく脅威」に世界が直面しているという共通の認識があること。しかも核戦略に中枢の当事者たちが、人類がこれまで幾度となく滅亡の淵にあったことを赤裸々に語ったこと。
したがって第四にこうしたなかで、国家の指導者は核廃絶に個人としても尽くすこと。国家、額社、市民社会、そして国民の共同の事業にしなければならないとこの会議がまとめられたということ。
被爆国日本政府の役割
こうしたなかで、世界で唯一の被爆国という国際的にも大きな権威をもつ日本政府の立場を根本から変革させることの意義がほんとうに大きいこと。
それだけに重要な草の根からの運動と世論そのためにも身近な自治体への働きかけ、草の根からの世論と運動をつくることの大事さを改めて痛感。
2008年平和行進、世界大会の成功に向けた活動、2010年NPTを視野に入れた活動の重要性などをみんなで確認できる総会につながったのでは思いました。

2008年05月10日

世論がもたらした変化のひとつか

いっせいに各委員会の研究会が開かれました
請願を不採択にした委員会が学習

9日に、総務委員会を除いた文教・企業経済・都市整備の各常任委員会の研究会が開かれました。機構改革にともなう人事異動の紹介、事務事業の見直し、それに3月定例議会以降の主な課題の現状報告がありました。
三つの委員会同時進行。二つの委員会傍聴できません。こういうときにもっと共産党議員がいればと思います。事務局職員に使われた資料等をもらい出席できない委員会の内容をつかむようにしています。
企業経済委員会では企業立地・観光振興物産局を新設したこと。従来の農林水産部と観光商工部を、農林商工部に統合したことが大きな特徴です。
農林水産をどのように位置づけるのか。農林水産関係の正規職員が63人から59人に減っていることについて部長に正しました。振興物産局に4人配置換えしているので、総数は変わらないと答弁。
そこで私は「佐世保市における農業水産業をどのように位置づけるのか、という基本的姿勢がここでも問われる。振興物産と農業を結びつけて相乗効果をあげる。良いことだ。もっと大事なことは農政そのものの発展をどう図るか。そのための体制と予算をどう保障するのか。ここにこそもっと努力の焦点を合わせてもらいたい」と指摘をしておきました。
新婚さんだけでなく、金婚・銀婚など永年のご夫婦にも世知原茶の普及のために新婚カップルに世知原新茶を贈るという事業の紹介がありました。どうせなら新婚さんだけでなく、金婚・銀婚などのかたがたにまで拡充したら戸提案、検討するとのことだったが注目しておきます。
中学校給食を夏休み明けにも試行文教厚生委員会では、中学校給食を夏休み明けにも市内3校で試行する報告がありました。さらに大きな怒りになっている「後期高齢者医療制度」の学習がおこなわれたとのことです。この委員会は、いままで3回の廃止・中止をもとめる市民団体の請願を不採択にしてきているだけに、世論がもたらした変化のひとつだろうと思われます。

2008年05月09日

情勢と方針を議論。佐世保平和委員会

佐世保市平和委員会理事会が開かれた
5月6日、佐世保市平和委員会理事会が開かれました。安田事務局長が、この間の活動報告と平和をめぐる情勢報告がおこないました。そして当面の活動方針として、24日の県総会、
17日の佐世保基地調査活動を重視して取り組む提起があり、討論をおこないました。
特に17日の海からの基地調査活動には地元からの参加を広く呼びかけ、増強している佐世保基地の実態を地元の人が良く知ってもらうことが大切であることがこもごも語られました。また新しい入会者を迎えることについても意思統一がはかられました。
朽原事務局次長からは、10日の県原水協総会への代議員4名の出席確認の発言がありました。

2008年05月07日

内容も手続きも大欠陥、後期高齢者医療制度は撤回せよ

欠陥法(地方税法施行令)は撤回せよ
臨時議会開催はなぜ?

臨時佐世保市議会が5月23日開かれるそうです。例年は地方税法施行令の交付(例年3月31日交付)と賦課期日(4月1日)との間に、議会開催の時間的余裕がないために、3月31日に専決処分によって改正がおこなわれていました。
しかし、今回は法(施行令)の交付は年度を越えた4月30日です。そしてその法(施行令)のなかで、4月1日に遡及して適用されると書き込んであるというのです。
後期高齢者医療制度実施のために、国保加入者に「支援分」という新たな税目を加え、その課税限度額を12万円に設定するという政令改正が間に合わなかったためのようです。
そもそも課税限度額をいくらにするのか課税の基本的事項は賦課期日(4月1日)までに定めておくべきものです。
ばたばたした厚労省の都合とはいえ、施行令交付以前にさかのぼって課税を押し付けることなど、どうしても理解できるものではありません。
後期高齢者医療制度の内容そのものが、憲法14条の法の下での差別禁止規定に反し、さらに憲法25条の生存権規定に反する違憲の制度であり、撤回されるべきものです。加えてこのような欠陥手続きが既成事実として許されるとなると、「権力の恣意的運用」がまかりとおり、法の支配が崩されることになりかねません。
おそらく全国的にも地方議員にとって悩ましい問題に直面するはずです。どのように向き合っていけばよいのでしょうか。

大型連休明けの街頭宣伝

大型連休明けにさっそく街頭宣伝
大型連休明けの7日、市役所までさっそく街頭宣伝をおこないました。英気を少しは培ったらしく、出勤する労働者の顔もおもいなしか元気そうです。
私も、施行61年目を迎えた日本国憲法の意義と役割について新たな決意をこめて訴えました。1993年以来系統的に世論調査と「改憲」旗振りをおこなってきた読売新聞の世論調査で改憲反対が、賛成を15年ぶりに上回るなど世論の前向き変化や、世界の中でどんなに高く9条が評価されているのか、そして名古屋高裁での歴史的判決などを紹介しました。

公明党幹部の外交辞令に対して終わった後、公明党県幹部と遭遇。「がんばっていますね」の相手の外交辞令に顔は笑顔ながら「憲法は守るだけでなく、憲法の持つ力を生かしていくというのが政治を変えるというのがわが党の立場です」と返しておきました。

2008年05月06日

政府に抗議

自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本から、政府関係者への緊急抗議の要請がありました。イラクへの派兵が憲法違反が司法の結論が出されたにもかかわらず、司法の判断を尊重しないということになれば、わが国の立憲民主主義にそむくことになります。自衛隊海外派兵問題にとどまらず、わが国の法による支配そのものの否定につながる重大な課題と思っていただけに、6日抗議のFAXを送りました。
2008年(平成20年)5月6日
内閣総理大臣 福田康夫 殿
抗議文
熊本市本荘2-6-107
自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本
氏名 山下千秋

去る4月17日、名古屋高等裁判所において、航空自衛隊のイラクでの輸送活動が他国の武力行使と一体化したものであり、憲法9条1項及びイラク特措法2条2項、3項に違反するとの判決が下されました。ところが三権分立のもとで当然司法の判断を尊重すべき立場に立つ貴職は「傍論だ。裁判のために同行する考えはない」と述べました。また、多くの政府関係者から、「(判決は)暇でもできたら呼んでみますよ」(高村外相)、「そんなの関係ねえ」(田母神幕僚長)などとの発言が相次いでいます。
政府が司法の判断を無視しても良いとする貴職らの発言は厳しく批判されなければなりません。
わが国は、三権分立を前提とする立憲民主主義国家です。日本国憲法は権力の恣意的な行動を抑制するため、司法府に政府の行為に対する違憲立法審査権を与え、政府はその判断を尊重することによって法の支配が成り立つ仕組みになっています。
名古屋高等裁判所が、政府の行為に対して、証拠に基づきイラク特措法に違反し、憲法に違反すると判断したことは、貴職がいうような「傍論」として片付けられるものなく、まさに当事者が真剣に争った重要テーマであり、裁判所が判断するのにふさわしい問題でした。判決の中でも丁寧にとうじしゃの主張を検討してその当否を判断したのです。
この判決の下した憲法判断を無視しようとする貴殿をはじめとする政府関係者の発言は、憲法が定めた法の支配の原則を否定し三権分立を否定するものです。自衛隊のイラク派兵の前には「憲法なんて関係ない」「裁判所なんて関係ない」という政府の本音が見て取れます。貴職をはじめとする政府関係者には憲法99条により憲法尊重擁護義務が課せられていることを踏まえているならば、このような発言は決して許されるものではありません。
たとえ下級裁判所の判断であっても、丁寧に事実認定をしたうえでの司法権の判断に対して敬意を払い、慎重に当該問題の合憲性について再検討することが、三権分立からの要請であり、憲法を尊重する立憲民主主義国家の政治家の態度だというべきです。貴職は内閣総理大臣として、イラクへの自衛隊の派遣がその根拠となったイラク特措法に違反し、憲法9条に違反するとの高等裁判所の判断を尊重し、イラクからの撤退など、これまでの政府の政策を法と憲法に照らして再検討することこそ求められています。
私たちは航空自衛隊のイラクからの撤退を強く求めるとともに、三権分立を踏みにじる福田首相以下閣僚と自衛隊幹部の姿勢に強く抗議します。

追記
自衛隊幹部(職業軍人)が、(法と裁判判決)に対して「関係ない」と制約を受けない態度は絶対に容認できない。この自衛隊幹部の態度がお咎めなしとしたら、軍部独走した戦前戦中への悪夢へつながりかねない。
判決に従い、直ちにイラクから自衛隊を撤退させよ。
立憲民主主義の国のあり方を守れ
法と判決に従おうとしない自衛隊幹部は、直ちに罷免せよ。

2008年05月04日

基地の町佐世保からの平和発信

基地の町佐世保から平和の発信
基地の町佐世保在住の二人の年配者から大きな元気をもらいました。一人は反戦風刺漫画を発刊された江口茂さんからの嬉しい便りをもらいました。一人は日本共産党の大先輩で現在は佐世保民商顧問として、時折折りにメッセージを商工新聞などに寄稿されている町田勇さんです。
江口さんは、「しばし漫画を中断したが、中曽根が9条の会の全国的進展を阻むため議員連盟をつくり会長となった。そこで自分もまた漫画で抵抗するのがよかろう」と思い直し。新たな4枚の漫画を送ってくださいました。
町田さんの寄稿文「誰のための思いやり予算か」
日本に駐留する米軍に対して、「思いやり予算」がはじまったのは、30年前からです。それは米軍との間に何のとりきめもなく、法的義務もないのにはじまったとき、支出の法的根拠を質問され、ときの金丸防衛長長官が「強いて根拠を言えば米軍に対する思いやりだ」と応えたことから「思いやり予算」と呼ばれるようになりました。
そのときは62億円でしたが、今2,083億円、なんと33倍にもふくれあがっています。これは中小業者に対しての支出を大きく上回る支出です。
しかもその中身が問題です。米兵の飲食施設のバーテンダー、また米兵専用のゴルフ場係の経費など、米兵の娯楽のための費用をふくむ、いたれりつくせりのサービス費用です。
「しんぶん赤旗」の記事を読んで驚きましたが、米兵の場合、犯罪を起こして受刑した者まで特別待遇を受け、刑務所内での食事は、朝・昼はそれぞれ4品、夕食はステーキにケーキまでつく特別献立になっているそうです。また、米軍基地周辺住民が訴えた、爆音被害賠償額はこれまでに122億円支払われていますが、それも米軍は一文も負担しておらず、全部日本国民の税金で支払っているそうです。
このようにして、米兵1人当たりの国の負担は588万円で、これは中小業者対策予算、1社3万7000円の160倍になります。
今「後期高齢者医療保険制度」が国民の間で大問題になっていますが、75歳以上の老人から、否応なく年金から国保料を前たおしで天引きし、その額は毎年7万円ほど、低所得高齢者は、医者にかかればメシが食えず、メシを食えば医者にかかれない状況になっています。
しかも、その天引き保険料は17年後には2倍の15万円になるそうですから「生存拒否制度」と言うほかはありません。
何故、日本政府はかくまでに、アメリカに追従し、自国の庶民に冷たいのか!私たちはいったい誰のために税金を納めているのか?「思いやり」の相手がまるっきり間違っているのではないのか?真剣に考えるときにきているように思います。

2008年5月5日 相談役 町田 勇

2008年05月03日

憲法を守り生かそう、 街頭宣伝

憲法記念日で街頭宣伝をおこないました。
憲法施行61年目の記念日にあたり、日本共産党北部地区委員会は街頭宣伝をおこないました。佐世保では山下千秋市議と支部の同志が、佐々町では石川悟地区委員長と仲村吉博町議がマイクを握りました。
佐世保では、駅前、大宮市場、戸尾市場、俵町商店街、春日・桜木町、泉福寺商店街の6箇所でおこないました。
駅前や俵町などでは聞いてくれた市民が拍手をしてくれました。

2008年05月02日

もうひとつの市政報告会

日本共産党大野後援会のもうひとつの市政報告会
30日、大野後援会は、三月定例市議会を中心にした市政報告会を開きました。この場所では三回目ですが、常連になられた方に加えて、今回町内会幹部の方がご夫婦で初めてお見えになりました。
ほんとうはゆっくりしたい時間を割いて日本共産党の報告会議に足を運んで下さる事自体、たいへん貴重なことで参加者に心からお礼申し上げたい気持ちでいっぱいです。期待に背いてはなりません。可能な限りの準備をしてのぞみます。聞いてもらっているかどうか手ごたえは話している中で敏感に伝わります。
終わった後、初めての参加者が、「たいへんためになる話でした。次もご案内ください」と感想を述べられたとのことです。
後援会世話人の方からお礼のメールが入りました。
お礼のメール
28日、30日の議会報告会、お忙しい中、ありがとうございました。
身近な市民生活から、国際問題にいたるまで、党がきちんとした方針をもって活動していることを知ってもらえたと思います。
私たちも、ようやく 地域に根を下ろし始めたことを実感します。
これを大切にして 育てていきたいと思います。(・・・)
後援会の皆さんが自分たちの地道な活動に確信をもたれたことが何よりです。力合わせて続けてゆきたいものです。

第79回メーデー県北地区集会

メーデー集会県北地区のメーデー集会が、1日午後6時から島の瀬公園で開かれました。約100名の労働者が集会に参加しました。4つの職場からの発言がありました。人員削減、労働強化の実態が生々しく報告されました。
職安人員削減がこの2年間だけで10名以上削減された。仲間はみんな残業残業で、終わるのはいつも8時、9時になる。昼休みも45分となっているが、仕事が食い込みまともな休憩がとれない。
佐世保における雇用情勢は、100人の求職希望者に60人しかこたえられないという実態。事業所まわって求人をお願いしているがきびしいものがある。みんなで打破してゆきたい。
ある医療労働現場医療情勢は医師不足などでたいへん。医師がいない。患者が減る。経営が成り立たない、閉鎖という悪循環。
急性期病院で、医療ミスで訴訟問題などがおこりうるので緊張の連続。くわえて人不足でいつも3時間、4時間残業でベテラン看護師が次々に耐えられなくてやめてゆく。新人で補充しようとしても、きびしい労働環境が知られ新人もこない。
だから、労働条件改善のためにストライキもかまえ、地域住民とともに医療を守る闘いを起こしたい。
学校現場
校舎内駐車場を有料化する動きが出ている。交通事情からほとんどの先生が車出勤だがその駐車場代をこれからとるといっている。
教職員の免許更新が35歳、45歳、55歳になる前2年間で30時間の講習が義務付けられる。ほんとうは現場のふれあいのなかで学んでいくものではないか。
などなどの報告がありました。

私は来賓あいさつとして以下のような発言をおこないました。
メーデー集会での連帯あいさつ
日本共産党北部地区委員会を代表しまして、メーデー集会に参加されました皆さんに、心からの連帯のあいさつを申し上げます。
4月17日、名古屋高裁においてイラクへの自衛隊派兵は憲法違反であるという画期的判決が下されました。政府は後方支援で武力行使ではないと強弁し続けてきました。裁判長は戦闘をおこなっている米兵を輸送することは武力行使と一体のもので明白に憲法違反。しかも非武装地帯での活動と限定されているのに、イラクは明らかに戦闘状況にあり、イラク特措法にも反すると断じ切った判決でした。まだ学説的にも定着していない「平和的生存権」についても十分具体的権利性を持つものとまで述べたのです。全国で11箇所、原告3000人、弁護団800人で4年間に渡って、闘われてきたイラク派兵差し止め訴訟の到達点です。  
裁判で自衛隊違憲判決がくだされたのは、長沼ナイキ基地訴訟依頼35年ぶりです。高裁では憲政史上はじめての出来事です。この闘いの先頭に立ってがんばってこられた山崎武愛知大学法学部教授は、「判決文の朗読が進むにつれて、歴史の扉が押し広がれていくという現瞬間に立ち会っているという深い感動で涙が止まらなかった」という感想を述べられています。

皆さん、歴史の扉はこの間、これだけでなく次々に開けられてきています。
佐世保を含む全国の9条の会運動は、愛国心を盛り込んだ教育基本法改悪、憲法改悪手続き法などを強行した安部前政権「靖国派」の反動的嵐を食い止めました。
海外に展開して自衛隊をいったんは撤退させることにも成功しました。戦前戦後を通じて初めてのことでした。
米軍思いやり予算の根拠になる国際条約も初めて否認するという出来事も勝ち取られました。
暫定税率も、道路特定財源も一ヶ月のことではあったもののやめさせることに成功しました。
労働法の相次ぐ改悪で正規雇用から不安定雇用が進んでいる中で、日本共産党の志位委員長の国会追求と労働者の闘いは、名指しされたキャノン、いすゞ、こまつなどの大企業が派遣から直接雇用へ変えざるをえないという変化も作り出すことができました。

後期高齢者医療制度の問題についても、先月発足したばかりですが、あまりのひどさに廃止撤回要求は日増しに強まっています。
75歳になったら、今までの保険から強制的に切り離し、すべてのお年寄りから保険料を徴収する、年金から天引きするという過酷なものです。さらに差別医療がひどいではありませんか、予防のための健診やらなくてよい、外来言ったら保険の利くのはここまでですよ。入院したら退院計画書を病院に書かせて書いた医療機関にはご褒美のお金をやります。終末期には自宅で見取れとここでも追い出しにかかるというひどい差別です。死んだらどうか葬祭料を削減するというのです。
あまりのひどさにすでに560に全国の自治体が廃止・見直しの決議をあげました。国会でも廃止法案が提出されました。当事者である医師会も反対です。有権者はどうか、山口の補欠選挙、安部の選挙区同じように保守王国といわれたところですが、ここでも有権者がきっぱりした審判を下しました。
ここでこのような結果になりとても解散総選挙などできないというところまで追い込んできたではありませんか。

財界言いなり、アメリカ言いなり政治がもたらした深刻な国民との矛盾がここまで深まったのです。
ところがイラク派兵は違憲という判決が出ても「そんなの関係ねー」などという態度です。選挙で負けても後期高齢者説明が悪かったなどといって、なおしがみついています。
せっかく下がったガソリン代また強引に値上げするという態度です。
国民との矛盾と対立をいよいよ抜き差しならない極限にまで押し上げようという暴挙です。
ならばわれわれも闘おうではありませんか。闘えば歴史の扉が開くことを今の情勢が教えてくれているのです。

国民の苦しみの根源にある財界言いなり、アメリカ言いなり政治という縛りから解き放たれていないのは自公だけではありません。
民主党もまた、海外派兵は国連のお墨付きさえあれば海外での武力行使もオーケーといっています。消費税も福祉目的税にして大幅引き上げという点ではこれまた自民党とまったくいっしょです。二大政党政治では国民の苦しみも政治の矛盾も解決できないことは明白です。
こうしたなかで、国民の苦痛の根源にある財界言いなり、アメリカ言いなり政治の根本転換を求める日本共産党の躍進こそが、国民がすすむ道筋ではないでしょうか。歴史の扉を本格的に大きく開いていくために、日本共産党と国民との共同をいっそう前進させてゆこうではありませんか。

2008年04月30日

30日の市議会全員協議会、合併問題と市職員不祥事件

二つの議題で全員協議会
二つの議題で、30日市議会全員協議会が開かれました。ひとつは市職員の公金着服事件、もうひとつは合併問題でした。
繰り返される不祥事件
裏金問題で再発防止を確認したばかりなのに、市職員の公金着服事件が発生しました。多くの市職員がまじめにがんばっているのに一人とあろうとも公金着服などと不祥事件は行政に対する市民の信頼を根底からくつがえすもので、もう最後にしてもらいたいものです。
国・県言いなりは明白。
「平成の大合併」では、長崎県は全国的にも上位3県に入るほどの市町村合併をやってのけました。79市町村を24市町にしてしまったのだから激しいものでした。佐世保市も宇久町、吉井町、世知原町、小佐々町を吸収合併しました。
今回またしても長崎県は、佐世保市に対し、佐々町、鹿町町、江迎町、波佐見町、川棚町、東彼杵町、などとの合併構想を示してきました。
これに対し、朝長市長は精力的にこれらの自治体関係者に働きかけをおこなってきました。
今回の全協にはその「働きかけの結果」報告と現状にたっての今後の方向性を議会に示すものでした。
市長の働きかけの結果
応じたのは、鹿町と江迎町だけ。後は「気は熟しておらず、時期尚早」、「佐世保市との合併はまったく考えていない」「単独でがんばってゆく」などということでした。

それでも朝長市長の態度は
それでもとも流し長は、①手をあげた二つの町との先行合併に進む。②中核市、道州制をにらんで他の自治体ともあくまで合併する立場から働きかけを続ける。という考え方を示しました。
これに対する日本共産党の立場と見解
市長は市民第一主義と常に言葉にする。まったく大切なこと。市民第一主義、住民こそ主人公という立場に立って、合併するもしないも住民の十分な合意と納得が進めるうえでの大原則。
ところが現状は、国・県の指図どおりの動きを先行させている。先行させている理由として合併新法のもとで「合併算定替え」が平成21年までだったら7年間、平成22年までだったら5年間あるなどという「行政の都合」を優先させるもの。
さらに中核市、道州制(そのもとでの基礎的自治体)をにらむというが、合併自治体数を増やしてその要件を満たす人口に到達しようとしているが、肝心要の域内の人口は流失して行くばかりだ。いま市長がすべきは、農業でも漁業でも生活できる条件をつくっていき域内人口の流失を食い止めてゆくことこそが求められている。
などの主張を展開しました。
ほかの議員の発言

他の議員からも「合併そのものに反対ではないが」という前置きではあったが、「前回合併の学習がどうなっているのか。今でも合併してよかったことは何もなかったといわれている。その検証を踏まえてからだ」という発言もありました。
一方合併した地域の前町長だった市議からは「合併してよかった」などの発言もありました。それにしても議会内部には慎重であるべきという声があったことは注目してゆきたいとおもいました。

2008年04月29日

市政報告会

市議会報告会
28日、日本共産党大野支部は三月市議会報告会を開きました。7人が参加されました。
「石木ダムはどうなったの」
「佐世保民報に書いてあるサンパーク吉井の民間委託でどういう話か」
「今日の報告会に近くの老人会会長を誘ったが、『立場があるので共産党の話に誘いはしないで』といわれた。遅れているとおもった。」
「政党交付金をうけとらないという態度が、何か唯我独尊におもわれ、庶民との壁を高くしているのでは」などなど、議論が盛んにおこなわれ、予定時間を20分もオーバーするほどでした。
政策は抜群、阻んでいる壁は根深い共産党への偏見
議論の結果、誰もが共産党の政策と立場は国民 の願いに沿ったものであることは共有できたようです。ではなぜ選挙に結びつかないのか。それはなんとなく共産党のイメージが悪いという偏見が広く根深くこびりついているからではないだろうか。それではどうしたらよいのだろうか。今度はそこから議論をはじめようではないか。ということになりました。大野支部は30日にも地域を変えて市政報告会を開く予定です。

2008年04月28日

立ち上がった住民450人、暴力団組事務所は撤去せよ

暴力団組事務所撤去もとめる住民運動
春日小学校すぐ近くに、突如として暴力団組事務所ができました。もともとある建設会社の4F建てのビルを競売で入手したとのこと。抗争に備えて、頑丈な防護壁や監視カメラなどまがまがしい様相になっています。系列の組員の出入りも見られます。
暴力団内部抗争によって、すでに25件の事件発生。支社は殺された人が7人に上ります。うち一人は佐賀県武雄市で発生したまったく人違いによる善良な一般市民が殺されました。
警戒に当たっている警察では24時間監視体制をとっています。
こうしたなかで、大野・春日地区住民らが「安全・安心の町を取り戻そう」と暴力団組事務所撤去を求める住民運動を起こしました。

安全・安心な町を取り戻そう・勇気ある住民の総決起
27日近くの瀬戸越公園に約450人が集まりそう決起集会を開く町内パレードを行い、組み事務所には住民代表が「組み事務所撤去を求める要請文」を組み事務所人物に手渡しました。
小学校の近く、中学校の通学路にもなっており、地域住民の生活のなかに現在内部抗争中の暴力団事務所の存在は、どれほど危険なことでしょう。
集会でも強調され、参加者も認識の共有ができたとおもわれますが、住民が立ち上がる。暴力団を恐れない、皆で団結する、暴力団は絶対にその存在を認めない、力強い組事務所撤去に向けた第一歩になりました。

2008年04月27日

国民救援会総会に出席

国民救援会佐世保支部第20回総会に出席
26日、国民救援会総会が開かれました。大石裁判支援、国民金融公庫不当差別撤回裁判支援、教科書検定撤回請願、沖縄少女暴行事件への抗議、『日本の青空』上映運動など、じつに多くの課題に取り組んでおられます。
冒頭の国民救援会を紹介するDVD上映もたいへん理解するうえでよい企画でした。篠崎さんや井上さんらのあいさつも実に感動的でした。
来賓として招かれた私の以下のような連帯のあいさつをさせてもらいました。

国民救援会総会でのあいさつお招きいただきお礼申し上げます。
議案のなかに一年間の活動のまとめがかかれています。ほんとうに民主主義にとって見過ごすことのできない大事な課題について、「国民救援会の活動は究極のボランテイア」といわれるほどほかの誰もがなしえないことを生まずたゆまず続けておられることに心から敬意を表します。
アメリカの世界戦略上も重要な基地を抱えているこの佐世保を中心にしてのこれらの活動はほんとうに大きな意義があります。そして実際にこうした活動の積み上げこそが、全体として「国民の声が政治を動かす」という新しい情勢をきりひらく重要な一環を担っておられます。
暫定税率も道路特定財源も廃止に追い込みました。
思いやり予算の特別協定も参議院だけではありましたが否決に追い込みました。
イラク派兵は憲法違反の高裁判決を勝ち取りました。

判決は「現在のイラクでは、国際的な武力紛争が行われている」と明言し、現在行われている航空自衛隊の武装兵員空輸活動は、「他国による武力行使と一体化した行動」と指摘。「武力行使を禁止したイラク特措法二条二項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条三項に違反し、かつ憲法九条一項に違反する活動を含んでいることが認められる」としました。
 また、憲法前文に盛り込まれている平和的生存権は「憲法上の法的な権利と認められるべきだ」として、「九条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には、裁判所に救済を求めることができる」と明言しました。
「自衛隊イラク派兵差止訴訟の会」と同弁護団は判決後、連名で「声明」を発表しました。
 「声明」は、イラク派兵を「違憲」と認めた同判決を「日本国憲法の根本原理である平和主義の意味を正確にとらえ、それを政府の行為に適用したもので、憲政史上最も優れた、画期的な判決である」と評価。その上で、声明は「日本政府がこの判決に従い、直ちにイラクからの自衛隊の撤退を行うことを強く求める」と主張しています。同時に「判決を力に、自衛隊のイラクからの撤退を求める新たな行動を開始する」と決意を表明しています。
ところが政府は判決に従おうとはしていません。さらに深刻な矛盾に直面しています。
幕僚長は、『そんなの関係ねー』と大暴言を吐いたのです。
軍人の本音が出たというべきです。法律も裁判も関係ないとしたら、そこにあるのは軍事独裁ということではありませんか。
こんなことは絶対に国民は許しません。

イージス艦あたごの事件は、そこのけそこのけ軍艦が通るといって親子漁師を行方不明にさせてしまいました。
財界言いなり、アメリカ言いなりの政治は、こんにち抜き差しならない国民との矛盾に立ち至っています。
次の総選挙で日本共産党が前進するようにがんばりぬく決意を改めて表明します。

2008年04月26日

大好きな佐賀平野の田園風景

車窓から見た大好きな佐賀平野の田園風景と強い怒り
24日は朝から視察地の松山市から瀬戸大橋を渡り岡山までの特急電車。初めて電車で瀬戸内海をわたるという経験をしました。早いものでわずか10分もせず突っ切ってしまいました。岡山ら新幹線で博多まで。博多から佐世保までの特急「みどり」で帰途に着きました。ほんとうに長旅という思い。佐世保の手前、佐賀平野はいつもみても心和ませてくれます。大好きな風景です。今は一面緑色の麦畑、ところどころに濃い緑のたまねぎ畑がアクセントをつけています。やがて黄金色の実りを見せることでしょう。
などと思い浮かべつつ、その日のニュースを思い返しました。
その日の新聞に怒り
「農林水産、厚生労働両省は23日、牛丼大手「吉野家」の冷凍倉庫内で、昨年8月に輸入した冷凍の米国産牛肉(ばら肉)700箱(約17トン)のうち一箱に、BSE(牛海綿状脳症)の原因物質が含まれるとされる危険部位の脊柱(せきちゅう)が見つかった」。と報道しています。日本政府がアメリカいいなりに国内のチェック体制を後退させたことから生まれたことは明白だ。もうひとつ日本農業再生はいよいよ待ったなしの国民的課題だ。と思ったしだいです。

昨日、さっそく日本共産党志位委員長が①「政府は米国産牛肉の輸入をただちに全面中止する決断をすべきだ」。②06年に米国産輸入牛肉を再開するにあたって、全箱検査を条件にしたが07年安倍首相が抽出検査に後退させた政府の責任は重大ときびしく批判しました。まったくそのとおりです。食の安全も、食そのものも自公政治は脅かしています。
この政治にストップをかける課題は、いまや救国の課題です。
 

2008年04月24日

神戸市、松山市水道事業調査視察から見えてきたもの

水道創設はほぼ同時。それから100年経過したがこのちがいはどこから来たのか。
水道行政のあり方の根幹が問われる。

22日神戸市、23日松山市の水道事業について、佐世保市議会水資源対策特別委員会として調査視察をおこないました。
水道行政、事業のあり方の根幹部分での抜本的改革の必要性を痛感させられました。
22日神戸市の教訓から
神戸市には多くの共通点があります。山が迫っているという地形的制約があること。水道事業創設が1900年(全国7番目)と1907年(全国10番目)など百年を超える歴史を持っています。導入した指導的技師がまた共通です。
ところがこの百年間、進んだ神戸市、遅れた佐世保市きわだったちがいが見られます。
水の有効率の問題です。神戸市は96.3%。佐世保市は88%どまりです。この開きは石木ダムの4分の一に相当する水量になります。現在確保できている水をきちんと管理すれば、それはたちまち巨大な(?)ダムをつくったもの同然の効果をもちます。
配水管からの漏水をいかに最小限にするのか、そのために配水ブロックを整備し、早く事故とその場所を確認し、影響をそのブロックの範囲にとどめて有効率をあげようというのです。そのために水道局独自に通信施設も整備しテレメータコントロールシステムを確立しています。もちろん配管そのものの腐食に耐えられるものに交換するなど、徹底した水の管理の違いをみせつけられました。
水資源確保は市長部局の責任ではないのか
佐世保市においては財政的にも水資源確保そのものに公営企業(水道局)に責任が負わされています。神戸市においては日量90万トンの水のうち、自己水源は20%にとどまっています。残りは水そのものを阪神企業団、県営水道から買って、市民に提供しているという構造になっています。
松山市などでは、本会議議場に理事者として、公営企業管理者、水資源対策部長、下水道部長、 公営企業部長の4人が出席する仕組みになっています。これらの仕事の領域のすべてを佐世保市では水道局長一人が担っていることと比較すればかんがえかたと取り組みの実態に大きな開きがあることが明瞭です。水資源確保は市長部局そのものの責任に属するという考え方を確立することが求められています。

2008年04月21日

活力もらった長崎県赤旗まつり

楽しかった、元気もらった、嬉しかった『長崎県赤旗まつり』
地区からバス二台。入党者も二人も出ました。

20日、10数年ぶりに長崎県赤旗まつりが開かれました。地区からは120人の後援会の皆さんが参加しました。風は少々あったものの好天にも恵まれ、明るい楽しいものになりました。
焼肉に、採りたての山菜てんぷら、佐世保・九十九島名産の新鮮な焼きたての「 カキ」など多くの後援会の皆さんと舌つづみしました。焼酎・ビールを酌み交わしての談笑の楽しかったこと。皆の笑顔がこのうえなくうれしくなりました。
穀田さんの迫力もあり、核心を突いた講演は参加者に大きな確信を与えるものでした。会場になった長与地区の皆さんの受け入れ準備も相当なものだったと思われます。
多くの皆さんの共同の努力がつくりあげた赤旗まつりでした。皆さんに心からお礼申し上げたいと思います。
成果を示すもの。Aさんの入党決意
選挙などでもいつも協力的にがんばってくれていて、なぜか入党に戸惑いのあったAさんが、入党申し込み書にサインしてくれました。この間の情勢の発展もあったのでしょうが、日本共産党の目指す『温かい人間集団』を初めて参加されたこの赤旗まつりを通じて肌で感じられたのではないでしょうか。
赤旗まつりの成果は、総選挙での日本共産党の前進ではかられる
なんといっても、情勢が求めているものは、総選挙での日本共産党の前進、九州・沖縄ブロックでの2議席確保です。その活力をつくりだす赤旗まつり。成功しました。だが、ここでとどまってはなりません。真の成功のためにがんばりたいと思います。今、7時30分。さあ定例の朝宣伝に出かけます。

2008年04月19日

なぜ、米軍基地司令官に名誉市民の称号を与えるのか

そのイラク人殺戮に血まみれた米海軍基地司令官に国際名誉市民賞根拠は
佐世保市民として恥ずかしい思いです。朝長則男佐世保市長は米海軍ペイン佐世保基地司令官に国際名誉市民としての称号を与えました。第一に基地の存在と基地のおこなう活動によって地域経済に計り知れない貢献したというのです。
市長さんよ。よく考えてください。佐世保の最も利用価値の高い土地を無償で使い放題。固定資産税の相当する金額は『基地交付金』という形で国民の税金から佐世保市財政に投入されることになっています。それとても政府は佐世保市に対して満額どころか約半分程度しか補填せず、7億ぐらいの歳入欠陥をもたらしています。
何よりも、米軍基地の存在によって、どれだけの自主的、自立的地域経済発展の障害になっていることでしょうか。 
第二に、基地司令官が市民との友好親睦をはかって来たと理由です。ペイン氏の着任期間中だけでも、どれだけの米兵事件・事故によって市民の犠牲者がつくりだされたことでしょう。
何よりも米軍はいったいどれだけのイラクやアフガンの人々を殺戮してきたことでしょう。ペイン基地司令官の時、05年のイラク・フアルージャ大虐殺には佐世保基地配備の強襲
揚陸艦エセックスらがおこなったのです。米海軍ホームページ自身がこの作戦に対して「自分たちの兵士たちも50人の犠牲者を出したが、たくさんのイラク人を殺傷した」と誇らしげにその戦果を語っているとおりです。今でも基地司令官公邸には星条旗とともにイラクでの米兵戦死者らへの黒い弔意をしめす旗が掲げられています。
どうしてこんな人物に「国際名誉市民」とたたえるのでしょうか。イラクの人々にどんな申し開きができるのでしょうか。

新司令官にも最大級の歓迎表示
ペイン氏にとってかわるマーティン新基地司令官の市長表敬訪問に対しても、最大級の歓迎をおこなったことがうかがい知れる新聞報道がなされています。18日の新聞各紙には、「美しい街。24年間の海軍生活でこれほど温かい歓迎を受けたことはない」(読売新聞)などが記述されているとおりです。

2008年04月18日

海自の一大デモンストレーション

海自護衛艦隊、佐世保で集合訓練
全国の海自基地から21隻終結

海上自衛隊護衛艦隊(司令部、神奈川県横須賀市)の集合訓練が佐世保でおこなわれています。15日から明日19日までの五日間の日程。そのために、全国から護衛艦と輸送艦、補給艦の計21隻、約三千人が参加しています。
佐世保地方総監部広報によれば、イージス艦「あたご」の衝突事故をうけ再発防止を協議したり、先月松に完了した海自の組織改変にともなう新たな指揮系統を確認することが今回の目的だとのことです。佐世保開催は3年ぶり7回目といいます。訓練の終わった20日には倉島海自基地で艦船の市民への一般公開も計画されています。
持ち回り開催とは言え、佐世保海自基地には3隻目のイージス艦配備がおこなわれたばかり、現在もテロ特措法で海外派遣おこなっている日米共同の出撃基地化が進行しているさなかです。
おりしも名古屋高裁ではイラク自衛隊派遣が違憲との画期的判決が下されたばかりの一台デモンストレーションに大きな抵抗感を覚えます。
佐世保市長は大歓迎
ところが朝長佐世保市長はこの海自デモンストレーションにわざわざ出席し、大歓迎のあいさつをおこなっています。「おかしいのでは」という市民のこえを広げてゆきたいと思っています。

2008年04月17日

大きな一歩に激励されました

自衛隊のイラク派兵は違憲の訴訟をおこなっている熊本の闘いを紹介したばかりでした。同様の闘いをおこなっている名古屋での高裁において、17日、派遣差し止めと慰謝料請求の訴えは棄却したものの、名古屋高裁は「米兵らを空輸した航空自衛隊の活動は(戦争放棄を規定した)憲法9条1項に違反するものを含んでいる」と指摘、憲法違反に当たるとの判断を示しました。
 自衛隊イラク派遣をめぐる訴訟は全国11箇所で起こされているが、違憲判断は初めてのことです。一審名古屋地裁判決は原告らの訴えを門前払いし、憲法判断をしていませんでした。それだけに大きな前進になりました。「 原告側弁護士によると、9条違反を認めたのは1973年の札幌地裁・長沼ナイキ基地訴訟判決以来35年ぶり。高裁では初という。」(共同通信)
 名古屋高裁の青山裁判長は、「航空自衛隊が2006年7月以降、米国の要請を受け、クウェートからイラクのバグダッド空港に多国籍軍の兵士を輸送している点について『現代戦において輸送などの補給活動は重要で、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援に当たる」と指摘。その上で『他国による武力行使と一体化した行動との評価を受けざるを得ず、違憲に該当する』と指摘しています。
熊本の皆さんをはじめ、全国の地道な運動が確かな地平を切り開いた貴重な前進です。後に続く努力を強めなくてはと大きく激励されています。
ここまで書き込んだときに、あるマスコミ関係者から「佐世保ではどうされますか」との問い合わせをもらいました。強い関心がよせられていること、と佐世保における運動どうするのか、あらためて痛感させられています。

2008年04月15日

海自「朝雲」が日米共同訓練を裏づけ

米軍EODから技術講習
海自しんぶん「朝雲」が報道

先の三月市議会で、原子力空母二ミッツが海自・陸自との共同訓練をおこなっている問題をとりあげ、「単に休養・補給目的だけでなく、共同作戦までおこなうということになれば、日共同作戦基地として重大な質的転換につながる」と当局を追求しました。
それは米海軍ホームページから情報を入手したものですが、今度は海自のほうから新聞朝雲(08年4月3日付け)がことの一端を紹介しています。
その内容は
①海自佐世保水中処分隊は2月13日、米空母二ミッツ潜水員から緊急止血法の技術講習を受けた。
②米空母は前日から4日間、潜水集合訓練をおこなっていた。
③その米軍から、講習開催の申し出があった。
④佐世保海自は、米軍の水中処分員とは日ごろから掃海特別訓練など合同訓練をおこなっていることから、「快諾し、受講すること」にした。
⑤当日は海自側から55人が参加。「二ミッツのEOD衛生兵」から、中東方面で実際に使用している機材を使った最新の救命処置要領などについて講習を受けた。
⑥受講した自衛隊佐世保病院や鹿屋救難飛行隊の隊員も、米海軍EODの救急救命技量は高く、処置を施された兵士の生存率の高さに驚いていた。
などなどが記述されています。
どこが友好訪問的か
実際は、海自との軍事一体化のための、米軍側からの軍事指導ではないか

佐世保市長は、三月議会答弁でこのことについて「知らなかった。友好訪問的なものだったという海自から回答だった」という答弁にとどまっています。何が問題なのか考慮しないという態度です。
朝雲が紹介している事実は、戦争遂行に不可欠なことについての米軍からの技術指導そのものであり、二ミッツの入港目的(休養と補給)を大きく踏み越え、自衛隊との共同訓練ものではないでしょうか。
また米軍は入港期間の4日間、独自の潜水集合訓練をおこなっていることも明らかにしています。いったい佐世保湾のどの水域でおこなったのでしょうか。疑問は深まります。

2008年04月13日

自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本総会に出席

気高い「平和的生存権」を確立する闘い
本来なら長崎県でこそ闘うべき課題

イラク派兵訴訟の会・熊本の第4回総会出席の案内をいただき、遠路駆けつけました。この裁判は、「平和的生存権」を確立するものです。憲法を日常普段の努力のなかで守っていくと憲法自体が国民に求めている、かけがえのない気高い闘いです。また、「戦争できる国づくり」が進められている中で、「平和に生きる権利」をなんとしても日本社会に確立させていくことは情勢が求めている緊急性をももつ闘いです。この裁判を起こし、闘っている熊本の皆さんに心から敬意を表したいと思います。同時に九州で唯一の訴訟が今度は福岡高裁での闘いになります。イラクで現実に直接参加する米軍基地を抱え、殺傷している弾薬補給をおこなっているなど、本来なら佐世保からも訴訟して闘うべき課題でもあります。せめて、福岡高裁での闘い支援に何ができるのか、考えてみたいと思いました。
平和的生存権とは何か。
日本国憲法前文には「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する」
という記述があります。この「平和のうちに生存する権利」のこととは、「戦争や武力行使をしない日本に生存する権利」のことです。
大切なことは、わざわざ「平和的生存権」と表現する場合
抽象的な宣言ではなく、具体的権利性があるんだという意味がふくまれています。しかし、この考え方は日本社会においてはいまだ確立されたものにはなっていません。イラクに自衛隊を派兵するのはこの平和的生存権をおびやかすものなので
派兵は違憲であり撤兵すべきである、
と主張して全国で闘われている自衛隊イラク派兵違憲訴訟がそうです。熊本の闘いもその一環をなすものです。また、日本に米軍基地があり世界中の干渉拠点になっているのは平和的生存権の侵害なので、撤去すべきだ、と主張することも具体的権利性をもっているといえます。
イラク訴訟
これまでの甲府地裁、東京地裁、大阪地裁、静岡地裁、名古屋地裁第一審内田判決、宇都宮地裁などの判決は、原告が被った精神的苦痛については「国家の措置、施策が自らの信条、信念、憲法解釈等に反することにより生ずる義憤や挫折感等の感情」に歪曲し、「間接民主制のもとにおける政策批判や原告らの見解の正当性を広めるための活動等によって回復されるべきか、または、間接民主制のもとにおいて不可避的に発生するものとして受忍すべきもの」(名古屋地裁)として、原告らの主張を退けました。
部分的前進

大阪地裁判決は「原告らが、本件派遣等によって、生命・身体に対する危険を覚えたり、戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納めた税金を戦費に使用されたくないとの願いを否定され、精神的苦痛を被ったことが認められる」と判示し、「人格権に基づく本件派遣等差し止めの訴えは適法」としました。
名古屋田近判決では、
「平和的生存権は総ての基本的人権の基礎であり、具体的権利性を有する」と積極的な評価を与えました。

こうしてわずかではあるが、全国の訴訟を通じて「平和的生存権」が裁判規範性を持つ方向にようやく動き出したなかで、今回の熊本地裁があらたな地平を切り開くことができるかどうか注目されました。
熊本地裁判決
ところが熊本地裁判決では違憲確認については「法律上の争訟にあたらない」から不適法、したがって差し止めも不適法と決めつけました。原告の苦痛については「間接民主制のもとにおいては国家の措置・施策が個々の国民の信条、信念、憲法解釈等と相反する事態が生じることは当然予定されている」として他の判決と同じ間接民主主義論で退けてしまいました。
大筋では他の判決と同様に不当なものでしたが、①証人採用と11名の原告尋問がおこなわれたこと。②平和的生存権についての小林証言を「拝聴に値する」と評価するなどは意義のあるものでした。

さらに控訴して福岡高裁で闘う
この日の総会では、福岡高裁での闘いに向けて、
① 組織拡大と財政の安定化に向けた取り組みとして、裁判報告、ビデオ上映運動を強化する。
② 裁判傍聴者拡大のために、福岡市での報告会を開く。
③ 福岡高裁にあてた署名運動をおこなう。
④ 熊本の平和運動に果たす当会の役割を確認し、自衛隊海外派兵高級法の成立を阻止し、即時撤退へ向けた運動を強化する。「9条の会」など護憲・平和団体への働きかけ、教頭の拡大に努力する。
⑤ 西谷文和さんなどイラク問題に精通した文化人の講演会などを適宜開催する。
などの方針が確認されました。

2008年04月11日

海自機能強化のために

これでは崎辺東側は海自利用になる
10日、都市整備委員会が開かれました。港湾審議会での佐世保港湾計画変更報告がありました。
注目されたのは二つの計画です。
950メートル岸壁整備

以前からあった超大型桟橋計画のその詳細が明らかになりました。90メートル。190メートル。570メートル。さらに190メートルの岸壁整備です。
現在は米海軍のLCAC駐機場があるために、具体的な着工にはいたっていませんが、横瀬における本格的LCAC駐機場完成、運用開始が始まれば、この海自艦船の係船能力を飛躍的に高める総延長950メートルの岸壁整備計画が始まることでしょう。
佐世保市は、LCAC駐機場が横瀬にできたら、現在のLCAC駐機場のある崎辺東側の返還を求めると答弁してきました。しかしこのような港湾計画がある以上、崎辺東側が返還されても、海自しか利用できない環境になっています。
これでは米海軍は横瀬に米本土以外唯一の本格的LCAC基地を手に入れ、今までの跡地には海自が入り込み、今度3隻目となるイージス艦もゆうに係船できる950メートルもの岸壁が整備され、もじどおり日米共同作戦基地としての機能を高めることになります。
油槽船の大型化に備えて
もうひとつの港湾計画変更は、崎辺には太田貯油施設を海自は持っていますが、最近の油槽船の大型化にそなえての「泊地」変更です。ここでも海自基地機能の増大に呼応した計画になっています。

2008年04月10日

入学式で思ったこと

二つの入学式

8日は清水中学校、9日は春日小学校、二つの入学式にお招きいただいて出席しました。8日は快晴、9日は雨と天候のちがいはあったけれども、入学する子ども、迎え入れる先生や子どもたちいずれも新しいものが始まるというある種の緊張感とともに新鮮な空気がそこにはありました。
どの子にも期待や不安もあるでしょう。あどけない所作に担任の先生がつきっきりで世話しています。
校長先生もはじめて
始まる前の校長室での校長先生の話は好感が持てました。4月に初めて校長先生になったばかりとのこと。「私も校長になったばかり。昨年は教頭で司会やったがかんでしまった。今年は家で練習してきた。なにせ新一年生にわかる話、やさしい話をしたいと思う」新校長としてのとしての飾らない意気込みを感じ取ることができました。
一方で、改悪教育基本法、関連三法の改悪など教育の反動化の流れのなかで、いったいどのような学校運営に力をいれられるのであろうか。子どもへの強い愛情、教育へのひたむきな熱意はかけねなしに十分のようです。現場の気高い意気込みが生きる教育環境をつくること、皆の仕事だと思いました。

2008年04月09日

途方もない税金の無駄遣いやめよ

県民の会キャラバンに合流
月8日、長崎「新幹線」の建設中止を求める県民の会が、キャラバンで佐世保市でも街頭宣伝、ビラまきなどの行動をおこないました。
ちょうど生活相談が終わりかけたころ、聞きなれた声の演説が聞こえてまいりました。中田晋介前県議の声です。深町さんや中里さんら県民の会代表の人たちもいます。
私も、いっしょに訴えさせてもらいました。
「のぞみ」「ひかり」が来ないのに名ばかり新幹線
新幹線というので、「のぞみ」「ひかり」が来ると思っておられる方がずいぶんおられます。しかし、武雄と諫早間以外は、現在のJR線の狭い線路を使うので、「のぞみ」「ひかり」も「こだま」も走れません。新幹線法が規定する「踏み切り」もあれば、走行速度も200キロなどというスピードを出すことはできません。ですから時間短縮はわずかに20分程度しかありません。新幹線とは名ばかり、せいぜいスーパー特急なのです。
名ばかりの新幹線に4000億円以上もの税金投入
長崎新幹線建設費は、諫早~武雄間の新線建設に2600億円(地元負担300億円)。
長崎駅改修とJR線の高架化に400億円(地元負担186億円)。
「新幹線」を長崎まで延伸すればさらに1100億円(地元負担は200億円)。
そのほかにも、武雄~肥前山口の複線化に120億円、長崎本線の肥前山口~諫早間の線路の買い上げと線路の管理・維持・補修費などが必要になります。
合計すれば、4000億円以上(地元負担約700億円)。これは長崎県の年間予算の半分に相当します。地元負担以外も国民の税金です。こんな税金の使い方は許せません。
(写真は市役所前で訴える中田晋介前県議ら)

2008年04月08日

市政功労賞を受賞

市政功労賞を受賞、支部の仲間や後援会員、支持者と一緒にもらった受賞
4月1日、市政功労賞を受賞しました。20年以上市会議員を務めたことに対する表彰でした。4人のうちの一人でした。
受賞は個人名ですが、この受賞は5回もの市会議員選挙でそのつど、必死にがんばって当選させてくださった共産党支部の仲間の皆さん、後援会員、支持者の皆さんのものです。財界言いなり、アメリカ言いなり政治のために、貧困と格差は広がり、戦争できる国づくりが進む中で、地方政治は、この悪政から市民の暮らし、平和を守らなくてはならないのに、いっしょになって市民に襲いかかるゆがみを見せています。このなかで日本共産党市議として、一貫して市民の声を地方政治に届ける議会活動を続けてきました。長く孤立していた議会活動でしたが、今度の08年度佐世保市一般会計予算に対して、初めて日本共産党といっしょに社民・民主の二つの会派が反対の立場をとりました。年金請願でも同一歩調をとってくれるなど、昨年夏の参院選後の『新しい政治プロセスの始まり』がこの佐世保でも始まりました。この変化の流れをもっともっと強く大きく本格的にしていくために日本共産党の力を強めていきたいと思っています。

2008年03月23日

イラク戦争開始5周年で街頭行動

5団体13人が参加
平和委員会、原水協、日本共産党、年金者組合、民商、生活と健康守る会など5団体の代表13人が、3月20日、イラク開戦5周年目にあたって、街頭宣伝、署名行動を行いました。海外派兵反対署名83筆、核兵器廃絶すみやか署名9筆の賛同を得られました。寄せられた募金は1515円でした。配布したチラシは800枚。
直接参加の米軍、これを支援する派兵に応じた自衛隊基地を抱えている佐世保でのイラク戦争反対、海外派兵反対の粘り強い行動の意義は小さくありません。
訴えの趣旨
イラク開戦5周年今日、3月20日で、イラク戦争が始まって5年目を迎えます。いまなお米軍がイラク駐留を続け戦争が続き、尊い命が奪われ続けています。
5年目という節目にあたりイラク戦争とはなんだったのか、一緒に考えてみようではありませんか。
アメリカ・ブッシュ大統領は、「イラクの大量破壊兵器をなくすため」「フセインはテロ集団アルカイダと関係がある。テロからまもるため」といってイラクで戦争を始めました。
しかし、戦争の理由とした二つともうそだったことを認めました。まったく戦争の大義はなかったのですから直ちに戦争をやめ、即時イラクからの撤退をすべきです。
日本政府の責任も重大です。
ブッシュ大統領のうそにつきしたがって、イラク戦争を支持し、イラク特措法までつくり自衛隊をイラクに派遣しました。
航空自衛隊部隊は、いまなおイラクでの米兵輸送支援の活動を行っています。日本政府もまたイラク戦争支援という誤りをただし、撤退すべきです。

無法な戦争のために、イラクはどうなったでしょうか。罪のない女性や子供たち8万人とも10万人とも言われています。命が失われています。500万人の国民が難民になり流浪の生活を余儀なくされています。ほんとうにひどい話ではありませんか。いまもなおその戦争がつづき、犠牲者が増え続けているわけですから、この戦争をやめさせる大きな運動と世論をひろげてゆこうではありませんか。

イラク戦争とはなんだったのか。正義を装って実はアメリカこそが他国の領土を侵略する「ならずもの」だったこと。日米同盟という看板で、日本政府もまた「ならずもの=アメリカ」の一味であったことを示すものではないでしょうか。

うそで始まり、多大な犠牲を生んだイラク戦争やめよのこえは国際的に広がりを見せています。最初はアメリカと一緒に軍隊を送った国々から、「だまされた」といって次々に撤退を始めています。アメリカ国民の過半数がイラク戦争反対の立場に立っています。まさにブッシュは国際的にも国内的にも孤立をふかめています。
ところがなお、16万人の軍隊を派兵し続けています。これにまた日本政府もつきしたがってイラク戦争を支援し続けています。

なぜ、日本政府は固執するのか。「海外でアメリカと一緒に戦争できる国になりたい」からです。うそでもつき従ってきました。これからはテロ特措法とか、イラク特措法とか、いちいち法律をつくって自衛隊を海外に派兵するというのではなく、いつでもどこにでも自衛隊を海外に派兵できるように海外派兵恒久法制定を民主党をも巻き込んで狙っています。武力行使できるために憲法9条変えるための「国民投票法」も安倍政権の下で成立させました。
海外で戦争できる法律上の整備を突き進めています。
実際に戦争をになう陸上自衛隊も北海道から九州それぞれの部隊がすでにイラクという「戦地」を経験しました。またその間
米軍との共同訓練を積み重ね、「殺し方」の教育まで受けてきました。
またその装備の面からも強化を図ってきました。

いま日本政府が進もうという道は戦争できる国づくりです。イラク戦争やめさせることは、国際社会の共同の流れです。イラクの犠牲者を食い止める道です。戦争できる国作りにストップをかけ、9条守る道です。莫大な戦争経費を食い止め、暮らし守る予算確保の道です。
国民が主人公の新しい政治を実現していく道です。

2008年03月18日

薬害肝炎救済法説明会に参加しました

C型薬害肝炎救済法説明会

16日、薬害肝炎訴訟説明会が佐賀県武雄市で開かれました。薬害肝炎被害者遺族の方といっしょに参加しました。原告の道義心の高い闘いが切り開いてくれた救済の道です。九州弁護団事務局への電話が殺到し、今、九州各地でこのような説明会が開かれています。
Hさんの夫の場合、82年交通事故で内臓破裂。その時大量の輸血と血液製剤を使われ、三年後の92年に肝炎を発症。10年後の01年に肝臓がんにすすみ、03年肝不全で死亡されています。しかし、フイブリノゲン製剤、第9因子製剤(クリスマシン、PPSB)の血液製剤が投与されことを客観的に証明するカルテがないというのです。弁護団の話では、それでも同等の客観的に証明するものがあればということですが、当時の医師、看護師などからの証言を得る作業は避けられません。説明会後、H さんはこの困難に立ち向かうという決意を語ってくれました。
350万人のウイルス性肝炎は、医原病であり、もとをただせば厚生労働行政の対応のあやまりによるもの。薬害以外の肝炎患者に対しても何らかの救済は必要不可欠です。薬害肝炎原告団弁護団が切り開いた条件をいかし、Hさんをはじめ多くの薬害肝炎被害者自らが闘いを受け継ぐこと、さらに政治家、マスコミ、世論もまた支えていくことが大切だと思いました。

2008年03月16日

政府・自衛隊がうそ、これを鵜呑みにする佐世保市長

米軍は共同訓練といい、海自・陸自は有効訪問という

原子力空母ニミッツの入港目的は「休養と補給」とされていました。ところが入港して、日米共同訓練も行っていたことを米軍はそのホームページで明らかにしました。
共同訓練することも許される原子力空母入港ということになれば、ことは重大です。
「この計画は知っていて、それでも入港を容認するのか。」今回市議会で朝長佐世保市長の見解を問いました。
これに対し、朝長市長は「知らなかった。海自・陸自、政府にも聞いたが、『友好的訪問だった。一緒に訓練はしなかった』ということだった」などと答えました。
何が問題か。
1、米軍の明らかにした共同訓練の事実紹介は、きわめて具体的で写真までついています。明らかに自衛隊側がうそをついていることです。
2、それなのに、朝長市長はそのうそを鵜呑みにして、事実関係に迫ろうともしていません。
3、休養と補給のためと入港しながら、共同訓練を拡大していくということになるなら、佐世保基地の性格を補給基地から作戦基地に拡大していくことになります。しかも日米共同の作戦基地につながります。
4、朝長市長の「市民第一主義」とは看板だけで、政府・自衛隊の不都合をかばい立てすること
だということをしめすものです。

2008年03月04日

代表質問通告

代表質問しぼりこもう
朝長市長が、「市民第一主義」をキャッチフレーズにしています。市民が主人公ということもできます。実にすばらしいことですが、内実はどうか。「看板に偽り」ありといわなくてはなりません。
掲げ抜いていただき、ふさわしい転換を求めたい、そんな思いでいくつかの具体的課題で朝長市長の市民第一主義を問いたいという今回の代表質問の意図です。

放射能測定日米政府間の密約の真相を追究せよ
原子力艦船の入港問題です。
市民の心配は、放射能事故です。その測定体制について米国政府と日本政府との間に密約があったというのです。新原昭治さん(国際問題研究者)がアメリカの国立公文書館から情報公開で入手したものです。これをもとにした特集番組がすでにNBCで報道されています。空中からの測定は、50メートル以内はだめだというのです。
事実関係を直ちに市長は問うべきです。
核持込密約の時も政府は知らないとうそぶきました。ことは市民の根本的安全にかかわる問題です。とことことん、政府に朝長市長は迫るべきです。


入港目的を超えた、海自・陸自との共同訓練を認めるのか
先に原子力空母ニミッツが佐世保に入港しました。ニミッツのEODが海自・陸自とおこなったというのです。入港目的は「休養と補給」だったはずです。自衛隊との共同訓練までがおこなわれたというのでは、作戦基地そのものになるではありませんか。
入港容認の市民の人たちもそこまでは容認しないでしょう。
原子力空母の作戦基地化を許すのか、これまたとことん事実関係を市長は求めるべきです。
事前にこれらを知っていて入港容認したとすれば、これまた重大です。

写真は新原昭治さんからいただいた密約文書のコピーです。もう一枚は米軍ホームページ掲載の崎辺での共同訓練の模様

2008年03月03日

元気もらった日本共産党演説会

元気もらった演説会
バス二台で遠足気分
佐々木憲昭衆院議員を招いての日本共産党演説会が、2日長崎市で開かれました。後援会の皆さんと北部地区からバス二台で参加しました。佐世保からは行き帰りもふくめるとほぼ一日しごとです。それでも参加していただく後援会の皆さんに心からお礼申し上げたいと思います。地元の春日支部からもたくさん参加されました。大村休憩所での昼食も遠足気分で楽しいものでした。
長時間のバスのなか、後援会員の自己紹介と参加の思いもたいへん愉快で元気をもらうものでした。吉井の方は「共産党ときくと身震いするほど怖い」と語っておられた。良くぞこのバスに乗ってくださったものです。
若い女性の発言に痛く感動
渕瀬さんも、田村さんも気迫のこもった話でした。佐々木さんも国会論戦の体験を交えた論理整然とした話をしてくださり、勉強になりました。
弁士の話も感動的でしたが、若い女性が共産党への思いを発言されましたが、おもわず涙を禁じえないほど感動させられました。
「あなたの子どもとして生まれてよかった…」とお父さんへの思いをこめた詩は、圧巻でした。きっとすばらしい共産党員の父親への敬愛ぶりが伝わりました。
さらに、その活動を自分たちが継承していくという発言には、言い知れぬ感慨を覚えました。いっしょにがんばりましょうね。

2008年03月02日

三月議会が始まる

特殊部隊配備にともない、市道(橋梁)改良
29日、三月定例市議会が始まりました。先議案件として一般会計補正6号が提案されました。相浦陸自につながる市道400メートルの改良のために総額9億9500万円に達する補正予算が計上されています。
質疑を通して明らかにしたことは、①目的は陸自の大型車両交通から、歩行者の確保のために「敷島橋」については耐震性強化、「西和なれ橋」については道路幅拡幅をおこなう。②財源は100%防衛予算であることなどです。
歩行者の安全確保が浮上してきたのは、2004年に相浦陸自に特殊部隊が配備され、大型車両の通行が頻繁になることからです。
市道が改良されることは結構なことです。だが、その出発点が陸自基地強化のためというのでは、逆立ち行政のそしりを免れません。
民間開発が遅れ、教育施設も遅れる
そのほか、民間開発にのっかった中央公民館建設が、民間開発そのものの遅れで少なくとも2ヵ年が遅れることが明らかになったこと、したがってその間、別に仮中央公民館を設置する必要に迫られていること。
懸念される行財政改革
また、地方債繰り上げ償還計画とセットになった行財政改革を迫られることなどの問題を明らかにしました。

2008年02月21日

イージス艦船漁船衝突事件

イージス艦漁船衝突事件
想起した佐世保での米海軍による漁船当て逃げ事件
報道に接したとき、1994年佐世保湾で米海軍漁船当て逃げ事件のことが脳裏をよぎりました。無灯火で航行していた米海軍フリント艇が、漁を終え魚市場に出荷するために佐世保市の漁師夫妻の乗っている漁船を大破させ、当て逃げした事件でした。不幸中の幸いではあったが漁師は負傷はしたものの命を失うことありませんでした。
しかし、今回の被害者親子二人は、いまなお仲間の必死の捜索にもかかわらず行方不明のままです。家族や仲間の皆さんの思いはいかばかりかと胸が痛みます。
自衛隊と防衛省に三つの怒り
1、起こさなくてよかった事故
伝えられている報道から判断すれば、イージス艦の側に、注意義務をおこたり、回避義務を果たさなかった重大な責任があることは非常に明瞭(めいりょう)であり、強く抗議したい。
2、なぜすぐに救出と捜索にあたらなかったのか
イージス艦は、事故を起こしたときなぜ直ちに救出と捜索行動に全力を尽くさなかったのかという怒りです。事故を起こしたことは覚知できたはず。乗船者がどうなったのか、その思いに立ち、イージス艦の乗員、持っている装備(ボートなど)などをフルに活用し捜索をおこなわなかったのか、直ちにこうした行動をおこなえば行方不明にはならなかったのではないのか。
事故連絡が関係機関に遅れたことだけが問題になっていますが、事故直後救出・捜索のために「あたご」がどんなことをしたのか知りたいと思っているのは私だけではないでしょう。
3、海自のうそと隠蔽を許してはならない
早くも海自・防衛省のうそが明らかになりました。現在の海自・防衛省だけの証言だけでは真相解明はおぼつかないと断言できます。徹底した残された物的証拠からの科学的検証こそが求められています。
なだしお事件のときのような「航海日誌の改ざん」までおこなった海自です。起こさなくてよい事故を起こし、即座の救出もせず、そのうえ事故の真相隠しまでおこなう海自・防衛省には限りない怒りを覚えます。
4、志位委員長の指摘「一番の問題は、この軍港が米海軍の空母の母港になっているということだ。しかも今年から通常型空母から原子力空母に置き換えられようとしている。そして、この空母を守るために、日本の護衛艦、イージス艦がいる。まずは空母の母港化をやめさせること、ましてや原子力空母の母港化はやめさせるということが喫緊の重要な課題となっていると思う。」と日本共産党の志位委員長は指摘しているが、佐世保には空母の準母港といわれるぐらい空母の寄港が頻繁になっているし、イージス艦はもうすでに2隻も配備されており、さらにもい1隻も追加配備されようとしているだけに重い指摘です。

2008年02月20日

花高支部主催語る会に20人の方が

渕瀬さんと「語る会」に参加
17日、花高支部主催の「党を語る会」に参加しました。地域の人20人の方が足を運んでいただき、いろんなご意見を寄せてもらいました。みんな日本共産党の前進を願ってのご意見でした。
水資源の不足する佐世保市にあって、石木ダム建設問題をどのように考えたらよいのか、深い戸惑いがあるようです。関係者の意思と権利を尊重すること、したがって石木ダム建設計画は白紙に戻すこと、水資源確保策は石木ダム建設以外で、市民ダム論やあらゆる可能性を条件を探求する努力のなかで解決していくべきという私の主張にうなづく参加者の姿に少し安堵しました。

わかりやすい渕瀬さんの話
渕瀬さんは、庶民には大増税、大企業には破格の減税など「逆立ち政治の実態」を図表などをつかってほんとうにわかりやすい話でした。自民・民主の二大政党では国民の願いは実現しない、アメリカ言いなり、大企業言いなり政治と真っ向から対決する日本共産党の前進こそが、今求められているという訴えに参加者の共感を得られたという思いがしました。

2008年02月16日

「まちづくり」シンポジウム

分岐点に立つ佐世保
将来の佐世保に大きな影響をもたらす駅周辺再開発問題について、貴重なシンポジウムが16日開かれました。
既存商店街に致命的打撃与える大型商業施設
駅裏埋立地の二つのゾーンが、大型商業施設開発のために売却されようとしています。年間売り上げ高が100億を超す計画です。
すでに三ヶ町、四ヶ町商店街が、長崎市における事例から、既存商店街に80億とも94億ともいえる巨額な売り上げ減をもたらすという試算を公表しています。そしてそれは佐世保の中心街に致命的打撃を与えるとして、市長や議会にも「三月売却中止」を陳情しています。
情報が市民に周知されないなかで決定されてよいのか
シンポジウム主催者は、「佐世保の街が変貌する分岐点にあるというのに、情報はほとんど市民に届いていない。行政が秘密にしているとはいわないが、広報する努力はしていない。意図しなくては辿りつけないインターネットにだけ公開し、市政の情報誌である「広報させぼ」には一時も書いていない。事業者を選ぶ委員会は秘密で、市民はもちろん新聞記者さえ入室できない。(市議会でも十分な議論がない)決定されてから市民は知ることになるが、それでは遅い。もっと情報を公開して、納得して私たちはこの分岐をたどりたいものだ」と述べています。
貴重な提言が相次ぐ
基調講演をおこなった伊東順二氏(富山大学教授)は、市民が一丸となれる、文化を広げる、未来が見えてくるまちづくりを強調した。富山ではコンパクトシテイに取り組んでいるが、佐世保はすでにそれを実現している。賑わいをさらに発展することが大切だ。

隈研吾氏(建築家)は、世界が直面している問題に佐世保も直面している。文化と緑が町になくてはならない。ユーロがなぜ強いのか。多くの都市がコンパクトシテイ二成功しているから。文化を大事にした個性を守り続けてきたからだ。屋外空間と文化施設を結びつけること。

中尾慶子氏(聖和女子学院教諭)は佐世保市の子どもたちの平均体温が35度台になっていること、そのために、子どもたちが切れる、自殺などにつながっている事実を紹介し重大な警告をおこなった。食の大事さを強調し、その原因として町にあふれるコンビニの存在をあげた。そのうえで大型商業施設開発について「20年後の考えた結論」だろうかと疑問を投げかけた。

貴重なものだったが、市議は3人、県議は1人だけの参加は残念でした。

2008年02月14日

有意義だった議員団会議

有意義だった県下の議員団研修会
13日、県下の議員団研修会が開かれました。北部地区からも全議員が出席し、それぞれが活発な経験交流ができ、参加感想も、一様に『よかった』と語っていました。
ほんとうに有意義な研修会でした。

山下満昭県委員長は、金子論文(08年度地方財政計画の特徴と地方政治)をもとに三月議会予算分析上の留意点を示してくれました。
深町孝郎前県委員長は、「長崎新幹線」問題について、何が問題なのか、実に明晰に講演してくれました。
日本共産党から唯一後期高齢者医療長崎県広域連合議員として奮闘している河野町議も、長崎県における問題をよく整理して報告してくれました。
三つの基本報告にもとづいた県下の地方議員が直面する活動報告も大変勉強になりました。
山下満昭県委員長の最後のまとめ「議会活動でがんばり、地方議員皆が力尽くして総選挙でがんばろう」そのとおり。お世話いただいた皆さんに感謝します。

2008年02月12日

原子力空母ニミッツ佐世保入港

米原子力空母が佐世保に入港
集会でのあいさつの概要
11日、午前8時10分、巨大な、醜悪な形相をした米原子力空母ニミッツが佐世保港口にその姿を見せました。
その甲板には、核攻撃をふくむ戦闘機をいっぱい積み込んでいました。これらを使った空爆でどれだけ多くのイラクやアフガンの子どもたちや女性やお年寄りの命を奪ってきたことでしょう。
さらにニミッツは港に入るや否や、海上と陸上から抗議する市民の方向に向きを変え、しばらく、私たちに真正面に対峙する形で進んでくるではありませんか。
それは、米軍に立ち向かう私たち市民を威嚇しているかのようでした。初めての行動でした。
アフガン・イラクの人々を殺戮する米軍への弾薬、燃料補給など軍事協力は真っ平ごめんだ、ノウモア広島・ノウモア長崎、核兵器廃絶を願い、核持込などぜったい許せない、私たちは怒りをこめたシュプレヒコールを挙げてきました。
この思いは多くの平和を願う日本国民の思いです。だがそうした意思をぶつけたくてもできないみなさんの思いも代表してシュプレヒコールを行ってきたことをまずご報告します。

と述べて、あとは、
① 原子力空母佐世保寄港が40年間で9回になるが、この6年間で5回にのぼるなど、準母港化が始まっていること。
② また海上自衛隊の海外派兵の中心的役割を担っていること。
③ こうした日米共同の出撃基地の現実が、憲法9条改悪の衝動を強めている。
④ だからこそ、佐世保での軍事的強化の表れそのものと対決していく現地の闘いの重要さを痛感している。
言葉度を述べて現地からの決意表明を行いました。

2008年02月07日

赤旗報道を活用し宣伝と拡大

宣伝と拡大
4日は、定例の宣伝行動日でもありましたが、「道路財源で米軍住宅」について、赤旗が2日は一面トップで、4日にも3面で特集記事が報道されていることを活用して、宣伝と赤旗日刊紙読者拡大行動に取り組みました。
いつもいっしょに行動に参加してもらっているSさんから「ずいぶん気合が入っていましたね」といわれました。
結果は3人の日曜版読者が日刊紙購読に切り替えてもらうことができました。

2008年02月04日

合併促進力入れる長崎県

長崎県主催の合併促進をねらった講演とシンポ
3日、長崎県は、合併推進をねらった講演とシンポを、佐々町で開きました。主催者によると約400人が参加したといいます。
高齢化少子社会を迎えて合併が必要だと強調されていましたが、参加者から、「少子社会というが、そのための対策こそが先ではないか」とずばり本質をついた意見が出ました。思わず会場からは拍手が起こるという状況もありました。ある町議は、「なぜ、合併なのかごちゃごちゃ説明があったが財政問題だろう。」などこれまた的を得た発言がありました。
力入れる長崎県と佐世保市
こうした取り組みは前回合併時には見られませんでした。川棚町と今回の佐々町を舞台にして、住民を直接の対象にして一方的な「合併必要論」の世論作りは警戒しなければなりません。佐々町長、小値賀町長が欠席されていました。4日には早速佐々町をとりこむために朝長佐世保市長が町長訪問する予定だとのことです。

原子力空母ニミッツ寄港反対行動について

原水協理事会
2日、原水協理事会で2・11原子力空母ニミッツ寄港抗議集会の取り組みについて役割分担などを確認しました。入港時刻にあわせた現地(野崎町)での迎え撃ち抗議集会。午後からの県内規模の抗議集会。ここには赤嶺政賢衆院議員が駆けつけ、情勢報告を兼ねたあいさつが予定されています。

大学同窓の還暦、厄年祝い

大学同窓の還暦、厄年祝い
2月1日、大学同窓会のメンバーの還暦、厄年の6人を祝う会に招かれました。共通した感想は、「とても60歳を迎える実感はない。まだ40、50に気分だ」「成人までの20年、厄年までの20年、そして還暦までの20年。時間は同じ20年だが、後半になるにつれて時間の経過は加速したようだった」「ここまでお互い生きてきたこと、それぞれの努力があったことは事実だが、周りの励ましや支えの結果も忘れてはならない」などなどでした。実感です。

2008年01月31日

大村湾をきれいにする会

大村湾をきれいにする」湾沿岸議員連盟主催の「大村湾を喰らおう会(意見交換会)」に出席

30日、長崎市琴海形上町、活性化センター「しきさい館」で、「大村湾を喰らおう会(意見交換会)」が開催されました。

経過はよくわかりませんが、いったん中断していた「大村湾をきれいにする」湾沿岸議員連盟の活動が昨年から再開され、今度の企画になったようです。

かなりの議員が参加
大村湾沿岸自治体は、合併などもあり、現在4市2町(長崎市、西海市、佐世保市、大村市、諫早市、東彼杵町、川棚町)となっています。議員総数は193人。うち130人が連盟に加盟しているというから、なんと7割近い議員が「大村湾をきれいにしたい」と願い、関心を寄せていることになります。

今日の会議には80人出席といいますから、よく集まったといえます。

佐世保市議会で言えば、36人中25人連盟加盟というからほぼ同じ比率になります。ただ今日の参加についていえば、距離の関係もあったのかもしれませんが、議長と私と新人の山下廣大さんの3人だけでした。

会長(大村市議会議長)の挨拶
議員が当局に質問で迫るということも大事だが、議員自身が何をしたらよいのか政策的課題を見つけていくことも大事だということ。

大村さんの新鮮な水産物を食べながら意見交換を深めたい。

松田孝成大村湾漁業協同組合理事長の講演

大村湾の最新の状況
8月から10月まで26度の高温海水が続いた。台風が少なく海水が混ざらなかった。雨が少なく栄養にとんだ水の流入がない。という三つの悪条件がかさなって、ナマコも全体的には4割、カキも2割、モズクも悪かった、などと分析的報告がありました。

大村湾は宝の海
大村湾は、有明海などもそうだが、魚の産卵場になっており宝の海なんだということが強調されたことが印象的でした。

タイもそうだし、多くの魚が大村湾で産卵し外に出る。だから大村湾を守り、発展させることはほんとうに大切なのだと力説されました。
これだけの議員が諫早湾干拓に反対したのか
この話を聞きながら、大村湾と同じように魚の産卵場として宝の海である「有明海」を台無しにした諫早湾干拓に、ここに賛同した多くの議員がどんな態度を取られたのだろうか、深い疑問を覚えました。
大村湾も有明海もだいじなのです。整合のとれる議員活動が求められています。

2008年01月24日

やっと帰り着きました

雪国の交通事情を実感
24日午前11時25分初の予定が、大雪のために飛び立ったのは5時間遅れの午後4時25分。何度出発予定時間の変更となったことでしょう。降りしきる雪。それを除雪する空港関係者の大作業。その間待ったあげく結構の便もアナウンスもあります。最悪のケースも覚悟しましたが、何とか24日中に帰り着くことができました。
25日の補給艦「おうみ」のインド洋派遣抗議集会に何とか間に合いました。